討伐対象:魔獣、骸骨、化生型魔性群――
長期任務3日目。
討伐数、100と65。
魔性は大半が魔獣型か
地の利は向こうにあり、魔獣は気配を隠すのが上手い。一瞬でも見せた隙を突いて陰から出て来る動きは、まさに肉食獣の狩りを想起させる。
更に
だが何を相手にするにも、真の脅威は数だ。
魔獣にしろ
気力、体力、
敵は常に全力。全身全霊を賭して襲い来る。
それらを一つ一つ狩っていっても、また次の全力が襲い来る。
途切れない。終わらない。尽きが見えない。
しかし彼は、既に消え逝く魔性らの屍の上にあった。
100と65。
これはシルヴィ個人の数字であり、彼――
曰く、彼は数えてなどいないとの事だったが、優に1000は超えていた。
残骸と化した敗者が倒れ伏し、死山と化した光景の中、立ち尽くすたった一人の勝者という構図は、騎士の王として名を馳せる男の最後の戦いの地である丘を思わせる。
後に集計した彼の討伐数。実に、1200と83。
これは倒した屍の数ではなく、魔性を封じた紙に刻まれた数字から計測した数だ。
目でなんて追いきれない。追い切れるはずもない。
魔獣も
仲間の断末魔を聞きつけた魔性が、仇を討たんと襲い来るが、猛虎の牙と爪は瞬く間に引き裂いて、次の敵を誘き寄せる断末魔へと変えていく光景は、もはや、本来の立場より逆転した一方的殺戮――いや、虐殺だった。
1000年前、一方的に人間を殺し、喰らい、蹂躙し尽くした魔性への恐怖は、人間に多くの痛みと恐怖を刻み付け、未だ忘れられる事なく語り継がれている。
魔性にそこまでの知識はなく、彼ならば語り継ぐ残党さえ残さないだろうけれど、断言は出来た。
魔性を狩り喰らう猛虎――白虎、
今後魔性達の間で脅威となり得る存在であり、人間達にとって、希望の一縷になる存在であると。
ただし――
「敵影は確認できなかった。暫く休息にしろ。俺は周囲を探って来る」
「わ、たしも……!」
「今のおまえでは足手纏いだ。次はおそらく、今のより更に階級が上がる。使い物にならない荷物を抱えたまま戦える程、俺は強くない。足掻く足はおまえの足だ」
性能。否、性格に難あり。
戦いの中で最低限の交流はしても、人としての交流はとても望めない。
そんな人の形をした兵器を、果たして自身の命を預けるに足る相棒として見られるかは、その人次第だろう。
安全地帯を確保するや否や、自分はすぐさまその場を飛び立ち、本当に周囲の探索へと向かって行く。
本来、休ませてくれる事に感謝すべきなのだろうが、言葉の表と行動の裏に、今のままでは役立たずだからせめて役に立つ程度に休めと言う意味合いが示されているとわかるから、素直に感謝出来ない。
が、結局その言葉に準じる形で休む事しか出来なくて、戦いの最中でせり上がった岩盤にもたれる形で空を仰ぎ、目を閉じて、自分の呼吸に集中する。
自分の呼吸の数を数えながら、半分だけ意識を閉ざして眠る。そんな器用な事が出来る様になったのは、
そしてそうした休憩の最中、死んだと思った魔性が喰らいに来る時、咄嗟に反応。脊髄反射レベルで対応出来るようになったのは、何年目だったろうか。
「
周囲の鉱物が磁石に引き寄せられたかのようにシルヴィへと集まり、錬成。
自ら地面に叩きつけて砕け折れた剣を巻き込み、シルヴィの両脚に纏い付く。
力強く大地を踏み締めると両脚にこびりついていた汚泥が飛び散って、鋭い刃と剣を搭載した剣脚が姿を現した。
背中の蝶を模した鎧から放たれる祓力が羽のように広がり、鋼の武脚で舞い踊る。
「武装錬金・
力強く羽ばたき天昇。
舞い上がる土埃で視界を封じられた魔獣の頭頂部に、刃を搭載した踵を叩き落す。
脳が貫かれ、頭蓋は砕け、踵を落とされた瞬間に自らの顎で噛み砕いた歯が砕け散り、魔性は沈黙。
その短い断末魔を聞き届けた同胞の群れが、次は我が行かんと跋扈する。
「まったく……とても休める状況じゃあないですね!」
背後から来た獣の顔面が、後ろ回し蹴りで陥没。
眉間から脳髄を穿たれて頭部が弾け、飛んだ返り血を浴びた獣が怯んだ一瞬で跳躍。膝の刃で獣の鼻を穿ち、蹴り飛ばして、後方で
着地を狙って左右から挟み撃ちしてきたが、羽を広げて上昇。両足を各々の胴に乗せ、行き交う獣の勢いに任せて胴を捻ると、落ちながら繰り出した回し蹴りで、獣の首を両断した。
落ちた魔性の首を蹴り、立ち上がって様子を見ていた獣の頭にぶつける。
ふざけるなと威嚇の咆哮を上げて来た大口へと跳び込み、三日月を描く胴へと跳び蹴りで穿ち抜き、風穴――満月を開く。
返り血で濡れた手で払って、正面に向かって目つぶし。
目に掛かって視界のぼやけた相手に一挙に迫り、下段、中段、上段と蹴り上げながら持ち上げて、最後に無防備の胴を回し蹴りで払う。
二転三転と地面を転げながら、周囲の魔獣を一掃した巨体の上に乗ったシルヴィは、見せ付けるように片足を上げ、踵、膝、つま先に搭載された刃を陽光に反射させた。
階級の低い魔獣は怯え、逃げ出そうとする。
しかし、逃げるならばと魔獣を喰らい、自らの魔力を増幅させる大型の
赫然と輝ける双眸。黒い体毛は剣山が如く鋭利に生え揃って、魔性を噛み砕いた牙を剥く口内から放たれる腐敗臭が、鼻孔を突いて頭を痺れさせる。
Y級
今のシルヴィには、余る相手か――しかし。
「……来なさい」
戦略的撤退の選択肢あれど、退く意思は無し。
前に進む足あれど、敵に背く脚は無し。
四足に絡みつけた鎖を引きずりながら攻め入る黒疾風に対し、シルヴィもまた、自ら疾風と化して肉薄した。
# # # # #
(魔性の食事の
血肉の残骸も骨も、魔性は残さない。
死ねば風に溶けるように消えて、何も残らない。
けれどそこには、確かに何者かが大量の何かを喰らった痕跡があった。
近い期間、人が入った形跡はない。とすれば残された残骸は、大地に生息する、今となっては絶滅危惧種の野生生物か。
が、わずかに残った魔力から、生物から魔性へと成った変異種だと悟る。
魔性を喰らう魔性は強い。喰らった魔性の魔力を糧にして、自らを強化する。
来るまでの間、何体かブラックドッグの魔性を祓った。とすれば、その大型種――例えば、バーゲスト等の高級魔性がいると考えるのが必至。
そして、方向からして先ほどシルヴィに待機を命じた場所に向かった可能性が高い。
戻るか。
まだ探索は、終えていないが。
「――」
# # # # #
何体屠った。
何度打った。
目の前のそれは、後何度打てば倒れるのか。
周囲のそれらは、もう立たないでくれるのか。
意識が朦朧として来た。
Y級魔性1体にS級魔性の群れ。虎徹ならこれらを、一瞬で片付ける。
が、自分にそこまでの力はない。だからと言って、置いて行けなど言うつもりはない。
「武装錬金、
出し惜しみはない。
残された祓力をすべて、目の前の魔性につぎ込む。
脚の装甲は軽装化され、代わりに両腕の
大地より引きずり出した剣に刀身はなく、残されたすべてをつぎ込んだ祓力が刃と化して伸びる。
振り払えば骸が散る。
振り下ろせば大地を抉る。
水平に構えて、刀身に傷だらけの魔性を映す。
「覚悟!」
そこから先は、もう憶えていない。
ただひたすらに剣を振り、咆哮が脳を揺らし、顎、爪、牙と迫る脅威の全てを抜けながら赫然と輝く獣の双眸を頼りに、漆黒の体に斬撃という斬撃を叩き込んだ。
上に振り上げ下に振り下ろし、真横に薙いで斜めに裂く。
ひたすらに斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って、斬って――倒れる。
直前に先に倒れたバーゲストの骸を前に、意識と乖離した体が力無く倒れるのを、シルヴィは止める事が出来なかった。
天を仰ぎ、薄れる意識を辛うじて留めながら、深く呼吸する。
ふと、気配を感じて首の力で頭を持ち上げると、自分を見下ろす形で立っている虎徹の存在に気付いて、安堵の息を漏らしながら、全身の力が一挙に抜けた。
「バーゲストか」
「えぇ……苦戦、しました」
「Y……いや、この大きさはS級1位はあっただろう。そして周囲のS級魔獣……どうやら、俺は過小評価していたらしい。シルヴェストール――シルヴィ」
しゃがみ込むから何をするのかと思えば、優しい力加減で頭に手を置いて。
「よくやった。ご苦労だったな」
と、初めて認め、称賛を施してくれたのだから驚いた。
自分の頬が紅潮していると察して、すぐに腕を這わせ、顔を隠す。
「探索は終えた。今日はここまでにするから、もう休め」
「……はい、そう、します。失、礼……」
そうして、シルヴィの意識は夢の中へと落ちた。
長期任務3日目。
討伐数、100と82。そして、大型1。
それがシルヴィの、最終戦績と収まった。
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