第10話 ロバート・ティム・サリヴァン


コルネさんと色々な世間話をしてるうちにすっかり時間が過ぎて、お昼前になっていた。

コルネさんってとても話しやすい。エドガーくんの話しかしないけれど。


それにしても…


「ちょっとお手洗い行きたいかも…」


私が恥を忍んで言うとコルネさんはクスッと笑った。


「ああ、いいよ。案内するよ。どうせ着いてかなきゃだし。あ、勿論さすがに一緒に中には入らないよ?」


「当たり前でしょ…!」


この数時間話していてコルネさんについてわかったのは案外冗談も言うってこと。

あれでもこの人天然なのかな…?よく分かんなくなってきた。

エドガーくんの家は歩いてみると結構広くて、トイレも結構遠いし広かった。

トイレ無駄に広い。うちの一部屋ある。

出てくると廊下でコルネさんが待ってくれていた。


「ごめんね、わざわざ…」


「生理現象は仕方ないからねー。側を離れるわけには行かないし、気にしないで」


「コルネさんは大丈夫なの?」


「イケメンはトイレ行かないんだよ~」


「へえ…?」


私が気のない返事をするとコルネさんが赤くなった。


「じょ、冗談だよ…?僕そんなにイケメンじゃない……」


恥ずかしそうに顔を隠して困った顔をしている。

恥ずかしいなら言わなければいいのに…と、少し可笑しくなってしまった。

やっぱりこの人は天然だ…、絶対。

あと顔はかなりいいと思うけどソレを言ったら更に困った顔をしそうだからやめた。


「間に受けないでね!」


慌てているコルネさんはなんだか可愛い。


「ふふ、大丈夫だよ」


「ごめん、戻ろうか…」


「うん」


コルネさんがそう言うので、返事をして先を急ごうとした瞬間だった。

どんっ、と誰かにぶつかる。


「あっ、ごめんなさい!」


使用人さんかな、と思って見上げると騎士服を着た背の高い男の人だった。

エドガーくんに似ているようで鋭い目つきの長髪の男の人。

私を見下ろす冷たい視線にゾクリと背筋が凍った。


「っ…」


「ロバートさん!?何でここに!?」


コルネさんが驚いたような声をあげる。


ロバートさん…?


「それは此方の台詞だ。コルネット・クラーク。何故貴様が此処にいる。それとその娘はなんだ」


ロバートさん、は元々釣り上がった目をさらに吊り上げて眉をひそめる。

すごく不機嫌そうでかつ威圧感がある。

猛獣に睨まれた小動物にでもなったような気分…。


「あ、いや…。学校の仕事で…。ちょっとエドガーが書庫の中の資料を調べたいと言うので来たんです。彼女はエルさん。今回の長期の仕事の依頼人というか保護対象というか…」


「保護対象…?」


コルネさんが私を紹介したのでとりあえずお辞儀をする。

ロバートさんがそんな私はをジロリと見た。


「よく分からないが芋臭い娘だな。こんな品性の低そうな女にサリヴァン家の敷居を跨がせるな。品格が下がる」


何この人…!!!!

あまりの言われように思わず絶句する。


「しかしエドガーも居るのか。最悪のタイミングだな、出直すか…」


ロバートさんはふうとため息をついた。

仲が悪いとは聞いていたけど本当のようだ。


「あの、ロバートさんは何のご用事ですか?」


「何故貴様にそんなこと話さなければならない。エドガーの金魚の糞が…。貴様だって父親同士の親交が無ければサリヴァンの屋敷になんて入れない。いつもへらへらしやがって気味の悪いやつだ」


「すみません」


コルネさんは笑顔で対応している。

私は既にだいぶムカついていたけど、コルネさんはよく我慢できるな。

立場とか年齢とかあるんだろうけど、こんなに馬鹿にされても怒らないなんて。


「ああ、そうか。芋女おまえ“悪魔の花嫁”か…」


芋女…!?

というか、悪魔の花嫁って、もう私の話が出回っているってこと?

コルネさんもそのワードに反応する。


「よくご存知ですね…」


「知らないのか。おまえら初日に学校に報告しただろう。悪魔の陰謀かもしれないと。さすがに光の速さで祓魔師の間に広まってる。まあ細かい話は俺は親父に聞いたから知らないやつも多いだろうが。餓鬼に任せる案件でないという意見もある。親父が情報の差し止めと圧力をかけたようだがな。息子に手柄を持たせたいんだろう」


おとといのことなのにもうそんなに広まってる…?

もしかして、そんなに重大なことなの?


「しかし甘い奴らだ貴様らは。悪魔に利用されるかもしれない女などとっとと始末してしまえばいい」


「なんて事言うんですか…!」


「真っ当な意見だと思うが?一人の命より大勢の命。魔力を集める呪いとやらも魂を追跡する呪いとやらも“魂ごと消してしまえば関係ない”」


その言葉に背筋がゾッとした。

ロバートさんが私を見る目は人間を見るそれじゃない。

さすがのコルネさんもロバートさんを睨みつける。

私を庇うように立ってくれている。


「綺麗事ばかりではとてもやってはいけないぞ。貴様もそうだがエドガーも馬鹿な奴だな相変わらず。こんな何でもない娘の為に労力をかける暇があるならもっとやる事があるだろう。何が次期当主だ。頭も要領も俺より悪くて弱い。運だけで選ばれて偉くなった気でいる」


「ちょっと…」


「い…いい加減にしてください!」


私は、思わずそう叫んでいた。


「エルちゃん…?」


コルネさんとロバートさんが驚いた表情をする。

ロバートさんは怖いけど、でも、こんな人に負けてられない…!


「さっきから自分の家族に何でそんな酷いこと言えるんですか!!コルネさんのことだって!コルネさんもエドガーくんも優しくて努力家で…貴方なんかよりよっぽど立派です!!貴方は人を貶してばかりで最低です!!」


「なっ」


ロバートさんは少したじろいだ。

私に言い返されると思わなくて驚いた様子だった。


「何ロバート?女の子に罵倒されるプレイ?」


声が聞こえて思わずそちらを見ると、そう言って現れたのはロバートさんと同じくらいの背の高い男の人だった。

ふわっとした茶髪にタレ目で、雰囲気もふわっとしている。

同じような騎士服を着ているけどロバートさんとは全く正反対…。


「…、アルヴィン…」


「君たち声おっきすぎだぞー?ロバートがプレッシャー光線出してるから使用人たちもビビっちゃってるしなぁ」


ロバートさんにアルヴィンさんと呼ばれた人はあははと笑う。

この人はロバートさんの知り合い…?


「ごめんな、怖かったろう。おじさん顔怖いよなあ?」


不思議に思っているとアルヴィンさんが自然に私の肩を抱く。

この人めちゃくちゃ馴れ馴れしい…!!!

ロバートさんはアルヴィンさんの発言にムッとしたようだった。


「誰がおじさんだ!!!俺がおじさんなら貴様もだろうが!!」


「やだなあ、オレは永遠の少年だぞー?毎日ぷんすかしてる沸点の低いロバートおじさんとは違うの」


「貴様…!」


ひえ…、アルヴィンさんロバートさんをめちゃくちゃ煽ってる…!

ロバートさんの顔もう般若だよ…!?

今にもアルヴィンさんをどつきそうだ。


「あの、アルヴィンさん彼女から手を離してください…」


「あ、ごめんごめん。コルネくんの彼女だった?」


コルネさんに言われてアルヴィンさんがパッと私から手を離す。

アルヴィンさんはにこにこしている。


「そんなんじゃないですけど…」


コルネさんがため息を吐くとアルヴィンさんが少し眉尻を下げた。


「えー、じゃあいいじゃんか」


「ロリコンか貴様は…」


呆れたように言うロバートさんはアルヴィンさんの振る舞いで毒気が抜かれたようだった。

相変わらず顰めっ面はしているけど。


「女の子ならゆりかごから墓場までストライクゾーンだぞ☆」


私に向かってアルヴィンさんがウインクする。

こ、これはやばい人だ…。


「とまあ冗談は置いといてー」


冗談に聞こえなかったけど…。と思うけれど口を噤む。


「二人ともごめんね。すぐ帰るから」


「アルヴィンさんまでいるとは思いませんでした…」


コルネさんがアルヴィンさんを見た。


「ああ、ロバートのお父さんに呼び出されたんだ。エドくんの今関わってる案件結構重大みたいだから一応話しとくって」


何だロバートさんは私のこと今さっき聞いたんだ…。


「ついでに資料庫見たいって言ってたんだけど、コルネくん来てるってことはエドくん居るんだよな。ロバートはエドくん見ると鬼の形相になってぷんぷんロバートになっちゃうからな。帰るよ。ごめんな」


アルヴィンさんが両手でツノを作ってぷんぷんというジェスチャーをした。

というか既に鬼の形相ですけど…。

ロバートさんをちらりと見るとじろっと睨まれたので慌てて視線を逸らす。

その様子をみてアルヴィンさんがフーと息を吐く。


「プライド高い高いおじさんはやだよなあ本当。昔のこと引きずって可愛い可愛い女の子や弟に当たって大人げないよなー」


「あのそのくらいにしては…」


コルネさんが思わず止めた。

ロバートさん、アルヴィンさんの後ろですごく殺気を放ってる。


「あはは、大丈夫大丈夫。ほらロバートかえろーぜ」


「言われなくても帰る」


肩を叩いたアルヴィンさんの手をはたき落とすと、ロバートさんはズカズカと早足で玄関のほうに行ってしまった。

それを待てよーとアルヴィンさんが追いかける。


「嵐みたいだ…」


私が思ったことを同時にコルネさんが呟いた。

廊下にすっかり取り残された私たちは顔を見合わせた。

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