第10話 謀は謹んで

新店舗オープンに向けて、関連部署はみんな土曜出勤だ。


休日出勤の良いところは、ドレスコードが緩くなること。


みんなデニムやラフなカッコで御出勤。


かくゆう佳織も、この前泊まりに行ったとき亜季の部屋に置いて帰ったデニムとニットで出社している。


目が覚めたらいつものように亜季の部屋だったのだ。


お互い10時出社予定だったので、お礼を兼ねて駅前のカフェで朝ごはんにした。


コーヒーにたっぷりのミルクを入れながら、亜季が窓の外の景色を眺めて呟く。



「せっかくのお天気だってのに・・・仕事なんて」


「みんな同じでしょ・・・あ、お母さんに電話しとこ」


「ホントよー。おばさん心配して・・・るわけないか」


「ないない。あの人のことだもん。あら、いなかったの?くらいのもんよ」


今日は遅日勤と言っていたから、そろそろ出勤かもしれない。


携帯を開いて4回コールが鳴った。


「もしもし?」


「あ、お母さん、おはよう。ごめんね、昨日飲み会で、亜季の家泊めて貰ったの。今日は仕事だから、夜には帰るわ」


「やっぱりいなかったの?母さんもナースの歓迎会で11時半に帰ったから。ほら、育休取ってた山田さん、戻ってきたのよ」


ナースはいくつになっても元気。


子持ち、主婦、関係なし。羨ましい限り。


「あーそうなの、あの髪の長いナースさんね」


「あんたと同い年よ?」


「すいませんねェ・・・心配して貰って」


「してないわよ。結婚なんてしなくていいわよ。でも、そのうち子供だけどっかで拾ってきてよ」


「・・・あのねえ・・・」


人としてどうなのか?それは。


「ま、とにかく居所が分かったからいいわ。じゃあ、仕事がんばりなさいよ」


「はーい」


いつものように一方的な話の終わり。


もう慣れてるけど・・・


携帯を閉じて、佳織は亜季のカフェオレみたいなコーヒーを一口飲んだ。


「さーって・・・働きますか」


晴れてても、デート日和でも。


そんなの関係なく、やることはいつだって山積み。


悩んだりしている暇はないのだ。






「おはよーございまーす」


「おー友世、おはよ」


自販機の前で、後輩に声をかけられた。


彼女も今日はいつもよりカジュアルな格好。


とは言っても、佳織とは正反対。


ミルクベージュの可愛いフレアスカートにパフスリーブのシャツ。


羽織ったカーディガンは、淡い桜色。


文句なしに可愛い彼女。


ハートのピアスを揺らせながら、友世が何かを差し出してきた。


「はい、佳織さんにあげます」


「え?・・・あ・・・」


「仕事中に摘んでくださいね」


受け取った半透明な袋の中には、美味しそうなクッキーが入っていた。


「えー・・・作ったの?」


「はい。昨夜、幼馴染と一緒に」


「うわー・・もう女の子って感じ・・ありがとー」


「まだ、食欲無いですか?」


「ううん。もう大丈夫、ごめんね」


「とんでもないです!いっつも話聞いて貰ってるのあたしなのに」


部署に向かって歩きながら、友世が首を振る。


ふわんとにおう、いつもより甘めの香水。


「今日は、仕事の後デートなの?」


「え・・・あ・・・ハイ」


「いいなー」


思わず呟いたら、友世が佳織の腕をがしっと掴んだ。


「すればいいじゃないですか!!!」


「誰とよ」


「樋口さんですよ!!お似合いですもんお2人!」


「あー・・・・あのね・・・私と紘平じゃデートになんないよ」



全く、全然、これっぽっちも恋にならない。


うん、そうに違いない。


迷うまでも無い。


ありえないし、そんなこと。


そんな佳織の顔を覗き込んで、友世が呟く。


「・・・なんだかんだ言いながら、樋口さんと話してるときの佳織さん楽しそうなのに」


「・・・・気安いからよ」


きっと、そうに決まってる。



★★★★★★



「辻ー」


カウンター越しに呼ばれて、顔を上げると相良が手を振っていた。


営業は、休日出勤でもスタイルを崩すわけにいかないらしく、スーツ姿だ。


「お疲れー、どしたのー?」


パソコンを打つ手を止めて立ち上がる。


ついでに、給湯室でお茶を入れようと思ってマグカップを掴んだ。


「今日って何時上がり?」


「えー・・・どーだろ・・6時までには帰りたい。希望としてはー・・5時。あ、聞いたよー?エンゲージ見に、彼女連れて店舗行ったんだって?」


「情報早いな」


「亜季がいるもん、こっち。デザイン誰に頼むのよ」


「今、酒井さんと交渉中」


「わーおー・・高くつくんじゃないのぉ?」


酒井さんは志堂のトップのデザイナーだ。


いくつもの賞を受賞している凄い人で当然デザイン料も高額になる。


相良の彼女への愛情が垣間見えた。


「ウチの小川さんとちょっとあってさ」


「え・・?小川課長と?」


「そう・・・まあ、昔の話なんだけど。んで、そんときの借りを返してもらう形で手を打とうと思ってさ」


「へー・・・凄いねェ、しかも結納もするんでしょ」


「・・なんでそこまで」


「うちの後輩は、暮羽ちゃんの部活の先輩です」


「ああ・・・川上さんか・・・」


「まあ、幸せそうで羨ましいわ。二次会位呼びなさいよね」


「司会してくれよ」


「イヤよ。面倒くさい。景品貰って飲んで帰るだけー」


相良が笑って考えとくよ。と言った。


それから、佳織の方を向き直る。


「で、俺の話はいいんだけど。どうせみんな出勤なら、飲みに行こうって話になってさ。来るだろ?」


「んー・・・そだなぁ・・・」


返っても鬱々するのは目に見えている。


となると答えは。


「・・・行くか」


「よし、なら山下にも言っといて。後で、店連絡するから」


「・・・了解」


明日は休みだし、ぱーっと飲んでみんなで騒ぐのも悪くない。


そうしたら、急に寂しくなったり、不安になったりしないはずだから。



★★★★★★



関東営業との打ち合わせを兼ねた、飲み会が終わったのは午後9時すぎ。


2軒目に流れ込む部長たちから上手く逃げて


同期の飲み会を開催中である駅前の店へ向かう。


馴染みの店のドアを開けると、すぐに奥の席へと案内された。


同期飲み会でいつも使う創作料理の店。


18時前から始まってるはずだから、もうみんないい具合に酔ってるだろうとは思っていた。


こちらに背を向けて座る直純を見つけて肩を叩く。


「おー、遅くなって悪いな」


「お疲れー」


「お疲れーえ」


「遅いぞー紘平!!」


「次行こうかって話してたとこだよ」


馴染みのメンバーが口々に声をかけてくる。


けれど、どれも耳には入ってこない。


嫌、入ってはいるけれど、反対の耳から即座に零れ落ちている。


視界にあるのは、亜季の肩を借りて眠る佳織の姿。


絋平の視線に気づいた亜季が、小声で言った。


「調子に乗って飲むから・・さっき潰れたの」


「佳織が寝るなんてありえないだろー?」


「初っ端から、日本酒なんか飲むからだよ」


「何言ってんのよ、加藤!あんた止めなかったでしょ」


「だってコイツ強いだろ?」


「そうだけど・・・今日も家にお泊まりかなぁ」


佳織の頬を突いて呟く亜季。


「とりあえず、座れよ。一杯くらい飲ならまだ飲めるだろ?」


直純がイスを引く。


それを手で押さえて絋平は首を横に振った。


「いや。もう帰るよ」


「・・・え?」


「飲みに来たんじゃないんだ」


「何言って・・」


困惑気味の亜季が絋平に向かって怪訝な視線を向けてくる。


さすが、勘のいい女だ。


絋平の次の行動が予測できたらしい。


無意識に佳織を抱きしめている。


「コワレモノの貴重品、引き取りにきた」


誰の事かなんて、きっとここにいる全員が知ってる。


「っつーコトで、亜季ちゃん、タクシーまで宜しく」


絋平の言葉に、予想通り友達思いの亜季が身を乗り出してきた。


「あんたねぇ!」


「クレームは本人から聞くからさ。頼む」






★★★★★★




「信じらんない!!どーすんのあれ」


タクシー乗り場から走り去った、2人(1人は熟睡中)を見送って亜季は隣の直純を見上げた。


「いや・・でも、もう行っちゃったよ?・・・ってか・・あいつらしいよなぁ。俺ら同期全員、目撃者にしやがった」


「・・・アレで佳織は逃げらんない・・」


「確かに・・・でも、あれくらいやんないと、纏まんないんじゃないの?」


「・・・分かってるけど・・・」


「お前がさぁ・・・辻を、何とかしてやりたいって思うのは分かるし、友達として助けてやりたいって必死になるのも分かるよ?でも・・・辻の中にある穴はさぁ・・・”恋愛”でなきゃ埋まんないじゃないのか?誰かを本気で好きになって、傷ついたんなら、尚更、それを癒すのは次の恋だと思うけど」


「・・ねえ・・・相良」


「はい?」


「それって経験談?」


「・・・・まあ・・・そんなとこ」


実際は暮羽を見ていて感じたことなのだが、目の前で泣き崩れて、そこから立ち直っていく彼女をまじかで見てきたのだ。


少なくとも、直純には、そう映った。


「・・・佳織が、泣かないならいいのよ」


「逆だと思うけど?」


「なにが?」


「・・・今度は、いちいち些細なことで泣ける恋愛した方がいいんじゃないの、アイツ」


あまりに確信を突いた発言に、亜季がぱっ表情を硬くした。


そんな彼女を見て、直純が笑う。


「国際部にも、噂好きのお姉さんはいるんだよ」


亜季は目を伏せて、静かに笑った。


こういう守り方もあるんだと、初めて気づく。


一緒に泣いて、笑うんじゃんく。


いつも同じ距離で、何も知らない顔で、いつも通りの態度で。


きっと、他の同期もそうなんだろう。


「・・そっか・・・知らん顔してくれてありがとう」


心底嬉しくて、亜季は車道を走る車を眺めながら微笑んだ。



後は、みんな佳織次第だよ?


未来を見つめるのも、過去に縛られるのも。


みんな、なんだって、自分次第なの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る