陰陽師と魔性の密談

 抹茶の香りが部屋中に立ち込める。

 甘苦い香りがする湯呑をゆっくりと持ち上げ、蘆屋あしや道満どうまんは茶を啜る。


「魔力を隠す布を被っているとはいえ、勝手な外出は困るな。君の存在は、僕ら上層部以外には秘匿されているんだからね。ミシェル」


 虎徹とクリスティアナの戦いを盗み見ていたのがバレ、連れて行かれたミシェル・Bブック・ノートルダムは道満の私室に備えられた茶室へと通されていた。

 道満の立てた濃いめの茶を、ミシェルは苦い顔をしながら飲み干す。

 明らかに不味そうに舌を出して、自分には合わないと指摘した。


「だってだって、いつも虎徹の部屋にいて暇なんだもん。虎の九十九つくももずっと寝てるしさ」

「九十九?」

「虎徹の虎さんだよ。最近名前付けたんだ」

「そうか……そうか」


 名前など不要と断じていた彼も、ようやく一歩進んだのか。


 戦いの中でも技に名前を付けていたのでもしやと思っていた道満は、嬉しさから綻ぶ。

 甘苦い茶をわざと音を立てながら啜った道満は、口の中の温もりと同時、自分の心が温もりに包まれる感覚でいっぱいになった。


 無駄、無理と判断したものは容赦なく切り捨てて、拾い上げる事をしない。

 そういう風に、彼を変えてしまったのに。


「九十九、か。良い名前だ」

「付けたのはシルヴィだけど、虎徹もちゃんと呼んでるよ」

「そうか。予定にはなかったけれど、彼女と組ませたのは正解だったのかな」

「うん。最近の虎徹、楽しそう」

「そうか」


 きっと表情には出してないだろうし、口に出した事もないのだろうが、傍からそう見えたのなら進展したという事なのだろう。

 特別ミシェルがそう言うのなら、猶更疑う余地はない。

 皮肉にも魔性である彼女こそ、虎徹かれを1番に理解している。


「きっと組む相手もすぐに決まるよ。虎徹なら大丈夫」

「そうか。それなら安心した。ならば今の心配要素は……君の身の安全だな、ミシェル」

「やっぱり、私はいると迷惑なのかな……組織ここにとっても、虎徹にとっても」

「君の身柄は、我らデウス・Xエクス・マキナが保証する。これは君を保護した時から、これは決定事項だ。例え限られた人間しか君の事を知らずとも、君の身柄は私達が護るよ」


 天秤座のパスカルを差して体貌閑雅たいぼうかんがと評したが、道満も紛れもなくその部類の人間である。

 物静かだし、気品もある。優雅で静謐な彼女の存在は、パスカルに負けず劣らず、同じ四文字がピタリと当てはまる存在で、まるで天女という人も多い。

 彼女が色恋沙汰に関して全く興味を示さない事を、惜しく思う声も多かった。


 そんな彼女でさえ、言葉の最後は強めに示した。

 安心していい。ここから離れなくていい――そう言い聞かせるように、ミシェルの目を見て言い切った。


 それでもミシェルは不安を拭い切れない様子で、湯呑を持ったまま窓越しに外を仰ぐ。

 今もこうしている間、見知らぬ誰かが魔性に襲われて、その魔性と誰かが戦って、勝って帰るか死んで尽きるかのやり取りを繰り広げている。

 自分は魔性を封じ込める役目を担っているのに、戦う力は全くないのが辛く感じる日々。


 虎徹が怪我をして帰って来る度、どんな気持ちで受け入れているのか、彼は知らないだろう。

 ミシェルは魔性だが、同時に1人の少女である事など虎徹には理解出来ていないのだろう。

 虎徹はそういう男だ。そういう風に、彼を変えてしまった。


 他でもない、陰陽師わたしたちが。


「君を含めた魔性をこそ神の遣いとする信仰団体……彼らが規格外番号ナンバーズ掃討作戦を聞けば、きっと阻止するために動くだろう。そうなれば、そこから芋づる式に敵組織の本部を叩けるかもしれない」

「そうだといいけれど、でもそれって」

「あぁ。私達の中に、しかも幹部の中に情報をリークした裏切り者がいる事になるね。悲しく悔しい事ではあるが……仕方ない。裏切り者には、凄惨なる終焉じひを与えてやるさ」


 静謐なのは口調、声音だけ。

 声高々に吠えないだけ、苛立ち荒げないだけ、煮え滾るマグマのような静閑な憤怒が、彼女の中で燃えていた。


 祓魔師エクソシストは裏切り者にさえ慈悲深いが、陰陽師のそれに対する慈悲とは凄惨かつ残酷と決まっている。

 心を媒介として力を生み出す陰陽師らしいと言えば、らしいのかもしれない。

 道満もまた、今の怒りを媒介とすれば、巨大な術式の1つや2つが作れるだろう。それこそ、規格外番号ナンバーズに致命傷を与え得る可能性を孕んだ規模の術式ものが。


「ホントは道満も一緒に行きたいんでしょ? 虎徹と。何なら、虎徹と組むのは道満――」

「そこまで図々しくはないさ。それに私は、動きたくとも動けない。彼の事はシルヴェストール君と、彼と組んでくれた星将ペアに任せるよ」


 本心なのだろうが、本気ではない。

 本当は一緒に行きたいだろうに、行く事が出来ない苛立ちもまた、今の彼女の力の源として発現している事を、ミシェルだけは知っている。

 感情を媒介に武器とする陰陽師。何と生き辛い生き物なのだろうか。


「もうすぐ全てのペアが決まり、対峙する相手もこれから決める。これから少し、私達は忙しくなるだろうから、あまり人に見つからないように。庇うにも限界があるからね」

「はぁい。じゃあもう一杯、お茶下さい!」

「フフ、わかった。少し待っていなさい」


 茶を泡立てる茶筅ちゃせんの音が、静謐の中で響く。

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