第11話 現実→一直線

普通は怒るべきとこだったと思う。


普通は焦るべきとこだったと思う。


だけど、その時の佳織がとった行動は・・・・


☆★☆★


やってしまった。


二日連続して亜季にお世話になってしまうなんて。


さすがにランチじゃ逃げ切れない・・・今度は給料日後に揃ってエステの予約入れておこう・・・


布団の中で目を開けて、体起こすまでに30秒。


あーなんか体ダルイし・・・


まだお酒残ってるとか?


とりあえず布団から手だけ伸ばして、亜季が寝ているであろう隣を叩いてみる。


まだ目を開けれる状態じゃない。


けれど、佳織の手は宙を彷徨った。


あるべきはずの亜季の布団が・・・ない!?


いったいどうやって自宅まで帰ったの!?


ぎょっとなって布団を撥ね上げて飛び起きる。


そこで佳織は言葉を失った。


「・・・・・・・なんで・・・」


見慣れた懐かしい部屋がそこには広がっていた。


殺風景なフローリングの床に置かれたデスクとノートパソコン。


開けっぱなしのクローゼットの中に見えるスーツも。


何もかも、全部覚えていた。


そして、ベットに凭れて蹲るみたいに眠っている紘平の姿。


この状況でも冷静な自分に驚く。


佳織はゆっくりと深呼吸して、昨日のことを思い出していった。


同期の飲み会で・・・いつものメンバーで・・・


だけど、紘平は来なかった。


ホッとして飲んで・・・途中で記憶が途切れてる。


なのに・・・なんで?


亜季の部屋じゃなく、どうして、この部屋にいるのか?


眠ってしまっている間に、何があったのか?


いよいよ混乱してきた佳織のすぐそばで、紘平がうっすらと目を開けた。



「・・・・二日酔いは?」


開口一番そう問われて、佳織は反射的に首を振った。


「ちょっと飲んですぐ潰れたって亜季が言ってたけどな・・」


体を起こして伸びをしながら、紘平がいつも通りの口調で言った。


佳織は何と答えていいかわからずにその後ろ姿を見送る。


この状況が未だに、理解できないのに。


ぼんやりと視界に映る、たった一人の人間の存在だけで、急に泣きたくなった。


熱くなった目頭を押さえて、慌てて深呼吸を繰り返す。


こんなとこで泣くなんてどうかしてる。


疲れてるだけ。


驚いただけ。


ワケ分かんなくなってるだけ。


落ち着いて、大丈夫だから、落ち着いて。


キッチンから戻ってきた紘平が、ペットボトルを差し出した。


「ほら。お前が好きだった水・・・ってどうした?」


「・・・・な・・・なんでもない」


慌てて首を振ってみせるも、隠せるわけもなく。


紘平がペットボトルをテーブルに載せてベッドの端に腰かけた。


「・・・なんでも無い理由で泣くのかお前は」


呆れ顔で言って、佳織の手首を掴む。


細いチェーンのブレスレットの痕が付いていた。


外してやれば良かったな、と呟いた紘平の声が酷く静かで、尚更緊張が増した。


そんな声を聞きたいわけじゃない。


必死に自分に違うと言い聞かせる。


掴まれた手首を振り払おうとした佳織の肩を紘平が強引に抱き寄せる。


「・・・なんで泣きたくなってんのか自分でも分かんないんだからしょうがないでしょ!」


「・・・この部屋が懐かしくて、とか?」


「・・・・部屋に愛着なんか無い」


ピシャリと言い切ったら、紘平が小さく笑った。


「だったら俺には愛着ねぇの?」


「・・・・・」


何も言えなくなった佳織の唇をなぞるようにいつになく慎重に紘平が唇を重ねた。




★★★★★★



ヤバイ・・・・言い返せなくなってる。


紘平の顔見てホッとするなんかどうかしてる。


混乱してるだけ。


だってこの部屋には、ふたりで過ごした羽毛みたいに柔らかい思い出が詰まってる。


気持ちが・・・一時的に戻っただけ。


この部屋を出たら夢から覚めるみたいに・・・




けれど、重なった唇の感触に引っ張られるように佳織は唐突に夢から覚めた。


紘平の肩越しに、窓の向こうの景色をぼんやりと眺めながら呟く。


「・・・・ありえないから・・」


ここは、現実世界から切り離されてる場所。


佳織を慰めるために用意された小さな空間。


これが一生続く訳じゃない。


「なんで?」


囁きかけるみたいに問われる。


佳織は紘平の肩に回しかけた腕を咄嗟に下ろした。


「・・・私は・・・もう・・・・・」


”好きじゃない”


恋にはならない。


誰のことも好きになれない。


閉じ込めて、忘れた振りして、無かった事にして。


そうやって自分を守って来たのに。


一言でいいのに、終わりに出来るのに。


この腕を離したくない自分がいた。


死んだって言いたくなかった。


肩に顔を押しあてて黙り込む佳織の髪を撫でていた紘平が、静かに切り出した。


「お前が言いたいことなら、たぶん俺の方が分かってるよ」


「・・・・・・うそ」


「当ててやろっか?」


「・・・いい・・・・いらない」


泣きながら首を横に振ったら、紘平が慰めるみたいに背中を叩いた。




ほんとはね、泣きたくなる位恋しかったの。



認めるしかない現実は、もうそこまで、来ていた。

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