討伐対象:S級2位鬼種首魁
翼竜、飛翔。
飛行能力を持たない人間では、到底追い付けないだろう高さにまで飛び上がる。
しかしそれは、常人ならの話。
常人ならざる者の中でも数こそ少ないが、飛行手段ないし、飛行と称するに値する跳躍能力を持つ人間はいるのだと、翼竜は死の直前になって悟った。
最早、人の動きではない。
さながら翼でも生えているかの如く、宙で舞い踊る
黒い塵となっていく翼竜の残滓が、シルヴェストール――シルヴィの腰に差された紙へと吸い込まれていく。
「本当に、勝手に吸い込んでくれるのですね……」
着地したシルヴィは用紙が全ての残滓が吸い込まれ、表面に翼竜の絵が描かれたのを見て、すぐさま走る。
正直に言って
間に合って欲しいと願いながら、シルヴィは駿足の武装を最高速でフル回転させる。
同時に考えてしまうもしもを頭の片隅に追いやりながら、全速力で――
# # # # #
大雪山下ろし。
かつて鬼の一撃は、大雪山と呼ばれた険しい山の頂を斬り落とし、標高を低くしたと言う。
それと同等かそれ以上か。少なくとも、人が喰らえば到底無事に済まない一撃が絶え間なく、間髪入れずに襲い来る。
戦斧の重量から考えられない速度で、風を切り裂く音で恐怖を誘いながら敵を追う。
ただ逆を言えば、それは未だ風を切る戦斧が、敵を捉えられていない事の証明とさえ言えた。
「――」
百戦錬磨。
時代によっては主よりも強かったとされる式神白虎の一方的狩猟の隣で、虎徹は何もする事なく、大雪山下ろしと称される斬撃の全てを躱し続けていた。
恐怖を誘う風切り音の奥の奥。雪だるま状の殻の中で鼓動する心臓音。息遣い。殻の中で籠る音の数々が、手取り足取り教えてくれる。
次の手も、次の手も、次の次の手も、次の次の次の一手も、先の先まで教えられた男の体は、言われるがままに動き、躱し続けていた。
故に、鬼は苛立った。
苛立って、腹が立って、力の限り戦斧を振るう。
しかし全て空振りで、空回りばかりで、鬼は更に憤慨して、目の前が真っ赤に染まった結果、鬼の両腕が先に飛んだ。
何がどうなってそうなったのかなんて、味方が見たとしても、説明は難しい。
虎徹の陰陽術は、未だ多くの謎を残している。
指先で描いた軌跡を辿って走る斬撃の正体も、本人の説明通りなのか否か。自分が不利になる状況をミリ単位で調整して避ける虎徹の言葉からは測れない。
しかしただ事実を述べるだけならば、至極単純で簡単だ。
虎徹が、鬼の両腕を戦斧諸共斬り飛ばした。
ただ、それだけ。
「脆い」
予想以上に脆かった、などと言っていたら、更に怒りを買っただろう。
ただでさえ憤慨し、頭に血を昇らせた状態で、更に怒るような事があれば、脳内の血管が切れていたやもしれない。
それはそれで手間が省けた、と虎徹ならば考えたろう事は、想像に易い。
両腕を斬られた首魁の鬼は高く飛び上がり、両足を揃えてドロップキックを浴びせんとして来たが、虎徹は既に鬼の頭上を取っており、唐竹を狙う形で振り下ろされた指の描く軌跡に従い、雪だるまの殻が縦に割れ、中に入っていた本体が姿を現した。
虎徹には見えていないが、毛むくじゃらの熊のような巨躯が現れて、大口を開けて咆哮。
魔力を斬られた腕の片方に注いで回復。生えた上に膨れ上がった腕を振り上げ、ギロチンのような血生臭い爪が、虎徹の五体を貫かんと迫る。
が、虎徹は向かって来る腕に捕まり、疾駆。
両手に揃えて構えた手刀を携え、腕の上から顔へと跳躍。鬼の両目を貫き、抉って刺す。
悲鳴が響き、最後の抵抗とばかりに腕を振った時、虎徹の体は鬼の後背が映す影の中にあって、遅れて二つに分かれた鬼の巨躯が、虎徹を避ける様に左右に割れながら崩れ落ちた。
その時丁度、シルヴィが到着。他の鬼を狩り尽くす
「大丈夫ですか!? 何処か怪我などは――」
「問題ない。予想より
「今のが鬼……殻のような物を被っていましたが」
「鬼の中には、衣を作る奴もいる。何処かで術師の鎧に近しい礼装でも見て、防御力が高いと考えて模倣した可能性があるな。この件は上に持ち帰る。封じた用紙を預けるから、報告書の作成は任せた」
「え、私が?」
「すまないが、俺はこの通りで字が書けん。それに材質等、目に頼る部分も多いだろう。雑務だが、こればかりは頼る他ない。よろしく頼む」
「そ、そうですね。わかりました。では、帰還した後にすぐ、報告書にまとめておきます」
「頼む」
「はい!」
適材適所という言葉がある。
今回、シルヴィはその言葉で納得出来た。
自分は今回、翼竜の
そして報告書は、虎徹では出来ない事。
最前線で並んで立つ事は出来ないまでも、最初よりは頼って貰えているのだと思える。だから、自然と笑みが零れた。
そうして笑う少女と、彼女を見下ろす形で向かい合う青年の姿を見る姿が、山の上に一つ。
見る者は呪われる。語る者は呪われる。聞いた者は呪われる。
形容しがたい黒い物体が、山の頂から二人を見下ろして、凝視して、顔を覚えて、消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます