千里を駆ける虎は悟る
それぞれがチームとして充分に機能し、標的を仕留められるようになるための訓練期間。
魔性の蔓延る元北アメリカ大陸領、レッドルビーを走るシルヴェストール――シルヴィは、2人の術師に付いて行くので必死だった。
「L級人馬型
「届きますか?」
「あぁ」
原野滑走する人馬の群れ。
総数28の首が一斉に飛ぶ。
一切予兆無く、多数の頭が突如として飛んだ光景は、人が見たなら発狂したかもしれない。
無論そこは配慮して、人がいない場所を選んだ。ただし虎徹ではなく、パスカルら他3人で相談してだが。
虎徹の場合、殺せればどこでもいいと言うのは目に見えている。
「正確な位置と場所さえ把握していれば、どこでも発現出来る。便利ですね、金刀比羅君の術式は」
「足りない。こんなものでは。自身で特定出来る位置にいないと、威力が粗末だ。これでは、大王には届かん」
「既に
龍種魔性の頂点にして、龍の王。全ての龍を守護する龍。
ただでさえ龍種は階級にそぐわない強さを持つ個体さえいると言うのに、ペンドラゴンは文字通りの規格外。
獅子を含め、大概の獣は1頭のオスを中心に多数のメスが集って群れを形成するが、ペンドラゴンはまるで王が如く全ての龍を守り、統率する。
両手に龍の遺骨から作ったと思われる巨大な槍を持って戦う姿から、西洋騎士物語で語られる伝説の王の名が付けられた。
簡単に言えば、史上最強の龍だ。
しかしこの世界に龍殺しのゲオルギウスも、ジークフリートもシグルドもいない。
他でもない自分達が、やらねばならない。
「アイアン・メイデンは鋼鉄の体だったそうですが、龍の鱗はただでさえ鋼鉄並。ペンドラゴンの体は、それ以上と想定するのが普通でしょう。今の金刀比羅君の術式が、どこまで通用するか」
「それはおまえの術式にも言えている。おまえの術式がどれだけ俺を補佐出来るか、だ。失敗は許されない」
「えぇ、お互いに」
組んでまだ1週間と経っていないのに、もう歴戦を共にした盟友の様。
クリスティアナに先見の明が光ったのか、パスカルと虎徹は相性が良かったらしい。
まぁ、横暴な虎徹に、パスカルが柔軟に合わせているだけなのだが。少なくとも、シルヴェストール――シルヴィが納得出来ないと思うくらいに、2人の仲は良好だった。
「それで、次は」
「待って下さい。まだ、次の探知には祓力が……」
「少し休憩しましょう。探知には多くの祓力を消費しますから」
「時間が掛かり過ぎる」
「そう言わず。待ちましょう。ね?」
いや、仲が良いというのは語弊があるかもしれない。
無理難題を言う虎徹を、パスカルがただ宥めるだけ。
2人は別に友人になった訳でもなく、親しくなった訳でもないのに。
感じてしまう距離。
パスカルも
それが当たり前と割り切ってしまえれば楽なのに、虎徹と戦った長いようで短い期間が霞んでしまうように感じられて、シルヴィは何処か、苦しい感覚に襲われた。
痛いのではなく辛い。
苦しいのではなく悔しい。
今までずっと肩を並べていたのは、自分だったはずなのに。いつの間にか置いて行かれて、ずっと2人の背中だけを見続けている。
不甲斐ない自分の存在が、酷く虚しく感じられて嫌だった。
無力、の2文字が頭を過ぎった時、酷く震えた体に虎徹の手が落ちる。
「何を呆けている。休息だ。おまえも休め」
「……そう、ですね。近くに水辺があったはず。汲んできますよ」
# # # # #
顔を洗う。
何度顔を洗っても変わる事などないのに、水面に映る自分の不甲斐ない顔を見てまた、再度顔を洗う。それの繰り返し。
何度繰り返したかわからなくて、もう顔が冷たすぎて水に対する感覚が麻痺し始めた時、シルヴィは自分が泣きそうになっているのに気付いた。
何を今更。
実力差なんて、虎徹と組んだ時からずっと感じていた。
最初は頼りにもされず、見向きもされず、ただの相方として側に在った。
叛逆し、刃を向けて初めて仲間として見られた以降は、共に戦えたと思っている。
が、アイアン・メイデン戦では虎徹に託すしかなく、今も虎徹とパスカルを追い掛けるばかりで、ほとんど何もしていない。
パスカルのパートナーは索敵能力があるので役立っているが、実戦になれば2人だけで済んでしまう。
今までいた場所から、自分が弾き出されてしまった孤独感。
別に独占したいと思っていた訳ではないけれど、突然失うと悲しくて、寂しくて。
こんな感情、王女の護衛から外された時でさえ思わなかったはずなのに――それは自分が王族護衛騎士である前に、1人の
護衛騎士でなくなっても、まだ
だから、無力な自分が嫌なのだ。
魔性の蔓延る世界に少しでも尽力出来るのならば。そう思って剣を取った。
しかしその剣は最早敵に届かず、必要とさえされない。
拗ねている? わからない。言い切れる事は、自分が除外されている今の状況が嫌だった。それだけだ。
「……っ、すみません。今水を――」
足音が聞こえたので振り返ったのだが、次の瞬間にはその場から飛び退いていた。
考えて動いたのではない。完全に反射だ。もしも振り返って、襲い来る爪に気付いていなければ、そのまま水の中に沈められ死んでいた。
「避けたな。ヒヒッ、避けたなぁ。女ぁ」
魔性――いや、人間だ。紛う事なく人間だ。
だが何故、何故人間から魔力を感じられる。
「さっきの戦い見てたからよ。てっきり
「何者ですか、あなた」
「なぁに。ただの通行人Aだよ。ただしそこら辺の少女を夢の中にいざなう、真っ白な体毛と長い耳の付いたファンタジックな小生物さ。おまえも来ないか? ン?」
「ごめんなさい遠慮します」
「おいおい連れねぇなぁ。ヒヒッ。少しは悩んでくれよ、こちとらこれでもちゃんと勧誘してるんだぜ?」
「勧誘?」
# # # # #
同時刻。
虎徹、パスカルサイド。
「これは……!」
「何かあったのですか」
「水を汲みに行ったシルヴェストール様の方に、何やら異様な気配を感じられます。魔力……しかし、これはどちらかと言うと人の……何とも言い難いです。すぐに救出へ向かうべきでは」
フム、とだけ言って、パスカルは読みかけの本に栞を挟むのを止めた。
結果、本は閉じられる事なく、行間も大して無い厖大な量の文字をパスカルの目を通し、脳内へ送り続ける。
誰も動かない。動こうとしない状況に、パスカルの相棒たる陰陽師は動揺を禁じれなかった。
「あ、あの、パスカル様?」
「何だい」
「いや、あの……救援に向かわなくて、よろしいのですか? 相手の力は異常とまでは言いませんが異様です。何やら怪しい雰囲気を持っている様子。ここは救援に向かうべきかと」
「だそうだが……生憎と、その彼女のパートナーが、まるで動く気がない」
包帯を巻き、面まで被っている虎徹の視線の先などわからない。
そもそも盲目なのだから、何も見てさえいないのだけれど、ともかく何もない虚空の一点を見つめ続け、不動の姿勢でいる虎徹から、一切動く気配は見られなかった。
「良いのですか、虎徹君。何やら相方が妙な相手に捕まっている様ですが」
「問題ない」
「信じているのですね、彼女を。少し意外でした」
「信じているのかどうか、俺自身もよくわからない。が、少なくとも俺は知っている。あれは積極的に消極的になるが、代わりに消極的なだけ積極的だ。アイアン・メイデン戦でどのように自己評価したか知らないが、奴は積極的に強くあろうとする。向上心の塊には違いない」
「フフ、つまり?」
「……存在も不明瞭な相手に負けるほど、あれは弱くないと、俺は知っている」
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