クエスト27/誘惑すると言う事
誘惑に耐える、それはとても過酷な二日間になると思えた。
そもそも彼女はスタイル抜群の美少女だ、日替わりクエストの時でさえ理性がギリギリであったのに。
彼女が当初積極的ではなかったから、セックスまで一週間という時間がかかったのに。
(………………勝負って、始まったんだよな)
開始一時間、過激な衣装で攻めてくるのか、それとも激しいボディタッチか、或いは実にアダルティで直接的な誘いか。
アキラとしては激戦を予想してたのだが、現実はどうだ。
(おかしい……静かすぎる、大人しいと言うべきか、いっその事、聞いてみるか? いやでも藪蛇は困るし……)
そう、理子に目立った動きは無かった。
敢えて言うなら、常に寄り添って密着しているが。
それも過激なモノではなく、片手を繋いだり、肩を寄せ合ったり。
(くッ、何が目的だッ!? 心理戦? オレを焦らせて心理戦を仕掛けているのかッ!?)
(ふふっ、焦ってるわね、わたしが動かないコトに焦ってる……でも残念、ちゃんと聞くまで教えてあげなーい)
(だが……これが心理戦だって言うなら甘いぜ……ああ、何せ――――何か超安心出来るっていうか、むしろこう、無言でと言うか、自然体で無理せずイチャイチャしてるみてぇで心癒されてるもんな!!)
(いつ聞いてくるかしらねぇ……、ま、この様子じゃわたしの術中に既にハマってるって気づいてないみたいだけど)
ゆったりとした時間は続く、故にアキラは気持ちを整理する時間があると思われたが。
「――――好き、好きよアキラ」
「お、おう……ありがと、オレも好きだぞ」
目と目があった瞬間、理子は必ずアキラに好意を告げ、機嫌良さそうに彼の手を握るだけだ。
(いーやー、集中出来ねぇって!! 数分に一回、目があって好きって言われるかと思えば、十分に一回のペースだったりさぁ!! しかも幸せそうに言われてッ、オレも嬉しいっつーの!!)
何だろう、凄く幸せだ、特段何もしていないのに。
側に居て、愛を囁かれて、囁き返して。
それだけなのに、心が満たされていく、彼女の事をまるで初恋みたいに意識してしまう。
「……ね、暇だからアンタの手、少し貸してよ」
「何する気だよ」
「別に? 暇だから手でも繋いでようかと思って」
良いでしょ? と断られる事など微塵も考えてない瞳に、アキラは何も言えなくなって。
ただ、こくりと首を縦に振るだけ。
「ん、――――ああ、やっぱアンタの手ってわたしより大きいよねぇ……」
「そりゃぁ男だからな」
「こうして指を絡めるのが恋人繋ぎだけど、上から重ねるのもアリよね、アキラ、アンタが上ね、なんかこう、映画見るカップルみたいに」
「…………別に良いけどよ」
るんるんと鼻歌交じりで、彼女は指と指を絡める。
ただそれだけなのに、謎の気恥ずかしさがアキラを襲って。
(悪くない……いや違う、スッゲー良い、こういうのって、恋してるっていうか、マジで恋人っぽくない!? オレら恋人だよな正に!!)
これが彼女の温もりか、少女マンガの世界はここにあった。
恋人達の静かなイチャイチャは存在したんだ、と考えた瞬間であった。
(――――いやいやいやッ!? なんか流されてねぇかッ!? な、なんて卑劣な女なんだッ、オレの意識が理子を感じる事でッ、幸せで何も考えられなくなる!!)
(うん……たぶん、こーゆー時間が足りなかったのねわたしとアキラには)
(考えろ、考えるんだッ、コイツは何を企んでいるッ、こんな幸せな時間の無駄遣いを演出して、何が目的なんだッ!! 理子にとってどんな特があるんだ!)
(もっと早く、恋人になってれば……放課後の教室とかで、こんな感じに過ごせたのかしら……)
アキラが理子を疑う一方で、彼女はこの雰囲気を満喫していた。
幼馴染みで他愛ない喧嘩をする日々も楽しかったけれど、こうした関係にもっと早くなっていれば。
そう、思ってしまって。
(高校生活も最後の一年に入ってるのよね、これから忙しくなるだろうし、こうした時間は貴重なのかも)
ふと思う、天使のオッサンは未来を予測出来ると言っていた。
ならば、二人がこうする事も或いは見えていたのではないか。
という事は、もしかすると。
(……感謝しなくちゃいけないのかも、天使のオッサンはわたし達に二人っきりの、何もしないで二人っきり、ゆっくり出来る時間をくれた。……そうなのかも)
かの天使は、その外見や言動ともに本当に天使か疑わしい所であったが。
本当に、天使の名に負けない善良な性格の持ち主であったと。
真の天使であったと、理子は素直に感じた。
――時計を見れば、夕食時で。
「そろそろ、ご飯にする?」
「…………ああ、もうそんな時間か」
「じゃ、用意しましょうか」
部屋の隅の缶詰の山へ行くのにも、理子はアキラの手を離さず。
缶を開けるのも、手を繋いだままで共同作業だ。
そして。
「一応聞くが、なんで箸が一つしかないんだ?」
「食べさせ合いましょうよ、ああ、手を繋いだままじゃ不便よね。はい、あーん」
「……………………あーん」
ニコニコと楽しそうに彼女はアキラに食べさせて、これも罠ではないか、そう思う彼であったが。
愛しの嫁(内定済み)からの、あーんには勝てず。
結局、食べさせあってしまう。
(――――いやいやいやッ?? この時間マジで何ッ!? いや充実感ハンパなかったけども!!)
疑心暗鬼のまま、やはり夕食後だって何も起きず。
バスタイムには、それこそ睨みつける勢いで警戒していたアキラであったが。
ガラスの壁越しに目が合うと、ひらひらと手を振られた挙げ句、上がったら髪を乾かしあってしまい。
(もう我慢ならねぇ!! マジで何考えてんだコイツッ!!)
就寝前、アキラは理子を問いつめる覚悟を決めた。
誘惑すると言ったのに何もしてこない、もしかすると、全ては想定済みなのかもしれない。
だが、どうして聞かずにいられようか。
「――答えてくれ理子、何でなにもしてこないんだ……情けをかけたつもりか? それともオレを焦らして遊んでるのかッ!?」
「あ、やっと聞いたわね。このままずっと聞かない気かと思ったわ」
「は? 聞けば言うつもりだったのかテメェッ!?」
「ええ、だって言っても問題ないもの」
あっけらかんと答える彼女に、アキラとしては戸惑いしかない。
聞けば答える、聞いても問題ない。
どんな策略なのか、既に手遅れではないのか、焦りと共に彼女の答えを待ち。
「わたしね、思ったのよ。……着飾ったり、無理してえっちな誘惑してアンタに抱かれても、それは意味がないじゃないかって」
「意味が……ない?」
「アキラの意志でスイッチは押して欲しい。アキラの意志で孕ませて欲しい、……だからね、待つことにしたの」
「それ、は……ッ」
「これは私の責任でもあるんだから、わたしの我が儘でもあるんだから、待つの、アンタに好きって愛してるって言い続けて、うん、わたしは待つの。――今日のゆっくりした時間、嬉しかった、アンタとゆっくりしていられてさ……」
恥ずかしそうにして、はにかむ理子の姿に。
アキラは衝動的に抱きしめたくなって、でもしなかった。
そうしてしまえば、ぷつりと理性の糸が切れてしまうと思ったからだ。
(お、お前えええええええええええッ!? 反則だろ理子ッ!? は? なにそれッ!? ――――惚れ直しちまうだろうがアアアアアアアアアアッ!!)
「何ヘンな顔してんの? 寝るなら寝ましょ?」
「…………ぁ、ッ、あ、う」
「――ああ、お休みのキス! …………んっ、はいお休みっ」
(おでこにチュウとかあああああああああああああッ!!)
ヤバイ、これはとてつもなくヤバイとアキラは実感した。
誘惑、これこそが本当の誘惑だ。
理子は彼を、もっと惚れさせようとしているのだ。
アキラは、己の心がぐらりと大きく傾いていくのを感じた。
――セックスしないと出られない部屋・十三日目。
(ここからが地獄だ……)
目覚め直後に、おはようのキスをされた彼は。
今日はキス曜日、という彼女の呟きに戦慄するのであった。
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