第32話 時限式ダイナマイト

「そういう椎名さんだって、天満くんを狙っているの!?」


 そうきたか。遥は、質問を質問で返した。うまくかわしたな。椎名も予想外のカウンターに困惑する。


「なっ! そ、それは……!」


 俺をジロジロ見て椎名は立ち上がる。そして、顔を真っ赤にして一歩ずつ後退していく。いくらなんでも動揺しすぎだ。


 いやけど、この反応ってつまり――そういうこと、なのか。俺もだんだん顔が熱くなってきたぞ。


「ねえ、椎名さん、教えてよ」

「お……教えられるわけないでしょう!!」


 ついに背を向け、椎名は階段を降りていく。どうやら、椎名は恋バナで追い詰められると弱いらしいな。ギャルという姿形をしていても、中身は純粋な乙女なんだな。



「さて、俺たちも教室へ戻るか」

「そうだね、お昼休みももう直ぐ終わっちゃう――って、あれ……」



 突然、遥が階段を踏み外す。手を伸ばそうとしたが、スルリと離れてしまう。……しまった! 間に合わなくて手を掴み切れなかった。



「ちょ、遥……!」

「……遙くん」



 かなりの段数ある階段を落ちていき、壁に頭を打ちつけた。鈍い音がして、俺は青ざめた。……嘘だろ。



「遥……おい、遥!!」



 ぐったりして動かない。

 マジかよ。死んでないだろうな!


 直ぐに駆け下りて呼吸を確認すると――良かった。息はある。脈もある。だけど、意識を取り戻さない。あんな高さが落ちたんだ、やばいぞ。


 俺は、遥を背負って保健室を目指した。



 * * *



 保健室の先生がちょうどいた。

 事情を説明すると、大至急で救急車を呼んでくれた。俺は、遥をベッド寝かせた。


 くそ、俺がいながら、なんて失態だ。

 頭を抱えていると保健室の香川先生が事情を聞いてきた。


「彼女に何があったの?」

「突然、階段から落ちたんです。足を踏み外したっぽいんですけど、でも、本当にいきなりで……遥ってそんなドジっ子にも見えないのに」


「とりあえず、奇跡的に外傷はないけど……予断はできない。脳にダメージとかあるかもだから、病院で診てもらわないと」



 しばらくして救急車が到着。

 俺は付き添いで病院へ。



 ――俺が出来ることは、遥の身に何があったのかを大人に伝えるくらいだった。



 三十分ほど経過して、遥のパパがやってきた。会社からすっ飛んできたらしい。



「遙くん、遥に何があったんだ!?」

「その、実は……」



 詳しく説明した。

 次第に怒りと悲しみを露わにし、遥パパはパニックに陥った。



「なんてことだ。遙くん、君がついていながら……なぜ!」

「俺があの時……遥の手を取れなかったから」



 悔しいけど、それが事実だ。現実だ。全部、俺のせいで――唇を噛んでいると、病院になぜか意外な人物が現れた。



「ククク……! 天満くん、久しぶりだねぇ」

「あ、あんた。元校長!」



 なぜかそこには元校長・・・の『奥村』が立っていた。俺を不敵に見下す。その顔はせ細り、目は充血し、服装もボロボロ。何日も風呂に入っていなさそうな体臭も感じた。


 コイツ、逮捕されたはずでは……。


「天満くん、今君はこの私が“逮捕されたはず”と思っているだろう」

「――な!」


「その通り。あの事件後、私は逮捕された。だけどね……『保釈金』を払えば簡単に出られるのさ。私には校長時代に溜め込んだ大金がある。おかげでこうして出られた」


「復讐のつもりか。でも、それは自業自得だろ! 俺たちのせいじゃない」


「そうかもな。だが、私は思ったのだよ……。私だけが不幸になるのはおかしいと。なら、せめて道連れ・・・にしてやろうと考えに至った」



 なんだ、なんなんだこの元校長。

 なにを企んでいる。



「冷やかしなら止してくれ。今はそんな気分じゃないんだ。帰ってくれ」

「そうはいかない。小桜さんは……階段から落ちたんだろ」


「な……なんでそれを」


「あの屋上にいたのさ。この私がね」


「……は?」


「つまり、こうだ。お前達が話を終えたあと、私は小桜さんの背後に忍び寄り――突き落としてやったのさ」



 元校長……

 奥村が遥を……


 突き落とした……?



 あの屋上の扉に隠れていたって、ことか。確かに、あの落ち方は不自然だった。いくら滑り落ちたからって頭からドンはない。背後から物凄い勢いで押されない限り。



「お前かあぁぁッ!!」



 俺ではなく、遥パパがブチギレた。

 奥村の胸倉を強く掴み殴りかかりそうだったので、俺は止めた。



「止めてください、パパさん。そんな人生終わってる元校長なんて殴ったって、こっちが損するだけです。そいつは、わざと俺たちに着き落としたことを伝え、怒らせ、それであわよくば示談金でもせしめてやろうという魂胆だと思いますよ!」



 読み取った戦略を俺は、遥パパに話す。すると、力を弱めて奥村を解放した。



「……なるほど。だがな、遙くん。大切な娘を突き落としたと犯人が自ら名乗り出てきたんだぞ。五十発はブン殴らないと気がすまない!!」



 だめだ、遥パパが興奮状態だ。

 こればかりは止めないと!



「今は耐えてください! 奴が自供しているんです。法廷で争えばいいでしょう」

「……ぐっ! しかし! ……分かった。遙くん、君を一瞬でも疑って悪かった」


「いえ、遥かの手を掴めなかったのは事実ですから」


「いや……突き飛ばされていたのでは、遥の手を掴み取るなど至難の業。とにかく、この元校長とかいう愚か者を警察へ突き出す」



 だが、奥村は悪魔のように笑った。



「フフフ、フハハハハハハハ……フハハハハハハハハハハハハハ!!!」



 コイツ、狂ってやがる。



「なにがそんなにおかしい!!」



 再びキレる遥パパは、奥村の胸倉を持ち上げる。ぷらぷら宙に浮く奥村は、馬鹿笑いを続け――こう言ったんだ。



「言っただろう、馬鹿共!! 道連れ・・・だとな!! 私は校長をする前は、建築関係の仕事に従事していた。しかも、爆発物を取り扱う専門の仕事だ」


「なに?」


「今、私の体には十本の時限式ダイナマイトがくくりつけてある!! いいか、あと十分もすれば起爆してこの病院をドカンだ!!」



 奥村の服の中には、棒状のモノがいくつも腹巻になっていた。……やべえ、あれは本物のダイナマイトか。あんなモンが爆発したら、病院が吹っ飛ぶぞ!! 死者だって何人でるか分からん。最悪だ。



 くそっ、どうする……!

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