第31話 解放、叫び、恋バナ

 遥は解放された。

 椎名はともかくとして教頭、田村は落胆して帰っていく。あの二人は、やっぱり何か企んでいたようだな。


 恐らく、俺と遥を別れさせるつもりだったんだろうな。小癪こしゃくな。だけど、まあいい。生徒会長の機転のおかげで事なきを得た。


「会長、ありがとう」

「いいのよ。でも、おかげで教頭先生と胡散うさん臭そうな男に、私はレズだって認識されちゃった。この責任は取って貰わないとね」


「せ、責任って……?」

「私は教室へ戻るから、詳しいことは後程」


 と、会長はなんだか頬を赤くして俺の横を素通りしていく。……ん? なんだ?


 首を傾げていると、遥が俺に声を掛けてきた。


「遙くん、助けてくれたんだね」

「ああ――いや、俺ではないよ。生徒会長が助けてくれたんだ」

「そ、そっか。さっきのキスのこと……」


 おかげで教頭と田村を撃退できた。けど、あのコンビは今後も隙あらば攻撃してきそうだな。要注意人物だ。



 * * *



【大柳教頭視点・校長室】



「この役立たずが!!」



 大柳教頭は、田村を校長室へ連れ込み悪態をついた。



「な、なんで僕にキレるんですか」

「天満くんと小桜さんを別れさせられると思ったのに……田村、貴様の曖昧な情報ではクソの役にも立たなかった。このままでは、葵と付き合わせられないじゃないか」


「ぼ、僕だって小桜さんを諦めちゃいませんよ。だから、昨日は尾行した。でも、相手が別の人だったんて……しかも、女の子。あんな赤髪の美女とは驚きました」


 田村は、今でも信じられなかった。

 しかし、あの生徒会長の目つき、一言一句に嘘があるとは思えなかった。なぜか不思議と説得力があったのだ。



「あの生徒会長……深海は、いつだって本気マジなのだ。例え、あの発言が嘘だったとしても、それを本当にしてしまうのが深海。今更、問い詰め直しても意味はないだろう」


「せ、先生。それってどういう意味ですか!?」

「我々の前でキスなんて容易たやすくしてしまうだろう――ということだ。深海はそういう女だ」



 頭痛がするほど生徒会長の性格を理解していた大柳教頭。割と近い距離で深海の手腕を拝見してきた経緯がある。故に、どんな苦境に立たされようとも、必ず反撃してくるし、完勝を掴むと知っていた。


 だからこそ、今の“生徒会長”という頂点まで上り詰めたのだと分かっていた。


 深海をあなどると痛み目を見る。

 田村の情報さえも簡単に潰してしまった。



「そんな……それでは、僕と小桜さんは……」

「諦めろ、田村。小桜さんの眼中に貴様の存在など微塵みじんもあるまい。さっさと忘れて、他の女にしろ。女なんて星の数ほどいるだろう」


「なんてこと言うんだ、このハゲ!!」


「誰がハゲだ!! もういい、貴様は帰れ。他校の生徒がいつまでもこの学校にいるんじゃない」


「言われなくとも!! もうお前とは手は組まない。僕は僕のやり方で小桜さんをモノにするさ。たとえ、女の子が好きだろうがな!」



 諦めの悪い田村は、校長室を出ていく。取り残された大柳は、憐れな道化ピエロに失笑する。



「恋は盲目もうもくか……。まあいい、田村はしばらく泳がして、そのうち粗大ゴミのように捨ててやる」




【深海視点・校舎庭】



「あああああああああああああ……!!」



 顔を真っ赤にし、ぷるぷる震え、頭を抱える女生徒。生徒会長・深海 光は、恥ずかしさのあまり叫んだ。最近、気になっている天満に、ペットになれだの、愛人になれだの……さっきは、レズであるとも告白してしまった。真っ赤な嘘なのに。


 深海は、一年の時ですでに天満という存在を認識していた。


 いつも孤立し、孤独な存在の天満は誰よりも浮いていたからだ。男女問わず近寄りがたい存在だった。


 けれど、深海は違った。


 深海という女は、中学の頃に天満と同じ境遇にあったのだ。けれども、高校生デビューを果たし、自分なりに性格を変えていった。それが今だった。


 気づけば『生徒会長』にまで成り上がり、学生生活にも余裕ができた。男子からも話しかけられるようになったし、告白も毎日のようにあった。


 それでも、深海は天満が気になった。燃えるような赤い瞳には天満しか眼中になかった。気づけば、毎日目で追っていた程だった。



(私は……どうしたらいい)



 高鳴る胸を押さえ、深海は息を乱す。

 かつてない気分に戸惑いを覚えていた。天満を自分のモノにしたい衝動が限界突破しかけていたのだ。



(あぁ、私は彼が欲しい……縛りたい、縛りたい、束縛して二十四時間管理したい。天満くんの何もかもを徹底管理したい)



 少女の歯車は、少しずつ回り始めていた。



 * * *



【天満視点・屋上】



 生徒指導室から脱出して屋上の出入り口。


 到着早々、椎名は「ごめんなさい、あたしのせいですよね」と落ち込んだ。だけど、遥は違った。



「ううん、田村くんのせいよ。彼、わたしを尾行ストーカーしていたんだよ。サイテー」


 はぁと深い溜息を吐く遥は、気分を害していた。

 あのカラオケ時、椎名と田村に俺の顔を見られなかったことは不幸中の幸いだった。薄暗くして正解だったな。


 だけど、今のところは遥と深海が一緒にいたということになっている。もし、万が一、教頭が本当に遥と深海が付き合っているのか? と、問い詰めてきたら、またピンチになるかもしれない。


 それでも、俺はなんとなく会長が遥にキスする光景が目に浮かんだ。あの人なら、やりかねない……。



「それにしても、あの田村って人はウチの学校の生徒ではないですよね」

「うん。彼は、わたしのお見合い相手の予定だった人」

「え、小桜さんのお見合い相手だったの!?」


 ビックリする椎名。

 普通、女子高生がお見合いなんてしないよな。だけど、遥は大手企業の娘。お嬢様なのだ。


「自慢とかじゃないんだけど、パパがヤッホーの社長なの」

「えっ! あの検索サイトのですか? す、すご……」

「だからね、田村くんとお見合いしろって言われて。でも、わたしは嫌だったから」

「どうしてですか? あの田村って人、大手企業の息子って聞きました。顔だってイケメンですよね」


「ああいう人は無理。それにわたし、好きな人いるし」

「えっ、小桜さん、好きな人いるのです!? 誰なんですか? 教えてくださいっ」


 なんだか、恋バナが始まったぞ。

 遥がチラチラ見て来る。

 結婚のことはナイショだぞ――と、俺は視線で送った。



 遥は理解し、遠回しに言った。



「同じクラスの男子」

「えー! そうなんだ。名前は?」

「そ、それは秘密」

「教えてくださいよ~。ていうか、まさか、天満くんじゃないですよね!?」



((あっ……))



 ヤッベ、ちょっとピンチか?


 俺は遥を信じる。

 がんばれ、遥。

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