獅子と虎
まさかの展開。
十二天将白虎、対、十二星将獅子宮。
訓練シミュレーターを操作していた技師らが慌ただしく動くのを見た術師から伝播し、様々なところから覗き見る野次馬が集う。
中には他の十二天将、十二星将の姿もあり、興味津々と言った様子で戦いが始まるのを待っていた。
「3日3晩戦い続けて疲弊した状態で、よく私の挑戦を受け入れたものね。死にたがりと勇者をはき違えているのかしら」
「常に万全の状態で戦えるとは限らない。寧ろ消耗した状態からが、本番と言える。アイアン・メイデンの時もそうだった。何より、消耗していたから負けたなどと、死ぬ間際の言い訳になるものか」
「……そうね。それは正論だわ」
相手は
最年少で
そしてクリスティアナの大鎌と虎徹の術式は、これ以上ないくらいに相性が悪い。
相性も不利。状態も不充分。なのに虎徹は余裕こそないものの、臆する事もなくただ戦線に立ち、既に幾つかの戦闘パターンを脳内シミュレートしている状態。
負ける可能性は考えているだろうが、後ろ向きな考えなどない。
負ける想定はしていても、そこには必ず勝つためのプロセスが積まれていて、結果的に負けてしまうと計算で導き出しただけの事。
ただ、諦めない、と言うのとは少し違う。彼は負ける事さえ受け入れる。敗北に恐れる事を、死ぬ事を恐れる事をしない。ただ勝つためのルートを検索する機能が搭載されているだけ。
そんなのは人間の思考回路ではない。
戦略的撤退だって、次の勝利へと繋げるための戦法であると豪語してくれれば、負けず嫌いで通せるし、その方がより人間らしい。
だが彼にとっての戦略的撤退は、もう自分に勝てる要素が見つからないと判断した場合に限られる。次に自分が出るつもりなど、毛頭ない。
だからもしここで負けを認めるようならば、虎徹は一生クリスティアナとの戦闘を避けるだろう。例え勝てる見込みが見出せたとしても、それら全てが失敗したら戦闘を放棄する。そういう、諦めとはまた違う感情ならざる機能を搭載した存在だ。
そこまで理解してしまえて、クリスティアナはやはり腹が立った。
彼をこのように改造した陰陽師という人種にも。またこの改造に対して頷いたのだろう彼自身に対しても。
「コイントスをするわ。このコインが地面に落ちた時が合図。それでいいかしら」
「了解した」
こういった時、普通はコインに何か細工が無いか調べる物だが。
何があっても勝てる自信があるからか。それとも他の要因か。
いずれにしても、舐められているのは星将筆頭として、非常に
「じゃあ……」
コインを弾く。
コインが宙で弧を描き、地面に帰って来るまでおよそ7秒。
繰り出すべき初手を決めるため、選択肢を絞るのに3秒を要し、決めるまでにまた3秒かけ、1秒で構える。
きぃんと、コインが床に落ちて響くと、クリスティアナは構えた状態で目を見開き、静かに驚いていた。
盲目の身ながら、虎徹にはクリスティアナが鎌を持って構えた事がわかったはずだ。
しかし虎徹は構えるどころかノーガード。しかも印も結ばず武器も持たず、不用心に距離を詰めていた。ゆっくりと歩を進めて、ジワリジワリと距離を詰めていく。
「おいおい、あいつ死ぬ気か?」
「クリスティアナ様を相手に、何て無防備な……」
「あの人正気?」
シルヴェストール――シルヴィも見ていて唖然。
慎重に慎重を重ねて更に慎重さを兼ね備えたような虎徹が、まさかのノーガード。しかも、指さえも構えていない状態で、全くの無防備だ。
何か狙いがあるにしても、賭けとしては危険に過ぎる。
「後悔しても、知らないから……!」
十二天将は吉と凶、攻撃力特化と防御力特化の術師で分かれている。
対して十二星将は、地水火風の4属性に分かれており、十二天将のように式神のような物を従えている訳ではないが、属性に準じた精霊の力を借り受けているとされている。
獅子宮の属性は火。
星将筆頭の火は、さながら太陽の煌炎が如く。
炎は巨大な鎌を得て、鉄をも焼き斬る斬撃と化す。
「“
振り回す鎌に煌炎を帯びる。
風切り音が獅子の唸りの如く響き始めると、深く鎌を引いた体勢から一挙に距離を詰めた。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前――“
目の前で描かれた
薙ぎ払う形で繰り出された横一線と衝突し、耐えた時間は10秒となかったが、その間――寧ろその半分の時間で、虎徹は再び九字の手印を結び、次の手を打っていた。
独股印。大金剛輪印。外獅子印。内獅子印。外縛印。内縛印。智拳印。日輪印。宝瓶印――陰陽師、そしてかつては忍びの世界でも結ばれたという九字の印。
「
元は古代
それを改良し、現代の魔性にさえ通じる物にしたのが、防御に特化した九字の印。
ただし虎徹のそれは若干のオリジナルが含まれており、本来魔性のみを対象とする術式に改良――基改竄を加え、人間にまで作用するようにしたのが今、虎徹がクリスティアナに仕掛けた術式だった。
地面に描かれた
空中で体勢を立て直し、壁に足裏をついて激突を免れたクリスティアナの眼前には、すでに同じ
1度で結べる印は1つだけ。それはどれだけ高位な術師でも変わらない。
と言う事は、虎徹は最初の防御壁が壊される10秒までの間に2回印を結んだ事になる。
クリスティアナはこの時になって初めて、虎徹の印を結ぶ異常な速さを知ったのと同時、仕掛けられた術式が意味する物を知った。
再び発せられる斥力。吹き飛ばされた先にはまた新たな
絶えず方向を変え、連続で弾かれるクリスティアナの体は、さながらピンボールの玉が如く戦場を飛び交って、一切の反撃ないし抵抗を許されない。
単純な暴力で押さえ付けられているのとは違って、触れられない力で吹き飛ばされているので力で抗う事が出来ない。
風と違って振り払う事も出来ず、炎を更に燃え上がらせるための糧とする事も出来ない。
虎徹の司る白虎は、元は凶将。即ち防御に特化した術師だ。
対魔対病の術式は、虎徹の得意分野とも言えるが、仮にも十二星将の、それも筆頭が抗えないとは凄まじい力だ。
体重の重いアイアン・メイデンとの戦いでは効力を発揮しなかっただろうが、体重の軽いクリスティアナにはこれでもかというくらいに効く。
(だけどこれだけ術を連発して、いくら陰陽師の燃費が良いって言っても、限度が……!)
「
空中で弾かれ続け、体勢の立て直しが間に合わない瞬間を狙っての万物切断術式。
間違いなく、これは相手を仕留める――殺す手順。
虎徹はこれを模擬戦などと思っていないし、ただの手合わせだとも思っていない。故に手加減もしていない。確実に、着実に追い詰めて、殺す気だ。
「“
手から放たれた3つの火球が線を結び、三角形を描く。
中央に光の膜を張って切断術式と衝突し、亀裂が入りながらも3秒防いだ。
飛ばされ続けているクリスティアナの体はそのまま吹き飛び、自動的に盾を破壊した切断術式を回避。虎徹の術式を利用した形で、難を逃れる。
そして今の手順で殺せないと踏んだ虎徹は、同じ
「なるほど。確かに術式に名を与える事で、術の効力が上がるらしい。九字を元にしてみたが……興味深い。次を試すとしよう」
「実験ってわけ。私を相手に、舐めてくれるじゃない」
たかが訓練でも、クリスティアナ相手に手を抜くような相手はいなかった。全力で掛からなければ、一矢報いる事も出来ないからだ。
だが目の前の彼は、実験であり試験のつもりで殺しに掛かって来ている。
全力で掛かって来ているのは同じだが、気の持ちようと勢いが違う。ただの手合わせだからなどと、彼は言い訳しないだろう。
これは彼にとって、あくまで実験なのだから。
「いいわ。こちらも全力で、殺すつもりで行ってあげる」
高々と掲げた鎌の刃が神々しい光輝を纏い、金色の炎を燃え上がらせる。
風切り音を立てながら大気を燃やし、金色の円を描いた鎌を振り下ろしたクリスティアナの白銀色の頭髪が、毛先から金色に輝き始める。
「“
「いけない……! 虎徹っ、あの鎌は!」
対魔性最終攻撃体勢。
金色の炎は、魔性を祓う神の光。神が齎したという金色の光輝。
炎を司る獅子宮クリスティアナの、本気の戦闘形態だった。
「“
「“九字護身法・
組み手でも手合わせでもない。
実験にして試験でもある殺し合いが、再開する。
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