第31話 冬苺

「紘平ー、苺食べようー」


パソコンに向かう夫に呼びかけて、佳織は早速一粒口に運ぶ。


買ったばかりの冬苺。


奮発して高い方を買った甲斐があった。


欲張って大粒にしたが、ちゃんと熟れていて甘い。


お正月だし、ちょっと位贅沢もいいよね、と選んだ品。


みかんとは一味違う、豪華な感じがする。


「佳織」


パソコン画面から目を離さずに紘平が手招きした。


届いた年賀状で名簿作りの真っ最中の紘平は、朝からパソコンと格闘中だ。


任せきりにしていた佳織は、紘平の隣に向かうとパソコン画面を覗き込む。


何か相談事かと思っていたら、紘平から飛び出したのは予期せぬセリフだった。


「50点」


「は!?」


今のどこを採点すればそうなるのかと、佳織が素っ頓狂な声を上げる。


「だーから、ソレ、持って来いよ」


紘平はしれっとテーブルに置き去りの苺を指さした。


怪訝な顔の佳織が、苺を持ってくると、紘平がそれを一粒摘まむ。


「ほら、あーん」


「・・・っは?」


「は?じゃなくて」


紘平が呆れた顔で言って、佳織の口に苺を放り込んだ。


「え・・・んっ・・・」


ぽかんとしながら佳織が苺を咀嚼する。


その様子を満足げに見つめて、紘平がそうそうと頷いた。


「俺がやりたかったのは、こーゆうこと」


「・・・え・・・なに、あんたこんな事やりたかったわけ・・・?」


佳織が呆れた表情で言う。


子供じゃあるまいし、いや、子供じゃなくてもやるかもしれないが・・・


とにかく、はいアーン、とか、素面で出来るかっての!そんなのあたしのキャラじゃないんですけど!!


思いっきり顔に出ていたらしい。


佳織があれやこれやの言い訳をする前に、紘平が先手を打って佳織の腕を掴んだ。


「こんな事って?まーいわゆる新婚ごっこ的な?」


「ごっこって・・・実際新婚なんですけど・・・」


大声で言えないのが悔しいが、仕方ない。


だって、過ごしてきた時間があるから、そう簡単に新婚モードにはなれない。


紘平のほうもそれは承知だと思っていたのに。


「わ、私でイイって言ったわよね!?」


なんだか妻失格と言われた気になってしまって、佳織が逆切れ気味に言い返す。


紘平の方は至って落ち着いた様子で佳織の腕を引き寄せた。


当然のように佳織の胸に顔を寄せる。


「いいって言ったし、今もお前がいいと思ってる」


「あ、そう・・・」


とりあえず三行半突きつけられなくて良かった・・・


ほっと胸を撫で下ろした佳織が、はたと我に返る。


ちょっと待った!そうじゃなくって!!


「だったら、求めるものが間違ってる!」


「そうか?」


「そーよ!相手が違うでしょ!私は暮羽ちゃんじゃないの!」


引き合いに出したくはないが、年下の可愛い新妻なら喜んで期待に応えるだろうと容易に想像できる。


今更アレをやれと言われても無理、だ。


ごめんなさい、と両手上げて降参宣言。


「暮羽ちゃんじゃなくて、佳織だから、いいんだけど」


「・・・え?」


「新鮮だろ?」


楽しんでいます、と顔に書いてある。


「別に他の誰かの前でやるわけじゃないし。俺以外の誰かにやる必要もねぇし」


大事な事はしっかりと伝えたうえで、紘平が苺の入った器を佳織に差し出した。


「俺しかいないから、やってみ?」


「やってみ、ってね。そういうもんじゃないでしょ!」


「いや、そういうもんだろ」


「だって普通に食べればいいし!」


「俺キーボード触ってるだろ」


「ならフォークを」


「だーから」


押し問答を終わらせたのは紘平の指先。


佳織の腰に回した腕で、エプロンのリボンを解いたのだ。


「お前が食べさせてくれたら早いだろって話」


「・・・っ無理」


「なんでだよ」


「だってキャラじゃないし」


「そのカッコイイキャラな、俺の前では封印」


楽しそうに紘平が佳織の頤を撫でて、結ばれた髪を指に絡める。


動けない佳織は、紘平の肩に腕を置いたまま硬直するしかない。


封印って言われたって、どうしろってのよ・・・


「私の性格一番知ってる癖に」


「知ってるよ、だから言ってる。いいだろ?可愛いとこなんて俺しか見なくて」


な?と笑みを浮かべて見上げられて、佳織が答えに詰まる。


可愛いに焦がれて、焦がれすぎて諦めた女に、それは、ズルい。


何言ってんの!といつもの強気が出てこない。


「・・・きょ、今日だけ、一回だけだから!」


覚悟を決めた佳織が苺に指を伸ばす。


小さく笑った紘平が、いーよ。と小さく答えた。

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