第25話 再出発

 今日のエルフローネも平和である。

 客の少ない店内を、萌花がホウキで床掃除をしていると、ドアの鐘が鳴った。

 彼女が振り向けば、常に問題を持ち込む男がやってきたのである。


「……なによ、その顔は」


 萌花が入り口で出迎えたのは優であった。

 真っ赤に腫れ上がった彼の顔を見るなり、吐ける暴言も吐けないでいた。


「め、鳴子を迎えにきた……」


 ただならぬ事態が起きた事を察したのか、萌花は優に優しくしてしまう。


「はぁ、何言ってるのか分かんないけど拭きなさいよ、ほら雑巾」


 そう言いつつも、キレイなおしぼりを手渡した。

 普段なら雑巾を放り投げるのだが、ペースを乱された萌花はそうしなかった。

 しかし、優の頭のおかしい挙動は顕在。おしぼりで鼻をかみはじめたのである。


「ちょっ……汚いわねっ、死になさいよアンタ、誰が洗うと思ってんのよ」


 そんな萌花の反応を見た優は一笑する。


「……へっ、いつもの悪口が出てきたかよ」


 柄ではない行動を指摘され、腹を立てる萌花。

 飼い犬にお手をしたら、ちんちんが出てきた……そんな顔をしている。


「んなっ……はぁ、アンタに誘導されているみたいで気持ち悪いわね。まぁいいわ、そこに座ってなさいよ、アンタがここにいる事はカリスマには黙っててあげる。それに、もうすぐキラくんが来るって言ってたからお迎えには丁度良いわね」


 そんな萌花の物言いに、優はムスっとする。


「キラに用があるんじゃなくって、鳴子に用があるんだよ」

「え、アンタ知らないの?」


 きょとんとした顔で、萌花が言った。

 優が相変わらず憮然とした顔でいるので、彼女は続ける。


「鳴子は今の時間帯働いていないわ、大体夜にいると思う」

「……は、どういうことだ?」

「っていうか、そもそも店で働いていないわね」

「待て、一体どうなってるんだ?」


 優の言動に、何かを察した萌花は溜め息をつき言った。


「これは重症ね、キラくんといつも一緒だから聞いてると思っていたわ。あのね、元々あの子は私たちとは別の場所、時間で働いていたのよ」


 その萌花の説明は初耳であるものの、心当たりがあった。


「もしかして以前、閉店後に誰かと会ってたのって……」

「あら、心当たりがあるみたいね。そう、なんかカリスマの指示で別の仕事してたのよ。何か大事なモノを運ぶとかってね」


 今の時間は鳴子を探してもいない。であれば、どこに行けば鳴子と会えるのか。

 それに、どうしてノアがエルフローネへと誘導をしたのか、疑問が残る。

 考え込む優に対し、萌花は続けた。


「鳴子が労働時間を増やして欲しいってお願いしたから、少し店でも働いてたの。それで、たまたま鳴子がいる時にアンタと巡り合わせになって、人気が出たから店で働くことになってたんだけど……」

「もしかして、俺のせいか……?」

「ゴミのくせに理解が早いじゃない。そう、あの騒ぎのせい、だから店もこの通り」


 閑散とした店内。

 スピーカーの音以外、店を盛り上げる要素が一つもなく、客は優以外に誰一人いない。


「鳴子はトラブルを生むから店にいちゃいけない、カリスマが判断したのよ」

「けどあいつ、経営がどうとか語ってたワリには売上は大丈夫なのかよ」

「確かに、カリスマはいつも数字ばかり気にしているわね、どうしてかしら」


 人気者になった鳴子がいれば、店の数字は上がりそうなモノである。にも拘わらず、その人材を登用しないのはよく分からない。

 そんな疑問を浮かべていると、キラがやってきた。


「あれ、優だ珍しいね」

「運良くカリスマがいないの」

「それは本当によかったね、見つかったらただじゃおかないから、あの人」


 萌花はこの店の状況を鑑みて、ストンと肩を落とした。


「ホント……いつも店にも来ないで何をやっているのかしら。カリスマは最近ガラの悪い連中とばかりつるんでいるようだけれど、ほどほどにして欲しいわ」

「確かにね……あっ、そういえばさっき鳴子ちゃんが何やらコソコソと歩いてるの見たけど、あれは何だったんだろう」

「ぬぁんっだとおとおおおっ!!」


 優は飛び上がり、キラの元へやってきた。

 キラはササッと優から距離を取るなり、報告を続ける。


「それで、こんなものを落としていったんだ」


 ブローチだろうか、キラが取り出したのは一つの飾り物。

 それに、イチ早く反応したのは優だった。


「なっ、なんでそんなものが……!」


 興味の湧いた萌花は、それを手に取り覗き込む。


「あらキレイね。胸に付けることが出来そう」

「萌花が付ければより一層キレイになるね」

「ばばば、ばかっ! こんなところで突然……」


 また、薔薇の咲きそうな空気……だが、優にはそんな事はどうでも良かった。





「——なんでそんなものがあるんだよッ‼」

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