第9話 サリヴァンの屋敷


「エドの家って結構広いんだよ」


私たちは早くに起きてエドガーくんの屋敷に向かっていた。

エドガーくんの家は街の中心部の大きな教会の近くらしい。

大教会には行ったことはあるけどわざわざサリヴァン家を覗くことは無かったのでそっちは知らない。


「有名なサリヴァン家のお屋敷だもんね」


「貴族の家に比べればそんなにじゃねえけどな。資料とか物が多いんだよ。半分は生活スペースじゃねえ」


「それでもうちに比べたら広いよー、庭もあるし」


「ああ、まあなあ…」


「へえ…」


話しながら市街地を歩いているうちにふとエドガーくんがお花屋さんの前で足を止めた。


「…花買ってっていいか?」


「お花?」


私は首を傾げる。お花屋さんには色とりどりの花が飾ってあって、エドガーくんはチューリップの花を見つめていた。


「母さまに。しばらく会ってないし」


「会ってない…?」


不思議に思って私は思わず聞き返した。

お母さんはチューリップが好きなのかな?


「エドガーのお母さんは病院がちで部屋に篭りきりなんだ。祓魔師育成学校は全寮制だから家に帰ることも少ないし…」


エドガーくんの代わりにコルネさんが困った様子で説明してくれた。


「そうなんだ…」


お母さんかあ……。

私のお母さんはどうしてるかな……。

お母さんは私が呼び寄せてしまった魔物のせいで大怪我をして以来あまり外に出なくなった。

エルのせいじゃないわとは言ってくれたけど、あの経験がトラウマになってるのは確かだ。


「ちょっと買ってくる」


「うん、待ってるね~」


エドガーくんにコルネさんがにこにこしながら軽く手を振る。

エドガーくんはチューリップを手に取って会計に向かった。


「エドガーくん、優しいんだね…」


ぽつり、と呟くとコルネさんの表情がぱあっと明るくなる。目がキラキラしてる。

嬉しい!が全身に出てるような表情で尻尾があったら振ってそうだ。


「うん!エドは根はすっごくいい子なんだよ!普段はツンツンしてるけど、お母さん想いだし!」


「お母さんと仲良いの?」


「マザコンって程じゃ無いんだけどねー。気にかけてる感じ」


「そうなんだ…。他に家族はいるの?」


「エドに興味持ってくれたの?」


コルネさん、更に嬉しそう。

エドガーくんのことになるとまるで自分のことみたいに喜んでくるから本当に仲が良いのが伝わってくる。

なんだかいいな、友達って。


「エドはね、両親とお兄さんが2人、弟くんがいるよ」


「兄弟多いんだ…。あ…お兄さんって…エドガーくんを嫌ってるっていう…。どっちのお兄さんが…?」


「うーん…、二人ともあまりエドとは仲良くなくて昔から…」


コルネさんが言いかけたとき、ちょうどエドガーくんが戻ってきた。


「あ、エド」


「悪りぃ、待たせて」


ため息を吐きながらこっちにくるエドガーくんの手にはカラフルなチューリップの花束が握られていた。


「ううん、大丈夫だよ。お話してたし」


「ん?何話してたんだ?」


エドガーくんが首を傾げながら聞くとコルネさんがふふふと不敵に笑う。


「エルちゃんがエドについて知りたいって言うからちょっとね!」


「えっ」


ええ!?

コルネさんがまるで私がエドガーくんに興味があるみたいに言うのでこっちまでびっくりしてしまった。

ちょっと話を聞いただけなのに…


「そ、そうなのか…???」


エドガーくんが驚いたような顔をこっちに向けた。

期待と不安が入り混じったような目をしている。


「え、えっと…、そ、そうだよ…」


確かに全く興味がないわけでもなく、エドガーくんが特別というわけではないけど、確かにみんなのことが知りたいのは本当なので否定する理由も無かった。


「ふ、ふーん!?おまえ俺にそんなに興味あったんだな!!ふーん?!」


私の返事に一体どう思ったのか、エドガーくんは焦ったように少し声を張ってそう言った。

なんかすごく興味あるみたいに捉えられて戸惑う。


「え!えっと…!」


「エドガー顔真っ赤だよ~~」


コルネさんが笑いながら指摘すると、エドガーくんはびくりと肩を振るわせて、そのままそれはわなわなと怒ってるようになった。


「う、うるせえな!!!さっさと行くぞ!!!」


「あはは、はいはい」


なんか怒らせてしまった…?

でもコルネさんは特に意に介さず、まだにこにこしてる。

大丈夫ってことなんだろうか。





それからしばらくするとエドガーくんのお屋敷についた。 

豪邸という感じで思わず見上げた。


確かに大きいかも……


うちも貴族だったけれどそうは言っても弱小伯爵家だからもしかしたら元の私のうちよりエドガーくんの家のほうが広いかもしれない。


「本当に大きいね…」


「そうかあ?」


エドガーくんがそう言いながらチャイムを押す。

するとはいと返事が返ってきた。使用人さんだろうか。


「俺だ。エドガーだ。門を開けてくれ」


エドガーくんがそう言うと畏まりましたという返事の直後に門がギギギと開いた。


「すごい…!自動なんだ…!」


「防犯完璧だよね~~」


「そんなに驚くことかよ。貴族の屋敷だってどこも今はこんなもんだろ」 


私が感動しているとエドガーくんが呆れたような顔をする。

うーん、でも少なくともうちは違ったなあ…。

そのまま玄関から入ると使用人さんが出迎えてくれて、エドガーくんはいそいそと資料庫に行ってしまった。

私たちとはいうと使用人さんが客間に通してくれたので結局お茶しながらそこで待つことになった。


「なんか落ち着かないな…」


思わずそわそわしてしまい、お茶に手をつけるのもなんだか躊躇ってしまった。

コルネさんはそんな私を見てお茶とお菓子を勧めたりしてくれる。


「まあ、客間ココが一番広いかもね。偉い人もよく来るからね」


「い、いていいのかな…?」


「あはは、今日は来客の予定ないって使用人さんも言っていたし、大丈夫じゃないかなあ」


「そっか…」


使用人さんといえば…そういえばこの屋敷にはメイドさんというか若い女性を見かけない。

さっき対応してくれたのも執事さんだった。


「あの、コルネさん…。若いメイドさんっていないんですか?」


「メイドさん…?ああ…エドの家では年配の女性か男性しか雇ってないんだ」


「ええ?」


「実はエドのお兄さんがまだ次期当主候補だった14の頃にね、無理矢理関係を持って既成事実を作って取り入ろうとした若いメイドがいてねえ…、未遂だったけどそれっきり若い女の子はあまり屋敷に入れてないんだ」


「怖い!」


思わず絶叫した。そんな目的の人が家に入り込んでるなんて恐ろしくて私ゾッとする。


「そのせいで若干人嫌いっていうか人間不振で、未だにお兄さん恋人作らないんだよねー」


たしかに人間不振にもなるかもしれない。

周りの人が権力しか見てなくて、その為に自分を騙したとか無理矢理…とか……辛いかも…。


「サリヴァン家は敵も取り入ろうとする人間も多いからね~、エドは魔術師に暗殺されかけたこともあるしね」


そういえばそんな話もしてたなあ…。


「若い女の人って…ますます私ここにいて大丈夫なのかな…」


なんだか不安になって肩を落とすとその様子を見てコルネさんはふふふと笑う。


「エルちゃんは大丈夫だよ。僕らが連れてきたし、害がないのは分かってるし。女の子が来るなんて滅多にないから使用人さんたち驚いてたけれど」


「やっぱりそうだよね…」


「まあ、若い女の子禁制の原因のお兄さんも今は家を出て聖祓魔せいふつま騎士団にいて王都に暮らしてるし滅多にこっちには来ないよ」


「聖祓魔騎士団…」


聞いたことがある。

王宮を魔物から守るための騎士団だ。それ以外にも魔物絡みのことが王都に起これば活動しているって聞いたことがある。

しかもかなり優秀な祓魔師であって剣の実力がないと入れないって聞いた。


「じゃあお兄さん相当優秀な人なんだね」


「うん。でもまあだからこそちょっと厄介なところがあってね…。プライドがエドの何千倍…エベレスト級に高いんだよね…だからこそエドを嫌ってるっていうかね…、元々当主になる予定だったのに、エドが神の子だって分かってエドが跡継ぎになったから…」


ああ、なんとなく察しがついたかも…?

途中まで実力で頑張ってきて突然ソレが奪われたらプライドがずたずたになるのも分からないこともないよね…。

だからってエドガーくんに当たるのも何か違うような気もするけれど…。


なんだか複雑だなあ…。

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