体貌閑雅

 学生時代は物静かで、いつも1人でいるような人間だった。

 何を考えているかわからなくて、いつもクラスで孤立しているような子だった。


 犯罪者の学生時代を聞くと、大体揃ってそんな答えが返って来る。

 結果、物静かで孤独になりがちな人は、将来危険人物として中止される傾向があった時代もあった事は否めない。


 クリスティアナから紹介された人は、世が世ならそうして危険視される可能性さえ孕んでいたが、シルヴェストール――シルヴィの抱いたそれだけではなかった。


 物静かなのは確かだ。

 しかしただ静かなのではない。

 体貌閑雅たいぼうかんが。物静かでいて上品。優雅にして大人びた様は、まさにこの四文字を体現していた。


「パスカル」


 本を開く両手の爪に描かれた天秤座の刻印。

 彼女を取り巻く四方八方に本と言う本が山積みとなっていて、几帳面そうに見える外見と違って、片付けが苦手なのだろうなと思わせた。


 鋭利に輝く翡翠の双眸。

 整った顔立ちと磨かれたような光沢の光る茶色の頭髪。

 まるで物語の中で優雅、可憐、美に関わる称賛の全てを集約したとされるキャラクターが、そのまま飛び出して来たような外観は中性的であったが、わずかに膨らんだ胸と声音から、女性だと判断出来た。


「あなたが訪ねて来るだなんて、珍しいですね。クリス」

「あなたに紹介したい人がいるの。次の作戦の、あなたのパートナー候補よ」

「そう……」


 十二星将、天秤座のパスカル・デイヴィー。


 彼女の力についてあまり詳しく聞いた事はなく、あまり多くを知らない。

 そもそも他人付き合いが苦手であまり人と関わらないので、彼女自身の事を知っている人もそこまで多くなかった。

 が、星将の1人として数えられ、クリスティアナが紹介するだけの実力と能力はあると見ていいだろう。当の本人は、あまり気乗りしないようだが。


「わかりました。結局は誰かと組まねばならないのですものね。それで、そちらの面を被られたあなたが、そうなのでしょうか」

「十二天将白虎、金刀比羅虎徹だ。十二星将、天秤座。パスカル・デイヴィー。此度の作戦デウス・エクス・マキナ。俺と組んで貰う」

「ちょっ、虎徹!」


 上から過ぎる。

 相手と立場上は同等とはいえ、在歴は向こうの方が年齢的にも圧倒的に上。

 まず上から言うべきではないし、そうでなくともお願いする立場なのだから、まず命令形で言うのが間違っている。


「申し訳ございません、パスカル様! 決して彼に悪気はないのですが、誰にでもこんな形で接してしまう悪癖がありまして――!」

「シルヴィ。何を騒いでいる」

「いいから頭を下げてください! あなたはお願いする立場なのですから……!」

「この作戦は双方の幹部が組む事が前提だ。俺と組むのだと前以て教えておいて、何のデメリットがある」

「あぁもう! 本当に申し訳ございません、パスカル様……!」


 パスカルが本を閉じる。


 寄り掛かっていた壁から離れ、本を山の一つに置いた彼女の手が乾いた音を鳴らすと、シルヴィは突如として足腰の力が抜け、片膝を突かされた。

 クリスティアナは本棚の上へ追いやられ、虎徹とパスカルが同じ床に立っている。

 この状況を見て短く唸ったパスカルは、また短い溜息をして部屋の奥にある本の山を崩し、役目を放棄させられていた椅子へと座って脚を組む。


「わかりました。そのお話、お受けしましょう」


 思わぬ展開。

 一体何がどうなってそうなったのか、シルヴィには全く理解出来ない。


 理解する必要を感じず、組むと言う現実だけを受け入れている虎徹と、状況全てを把握しているクリスティアナだけが状況を呑み込んでいた。


「ただし条件があります」

「何だ」

「私の祓魔術ふつまじゅつ……手の内について、追及しないで欲しいんです」

「それは約束出来ない」


 即答。

 本当に、彼にはまず上下関係というものを学ばせた方がいい。

 良くか悪くか、パスカルはこの短い時間で慣れてしまったようだけれど。


「何故? そもそも他人の術式への過干渉は、暗黙の了解みたいなものでは?」

「手の内を敵に晒すのがデメリットになるのは理解出来る。が、味方に晒す事が何故デメリットになる。それについての説明がない限り、約束は出来ない。私情が理由なら捨てて貰う。敵を前に我儘を言ってられるほど、組織に余裕がない事はわかるはずだ」


 あと、プライバシーについてもわからせた方がいい。

 術に関して干渉し過ぎない、踏み込み過ぎないのは術師同士の暗黙の了解。それは虎徹にだってわかるはずなのに。


「私情。と言われれば、確かに私情なのでしょう。しかし、これは時に信念とも呼べる。私の術は一子相伝。1人の術師にのみ継承される特別な物です。仲間だろうと味方だろうと、そう簡単に手の内を晒せる物ではないですし……教えてしまったら、継承のためにされて来た内のいざこざが、馬鹿みたいに見えてしまいますから」


 一子相伝の術式は、結構多く存在するらしい。

 陰陽師の全盛期とも言える平安時代から何千何百年と受け継がれ、継承されながら力を付けて来た術式は、対魔性用に開発された近代の術式と比べると、大きな威力を発揮すると聞く。

 そしてそれら一子相伝の術式は、秘匿性が高ければ高いほど効力を発揮するとも。


 だがしかし、この男には関係ない。


「一子相伝術式の秘匿性はわかる。が、味方にまで開示出来ないほど粗末な術だと言うなら必要はない。星将に上り詰めた実力が、そこまで厳重な秘匿性に裏付けられたものなら、元々そこまでの術ではないと理解した。組む相手は他に考える。この話はなかった事にする」

「ちょ、ちょっと虎徹! 申し訳ございませんパスカル様、申し訳――」

「待って」


 再び乾いた音が響く。

 虎徹は一応立ち止まったが、振り返りはしなかった。


「クリスティアナと善戦出来たから調子に乗ってる……訳ではなさそうですね。あなたは人間なのでしょう。陰陽師連合デウスが用意した陰陽師の事は噂に聞いていましたが……なるほど、理解しました」


 怒っているのかと思えば、そうではなさそうだ。

 寧ろ何処か腑に落ちた様子で、座っていた腰を持ち上げて振り返った虎徹と対面する。

 面、そして包帯の下。虎徹がどのような視線を向けているのかわからないが、向けられているパスカルは、やはり怒ってはいなかった。


「一子相伝の術式は、確かに秘匿性が高ければ高いほど効力を増しますが、たった1人に左右されるほど脆いと思われているのなら、我が家も黙ってはいられません。まぁ、私は家の都合などどうでもいいのですが……私自身も侮られているのは癪ですので、術式を開示しましょう。ただし、周囲には公言しない事。それだけは守って頂けますか?」

「了解した。代わりに、こちらの術式も開示する。等価交換として成立するか、わからないが」

「成立しますよ。あなたの術式は、私もとても気になっていましたので」


 やはり彼女は静かだった。

 怒りこそないが、声を荒げる事もない。自分の感情に翻弄されない。

 傍から見ればどうしてそう納得出来るのかわからないくらいに、彼女の中で淡々と事態は進んで、白虎と天秤座のペアが成立する運びとなったようだった。


「あ、術式解くの忘れていましたね」


 指を鳴らすと、体を襲っていた脱力感が抜けて、普通に立てるようになった。

 クリスティアナも本棚から降りて、大量の本の山を崩す。舞い上がる埃を吸って咳き込むクリスティアナを見て、パスカルは少し黙り。


「まずはここの掃除からでしょうか」


 と、厖大な本という本が積まれた山の片づけが、当ペアの最初の仕事となったのであった。


 

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