討伐対象:魔獣魔性及びS級1位、及び――
お風呂に入りたい。
ふとした瞬間、真っ先に思うのが同じことになって来た5日目。
討伐数100と21。追跡数、7。
相手は猿の魔獣だ。
一番大きな一頭のオスを中心に二頭の部下と、彼らの番。そして群れの中でも一番若手で番のいない一頭が、最後尾で常に追跡する2人を監視している状態。
それをかれこれ1時間近く追い回しているのだが、どうにも
それこそ何か狙いがあるのなら、前以て説明するだろう男が何も言わず、何もせず、ただ追うばかりなのだから、シルヴェストール――シルヴィは疑わざるを得なかった。
半永久の活動時間を与えられた、虎徹の限界を。
「私が追い詰め……!」
「
「御意」
式神白虎、九十九招来。
魔獣の機動力を遥かに超えた俊敏で、最後尾の斥候を瞬殺。
悲鳴を上げる魔獣らも、次は我が身。虎の爪に貫かれ、牙に喰い殺されていく。
番を殺されて黙ってられぬと繰り出した群れのナンバーツー、スリーが掛かるものの、抵抗空しく即死。残るは、仲間の屍を見る事もなく背を向けて走り続けるボス1頭。
「九十九」
「
式神と術師は思念――横文字で言うテレパシーで繋がっているらしい。
なので、何を命令したのかシルヴィにはわからない。
名を呼ばれた九十九はボスに襲い掛かるが、仕留めようとはしない。
攻撃はわざとではなく、ボスが避けるから空振りに終わっているが、そうなるよう仕向けている節は見られる。
最初に感じられた違和感は、これで確実になった。
「九十九に何を?」
「……ここ1時間追い回したが、闇雲に逃げ回ってる感じがしない。どこか目的地があるように見受けられた。仲間を殺されても行き先は変わらず、寧ろ早まっている。こいつの行く先に、何かある――いや、いると思われる」
「なるほど……っていうか、その憶測、私に話して下ってもよかったのでは?!」
「憶測の域を出ない限り、徒労に終わる可能性も考慮出来た。無駄に緊張を煽ると心身に悪影響を及ぼす」
「それはそうかもしれませんが……私、一応あなたの相棒なのですが」
「知っている」
これはまた荒療治が必要か。などと考えていると、突如として上空から巨大な影が飛来。
逃げるボス猿との間に割って入ったのは、太古の昔に存在したらしい翼竜を模した形の魔獣。いや、よく見ると体の至る箇所が様々な獣の肉と皮膚、体毛で構成された
S級1位の階級を持つ大型魔性だった。
「九十九」
「御意」
股を抜けようとした白虎へと、翼竜の猛禽類と熊とが融合したような鋭利かつ屈強な爪が落とされる。
が、寸前で虎徹の術が爪を両断。衝撃で翼竜の巨体が吹き飛び、白虎は逃げ続けるボス猿を追って走る。
翼竜は白虎を追い掛けようと翼を広げたが、九十九の術式に反射的に反応し、翼の両断だけは回避した。
「シルヴィ。ここを任せられるか」
「え」
「無理か」
「い、いえ! 問題ありませんとも!」
「そうか。では頼んだ」
虎徹1人が急加速。
突然の変化に付いて行けず、魔性は虎徹を取り逃がす。
追いかけるより速く、シルヴィの
頭部を蹴り飛ばされた魔性の巨体が吹き飛び、千切れ倒れる巨木の上に倒れ伏した。斬り落とされた下顎が、自身の重量に耐え切れずに朽ち落ちる。
「頼まれた身なので、通しはしません。それでも押し通ると言うのなら……来ませい」
# # # # #
ボス猿は、やられていた。
奴を囮に九十九を殺す手筈だったようだが、残念ながら囮のみを殺す結末に終わったらしい事は、到着した現場を感じてみれば明らかだった。
ボス猿よりも巨大な何か――シルエットだけは雪だるまのような形の肉塊が、低く小さな声でずっと呻いているのが聞こえる。
「下がれ、主。ここは奴の……」
「あぁ。やはり連れて来ないで、正解だった」
(
S級2位。
序列は下から2番目だが、奴らは知性が高い。
知性が高いと言ったって、ゴリラやチンパンジー等類人猿が人間の真似事をして言われるのとはわけが違う。
奴らは人間の発達障碍者と同等以上の知性を有し、簡単な術式なら、猿真似してしまえる。
単純な力だけでも厄介な上、高い知性が生み出す技術や狡猾な性格は、S級の中でもより悪質な存在と言えるだろう。
奴らを、組織は総称として鬼と呼ぶ。
1体の首魁を中心として徒党を組み、集団で獲物を追い詰める。
他の魔性も人間も、単独戦闘をまず避けねばならない相手に、虎徹はただ1人対峙する。
周囲の丘、木々の陰から、人並みサイズの典型的な形の二本角を持つ鬼が、棍棒や金棒、摩股、三叉槍を持ってぞろぞろと湧くように出て来た。
下品な笑みを浮かべ、汚臭漂う薄汚い声で笑う。
いつ以来か、獲物が来た事に喜んでいるらしい。彼らは他の何者よりも、感情を表すのが腹立つくらいに上手い。
この状況に、人は恐怖故震え出す。武者震いだと強がって見せる。
それが普通だ。
しかし、今この場で恐怖しているのは、彼を殺して喰らおうとする鬼達の方であった。
虎徹は震えない。
降って来た雨の冷たさを感じる肌は、体温調節のために震えもしない。体温を気温とほぼ同じ出来る機能を持つからだ。
そして、虎徹に怯えはない。
怯えを含めたすべての感情が欠落した彼に、震える心は何処にもない。
その不動の佇まいが、返って鬼の不安を煽る。
魔性ながらに知性が高いからこそ、恐れる事を知っている。
知性が高いからこそ、馬鹿正直に突っ込めない。
力だけに物を言わせ、攻撃するため跳び込めない。
高過ぎる知性が仇となり、本来有利に働く数の暴力を生かせずにいた。
それは、彼らを統率する雪だるま型の首魁も同じ。
「……九十九」
「
白虎咆哮。
大気を裂き、鬼の体を叩くように弾く。
直後、脚の笑いだした鬼の首筋へと喰らいつき、首の骨を噛み砕く音が嫌に大きく響き渡ると、考える事を放棄して突っ込んだ鬼から、白き猛虎の餌食と化して、血の惨劇が始まった。
死山血河が築かれていく中で、返り血、血飛沫を浴びながら、虎徹は首魁の鬼と対峙する。
「S級2位か。それにしては……」
雪だるまの中で、重々しく鈍い音が響く。
左右に揺れたかと思えば右、左と腕が出て来て、飛び上がった瞬間に両足が生え出て、立って聳えてみせる。
地面を抉って取り出した巨大な戦斧を担ぎ上げ、高々と飛び上がった。
「まぁ。どちらにしても、殺すだけだ」
悪鬼、冷笑。
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