白き虎は預言する
恐怖の大王は神であり、魔性は神の使徒である。
神の使徒たる魔性は星にとっての白血球。ばい菌は自分達人間であり、魔性は自分達を排除して星を浄化する者達なのだ。
そうした宗教的思想が生まれ、1000年もの期間を経てデウス・
名を、魔性崇拝教団アリス。
構成も勢力規模も一切不明の、現在唯一まともに機能している秘密結社にして宗教団体。その教祖――どころか、教団が崇める神祖自ら虎徹らの前に姿を現し、自身を
人の言葉を操ると言っても、真似をしている感じではない。
もう人間と同じ知能、言語機能を持ち、普通に人間と同じ言語を使っている。
自身を恐怖の大王の番とまで言い切ったその姿勢に、虚勢の色は見られない。寧ろ威風堂々とした佇まいが、3人を軽率に動かすまいと威圧していた。
「あなた達が
「慈悲? 慈悲、ですって……」
「おまえらしくない。パスカル・デイヴィー。相手の挑発に乗って力むなど」
同時、目の前で言われる言葉に全く動揺しないで虎徹が立っている事に驚愕さえ覚えて、怒りを忘れて思わず見入ってしまう。
そうして虎徹に意識が向いている間は、何も考えずに済むから不思議だった。
「不思議の国か鏡の国か
「……あなた、慈悲を掛けられてたって聞いて、何でそんな上から物が言えるわけ?」
「フン。傲慢な奴らの辿った末路の悲惨さを、魔性如きが知る由はないだろうが。慈悲を与えてやったなどと宣った時点で、おまえの凄惨な結末は決定している」
シルヴィがそこにいたら、どう見えただろう。
ミシェルがいたら、どのように見えただろう。
少なくとも、未だ交流の浅いパスカルらには、少女を指差す虎徹の姿が、ドヤ顔を浮かべているように見えていた。
「預言しよう。おまえは慈悲をかけた人間によって、凄惨かつ悲惨な結末を迎えるだろう」
預言者ノストラダムスを模して、敢えて預言の2文字を使う。
それが魔性の王妃(仮)に対して最も有効だと判断した結果であり、事実、アリスは今まで華麗に振舞っていた傲慢な態度を失い、全く反論出来ず悔しそうな顔で歯噛みしていた。
美しく整っていた顔は怒りに歪み、先までの余裕は見る影もない。
人にはどう足掻いても相性が悪い相手がいるものだが、虎徹とアリスはまさしくその間柄なのだろうと察せられた。
何とか冷静さを取り戻そうとするアリスがグシャグシャに髪を掻き毟っていると、シルヴィのいた方向からまた怒号のような魔性の声が聞こえ、外から入って来た刺激のお陰で、ようやくアリスは冷静さを取り戻し始めた。
首が真横に傾いて、見開いた目が周囲を見回し、深々と吐息する。
「いいわ。いいでしょう。会って良かったわ。あなた、名前は?」
「殺す相手に名乗る名は無い。撤退するならさっさとしろ。それとも今、ここで祓うか」
取り戻しかけた冷静さをまた欠かれそうになったアリスは、半ば逃げる形で飛び立っていく。
虎徹は構えていた術式を収め、シルヴィのいる方を向いた。
咆哮は未だ聞こえており、声以外の大きな音も度々聞こえて来る。交戦している以上、シルヴィは未だ生きているのは確かだ。
相応の相手である事は、感じられる力から察せられる。先までの雑魚は捨て置けば良かったが、今度は違う。
「さすがに、手に余るか」
「今度は助けに行きますか?」
「……仕方ない。加勢しに行く」
# # # # #
事態は常に急変していく。
刻一刻と変わるものと言う人は、緩やかな人生を送っている幸せな人間だけだ。
空より飛来した巨翼の龍種。
情報を聞き出すため、半死半生の状態で生かしていた男を持っていた槍で串刺しにしたかと思えば噛み砕き、悪寒を誘う咀嚼音で喰い殺す。
逃げる隙を伺いながら、仮にも人間が喰われて飲み込まれる光景を見ていたシルヴィは背筋に汗を掻きながら後退る。
が、龍の眼光が2つ揃って落ちて来た時、シルヴィは逃げられないと悟り、解除していた武装を再び錬成した。
元より諸刃の剣たる死之型。
時間ももう限界に近い状態で、果たしてどこまでやれるか。
そして、自分を見下ろす巨龍に一矢報いる事が出来るのか。
まさかこんなところで、もう対峙する事になろうとは思わなかった。
鎧のように固く頑丈に発達した鱗。
両手に握るのは古代種の龍の遺骸から削って作った巨大な
威風堂々。2本の足で直立する姿には、神々しさに足して凛々しさまで感じられる程だ。
全ての龍種の王。
全ての龍を護る者にして、最強の龍種。
仮にも騎士の肩書きを持つシルヴィは、その勇ましく猛々しい佇まいに思わず見入る。
槍を振るって空を切る。
そんな一挙手一投足さえも、自分より余程騎士らしく、まるで物語の中から飛び出して来たような存在であった。
が、感銘を受けている場合でも、感動している場合でもない。
不運にも近くの彼自身か、仲間の龍種の巣があったのだろう。
そんなところで派手にやっていれば、制裁のため飛んで来るのは必然。
周囲を掻き回した方の名も知らぬ男は、喰い殺された。
次はおまえだ、と視線に問われる。どんな死に方を所望するかと視線に訊かれる。
男と同じ末路か、踏み殺されたいか、串刺しにされたいか。斬り殺されたいか。焼き殺されたいか。跡形もなく消滅されたいか。それとも――
彼には自分をどうとでも出来る。それくらいの力の開きが、実際に存在している。
非常に不服、かつ悔しい話だが、自分では彼を祓えない。せめて一矢報いるか、仲間が来るまでの時間稼ぎが出来るかどうか。
ゆっくりと振り回されていた槍が、徐々に加速し始める。突き刺した男の血を飛ばし、自身の足場から水を吹き飛ばして底を晒す。
最早台風だ。それとも文字通りの竜巻か。
いずれにせよ、彼自身が1つの災害。規格外と呼ばれるに相応しい力。
仮にも同じ騎士を名乗るシルヴィは、吹き飛ばされまいと踏ん張るので精一杯。まともに対峙し、睨み返す事さえ叶わない。
力の差は歴然だとわかり切っていたはずだが、その開き具合に今更になってさらに絶望し、歯を食いしばる。
そんな状況で自分に出来ることは、たった1つだけだった。
心底不服で、悔しい限りだが。
「応援を! 敵は
振りかぶって繰り出される槍。声を振り絞ったシルヴィは防ぎ切れないと察しながらも盾を錬成し、防御の体勢。
盾諸共串刺しにされるか、盾が砕けて吹き飛ばされるか。前者なら終わり、後者ならまだ良い程度。それ以上の最善は、ない。
ただしそれは、自分1人だけならの話であるが。
「白虎招来。喰らえ、
「心得た」
槍を繰り出さんとしていた腕に白虎が喰らいつき、己が突進力と加速した自重とで槍の起動を逸らしつつ、真横に倒す。
幾ら巨体を誇っていても、意識が前方に集中している最中に横から突かれれば脆いもの。
事実、最強の龍とて自分より小さな白虎の突進に負け、崩れ落ちた。
その隙に虎徹がシルヴィを抱き上げ、強化した脚力にてペンドラゴンを把握出来る範囲ながらギリギリ間合いの外へ出る。
ゆっくりと下ろした虎徹はシルヴィの体中をポンポンと叩き、無事を確認すると、すぐさま白虎と争う龍へと向き直った。
「パスカルの相方が見逃した。いや、感知するより速く飛んで来たのか。まさかこうも早く相対するとは、さすがに思ってもみなかった。やはりまだまだだな、俺は」
この程度に不意を突かれたと思っているうちは、恐怖の大王には届かない。
「ここは逃げの一手だろう。いいよね、虎徹君」
「確かに。今の装備では、討ち取るのに不充分なのは否めない。が、せめて戦力の1つでも削いでおきたいところだ。行けるかシルヴィ」
「……はい! もちろん!」
「というわけだ。付き合え、パスカル・デイヴィー」
「……正直逃げたいところだが、仕方ないか。わかった、付き合おう。ただし戦力を削ぐまでだからね。私達全員、力も満足に残っていないのだから」
「承知している」
満足な力も残っていない。そうわかりながら、理解しながら、把握しながら、彼はやるという。
無茶苦茶なようだが、今の自分達の最大限の目標を掲示する辺り、彼は冷静らしい。
自分と味方の力を見て、無茶はさせるが無理はさせない。パスカルの聞いていた虎徹の印象とは、全くの真逆。
変化するきっかけがあったとすれば、要因はやはり、彼女なのか――
「来るぞ」
咆哮、晴天を劈く。
空をも穿ち抜きそうな巨槍を振り回して迫り来る龍の王に、4人は決死の覚悟を抱き対峙した。
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