第24話 あれが〝人が働く〟ってことかよ

 そして、空き地に着くなりブタゴリラに襲い掛かった。


「まずはお前からだあああああああーーッ!」

「——ふんっ!」


 しかし、素早く優の暴力をいなし、優をすぐさま地面に叩きつけた。


「ぐあああっ!」


 勝負は呆気なかった。ブタゴリラに何度立ち向かうも、力の差があるようだ。

「ぜえ、ぜえ……なんでお前、こんなに力強いんだよ……」

「そんなの——お前が弱いからだよ」


 ブタゴリラたちに足蹴にされている最中、カリスマが言った。


「社会的にも弱いだけでなく、男としても弱いだなんて情けないね」

「ぐっ……」


 その言葉が心に突き刺さる。また、優の気持ちを折るようにカリスマは続けた。


「君は邪魔だったんだよ」

「突然……なんだ……?」


 意識が朦朧としようとも、返事は出来るようである。


「君は経営の迷惑だったんだ。俺は普通のメイド喫茶をやっていたいだけなのに、ふざけた事をしやがって。だから、君をメイド喫茶界隈から追い出すために一芝居手を売ったのさ」

「お前何を言って……」

「つまり、僕が仕組んだのさ——鳴子ちゃんの元に、ブタゴリラを放ってね」

「お、お前……メイドをなんだと思って……」


 その言葉に、カリスマは高らかに笑った。


「——お金さ、お金が一番に決まっているじゃないか」

「ぐっ、てめえ……ッ!」


 優には難しい事は分からない。

 けれど、相手の心に血は通っていない事だけは理解した。

 ただ、カリスマにはカリスマの主張がある。


「勘違いしているようだから言ってやるよ、仕事を与えているのは誰だい? 給料を払うのは誰だ? 生活を守ってやっているのは誰になるんだろうね?」

「そ、そんなの……ッ!」

「メイド喫茶を開きたいって? バカらしい、君はとても愚かな経営者になるだろうよ」


 話題を逸らし、滅茶苦茶な事を吐いて相手を困らせる、いつもの手法を使っても良かった……が、この論争だけは譲れない。だからこそ、優は黙ってしまう。

 そんな彼に、カリスマは容赦なく告げた。


「メイド喫茶の経営をナメるなッ! このゴミでクズのロクでなしが! 二度とうちのメイドに手を出すんじゃねえぞ!」


 そう言い、ゴミ捨て場に投げつけられ、そのまま意識を失ってしまったのである。




     ――――――――――――――――――――――――――――




 雨粒が優の顔をペチペチと叩いてきた。

 誰が流した涙だろうか、それは次第に荒くなりつつある。

 火照った夏の爪痕を消し去るように、熱を奪っていく。

 そんなゴミ捨て場にやってくる者——ノアがやってきた。


「こっぴどくやられたようデスねー」

「……お前か」


 優は何も言わなかった、何も話す気になれなかった。

 きっと、己の無力さに打ち震えているのだ。


「なるほどなるほど、貴方にメイド喫茶を開く資格はない……そうオカンガエですネ!」


 勝手に状況を察するノア。優は煩わしそうに眼を背ける。

 しかし、ノアはそれを知りつつも続ける。


「もう鳴子サーンを諦めタ……今の貴方が言いたいのはそうですネ……?」


 長い沈黙は肯定になりうる。

 そう受け取ったノアは、地面を強く踏みつけ怒鳴った。


「こ……このバカチンがッ! 人生をナメるんじゃないデスッ!」

「……んだと」


 少しばかり言葉を発した。

 その反応にニヤリと笑い、ノアは挑発を続ける。


「このメンヘラオナニストッ! 情けない自分に酔っテ黄昏て良いのは、中途半端なクズだけデースッ!」

「あぁそうだ、俺は何にも出来ないクズ……ゴミクズだよっ!」

「オオーウ、怒れるのですね~アツいですね、萌えました? 萌えていますか? 貴方の心にメイドの魂は灯っていますカ?」

「うるせえっ、毎回毎回イミわかんねえ事言ってくるんじゃねえよ……っ!」

「貴方に今必要なモノは……そう、萌えデスッ‼ それを分かっているのに、ドウシテ貴方は引き下ガールのデスカッ! それではタダのゴミクズデース!」


 ここまで言われれば、気が強く、負けず嫌いの優は黙っていない。

 ツラいとばかりに歯を食いしばり、自分の弱さをぶちまけた。


「……そうだよ、本当にロクでもない人間なんだよ。言われなくたって俺が一番分かってんだよ、けど、けど……どうしたら良いか分からねえんだよ!」


 どうしても納得出来ない、嫌いな自分に打ちひしがれているよう。

 そして、過去の記憶を掘り返し、散らかすように思い出話に花を咲かせる。


「俺は、嫌な事から逃げていたのかもしれねえ。やりたくもない事をずっとし続ける人生——遊んで暮らすなんて甘い事かもしれねえ。でも、俺が見つけたやりたい事だったんだ、簡単に決めたモノでも、あれだけは譲りたくなかったんだ……」


 そして、次に思い出すは——想い人めいこ

 自分の境遇に負けず、柔らかな笑顔で愛想を振りまくあの少女のことを。


「あんなの、放っておけねえじゃねえかよ……あいつ、働くのがツラそうなんだよ……最初に会った時みたいな、借りてきた猫みたいな顔しやがってよ……」


 知ってしまったからこそ、己の無力が心を苛んでしまうのだ。

 メイドには、自分の推しには、皆幸せになって欲しい。

 だからこそ、諦めの悪い優は運命に打ち勝つため——吼えた。


「あれがっ……〝人が働く〟って事かよ——ッ‼」


 そんな優を、黙ってノアは聞くだけ。しゃがんで彼の顔を覗き込んでいた。

 その本心を聞けたことに、ノアは胸を撫で下ろした。


「重症でしたガ、及第点デショウ……ヨカッタ、貴方はまだ戦える……」

「戦うって誰とだよ……また殴り込みか……?」


 またノアが変な事を言っているとばかりに、優は弱々しく返事をする。

 だが、彼女は優にあることを思い出させようとする。


「何を言っていマス、どうして貴方が戦うのデース? ……ひとまず、エルフローネに行ってくだサイ。貴方が必要とする力、知るべき事実がそこにはありマース。ほなサイナラ~」


 含んだ物言いを残し、ノアは姿を消す。

 ずっと俯いたままの優であったが、拳だけは強く握りしめられていたのであった。

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