第27話 考えてない!

亜季が、いつもの夏祭りに、今年は夫婦参加するから、と言った。


それなら、と、佳織も夫婦での参加を決めた。


本当は、どうしても花火が見たいわけじゃない。


家に居たって良かった。


でも、亜季が浴衣着て行く!とか楽しそうに言うから・・・


「影響されちゃったじゃあないのよーっ」


花火待ちの場所取りをして、勢いよくカキ氷をかき混ぜる佳織。


今日は、白地に朝顔の古典柄のモダンな浴衣姿だ。


帯飾りの金魚がポイントになっている。


「あ!混ぜんなって佳織!!」


慌てたように紘平が佳織の手からカップを取り上げた。


半分が氷水になったカキ氷を見て、げっそりと肩を落とす。


「俺はカキ氷は、氷の状態が好きなんだよ。氷水になったら美味くねぇだろ」


「どっちも一緒じゃない?」


「全然違うだろーが!!」


「私にとっちゃ一緒よ!あ、それより、折角着付けたんだから、汚さないでよ、それ!」


佳織に合わせて、紘平も浴衣を着せた。


「分かってるよ。それにしても、着付けできたなんて意外だな。なんでこれまで夏祭り着てこなかったんだよ」


「イチイチ仕事帰りに浴衣に着替えてらんないでしょ、邪魔くさい」


佳織がぴしゃりと言い返した。


只でさえ荷物が多いのに、帯に浴衣に下駄に、と更に大荷物になってしまう。


誰が好き好んでそんな事するもんか。


「今日は邪魔臭くなかったんだな」


にやりと意地の悪い笑みを浮かべる紘平。


佳織は即座に首を振った。


「邪魔臭いわよ!たまにはいいかなって思っただけよ!」


「その割には、浴衣結構前から準備してただろ?いつの間にか俺の浴衣まで用意してるし」


「あんたのはついで!!超ついでよ!」


顔を赤くした佳織の冷たい一言。


それにも全く怯まずに、紘平は笑顔のままだ。


「はいはい。わーかったよ」


佳織が素直でないのは、今に始まった事じゃない。


普段強気一辺倒な彼女が、時折見せる弱気な表情がイイのだ。


その顔で紘平にだけ、弱音を吐くのが堪らない。


本人に言ったら、張り倒されて、二度と見せてくれなくなるので、死んでも言わないが。


眉間に皺を寄せたままで人込みに視線を移す佳織が、無言のままで右手を差し出した。


「ん?」


「氷!」


「ああ・・・」


頷いた紘平が、カップを差し出そうとしてやめる。


「なー、佳織」


覗き込む様に妻の方へ距離を詰める。


「何よ、早く・・」


したり顔に佳織が嫌な予感を覚えた。


と同時に、紘平が満面の笑みで言った。


「ちょーだい、って言ってみろよ」


「・・・」


たっぷり5秒沈黙した後、佳織が目を剥いた。


「っば!!ばっかじゃないの!?」


「何でそんな事!」


「俺が聞きたいからに決まってんだろ」


カキ氷の底に堪った甘ったるい氷水をストローで吸いながら、紘平が笑う。


「い、や、よ」


「いいだろ、別に。


俺、お前から強請られた事ねぇもん、聞かせろって」


「強請るって、そういう言い方しないでよ!」


ますます剣呑な表情になった佳織が俯く。


何を言い出すのかと、紘平の足を踏みつけてやりたくなる。


が、紘平は全く懲りた様子も無い。


平然と佳織の肩を抱き寄せた。


吐息で笑って、耳元で囁く。


「頂戴、が、駄目なら、欲しい、つってもいいけど?」


「っなんで、そういう・・・」


絶句した佳織の耳たぶを引っ張って、紘平が笑みを深くした。


目を細めて佳織の熱い頬を撫でる。


「なーに赤くなってんだぁ?」


「あんたが傍に寄るから!暑いだけ!」


「なーにヤラシイコト、考えたんだが」


「か、考えてないってばっ!」


紘平の手を振り払おうと佳織が身を捩る。


勿論、腕を解くわけはない。


さらに強く抱きしめる。


紘平は佳織の口にカキ氷のストローを突っ込んだ。


「んっ・・」


反射的に氷水を吸い上げる佳織。


紘平は浴衣の襟元を引っ張ると、遠慮なく首筋に顔を埋めた。


紘平の舌先が肌を辿って、一か所で強く吸い付く。


馴染みのある痛みが走って、佳織が思わず声を上げた。


「んっ・・」


「コラ、声上げんなって」


「っ・・・」


吐き出した息で、カップの中で泡が立つ。


花火待ちの暗闇とはいえ、すぐ傍には同じように座って花火を待つ人たちがいる。


何考えてんのよーっ!馬鹿!!


大声で非難したいがそうもいかない。


佳織は必死になってストローを噛み締める。


ぎゅっと目を閉じる佳織の様子を横目に、紘平が小さく笑った。


佳織の指先が、紘平の浴衣の袖を強く握りしめている。


「帰って、それ、見るのが楽しみだな」


紘平の指が首筋を辿った。


見るまでも無い、綺麗に赤い花が咲いているに決まっている。


「ほんっとに信じらんない。この非常識人っ、馬鹿!大ばか者!」


「ひっでぇ言い草だな、おい。どーせ、お前も似たり寄ったりな事、考えてたくせに」


「っちょっ!とんでもない事言わないでくれる!?紘平と同じ事なんて考える訳ないでしょうがっ」


必死になって言い返すと、紘平が再び身を乗りだしてきた。


佳織が慌てて後ずさろうと背後に手をつく。


と、その手を掴んで紘平が引き戻した。


「へー・・・俺がどんな事考えてたか、分かるのか?」


「・・・そ、それは・・・」


「俺が何考えてたか、当ててみろよ」


「嫌よっ」


これ以上からかわれてなるものかと、佳織が紘平の腕を思い切り叩いた。


あっという間に解けてしまったカキ氷、居間は氷水になったそれをストローで吸う。


確かに、紘平の言う通り美味しくない。


氷とシロップの時は、あんなに幸せな食べ物なのに。


紘平は無視する事にして、氷水の処理に集中していると、紘平が耳元で囁いた。


「反対側にもつけてやろっか?」


この上なく甘ったるい声音。


思わず肌が粟立つ。


ワザと、だ。


明らかに佳織の反応を楽しんでいる。


「・・・っ!!」


空になったカップを地面に置いて、佳織がキッと夫を睨み付けた。


「いい加減からかうのやめてってばっ」


「俺は本気だけどな」


「本気ならなお悪い!」


「っせーなぁ・・」


紘平がさも面倒くさそうに肩を竦めた。


「煩くないわよ!ちゃんと聞いてってば!」


二人きりの時ならまだしも、こんな人ごみで、必要以上にべたべたするのは慣れていない。


必死になって言い返す佳織の手を握って、紘平が笑った。


照れ臭そうに。


「俺も、浮かれてんだよ」


「・・・え・・」


「あんなに一緒にいたのに、こうやって二人で花火大会、来た事なかっただろ?」


「そ・・れは・・そうだけど・・」


「お前が浴衣用意して、楽しそうにしてるの見てたらさ。俺も、楽しみになってきたんだよ・・・」


「・・・紘平」


「だーから、調子に乗った事は認める。悪かった・・・」


あっさりと引き下がった紘平を前に、佳織は複雑そうな表情を作った。


このモヤモヤをどうすれば良いのか分からない。


そんな佳織の頬にキスをして、紘平が楽しそうに言った。


「ああ、でも、帰ったら、反対にもつけるからな」

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