クエスト26/“らしく”行こう!



「じゃあ提案するけど、後ろはナシ、いいわね?」


「なら当然、お前も不意打ちでしないな?」


「勿論、この部屋に居る限りは誓うわ」


 この部屋に居る限り、それはつまり外に出たら違うという事だ。

 後ろの穴の危機は去っていない、だが。


(このままだと平行線だ、子供が出来るかどうかの瀬戸際っつーか、孕ませる決意と覚悟しなきゃいけねぇのに後ろの不安まで抱えたくねぇ)


(アンタが引くならわたしも引く、けど外に出た後はまた別の問題だしね、……まぁ、妊娠中に性欲を溜めさせちゃうかもしれないし? うん、そう、アキラが望むなら、その時に土下座するなら、か、考えないコトもないからねっ??)


(――――いや待て、つまり……帰った後は要相談って事か?)


(い、言わなきゃいけないかしら、でも……そこまで言うと都合の良い女って思われちゃうかもしれないし……)


 理子がぐるぐると悩み出したその時だった、アキラは彼女を抱きしめる力を少し強くして。


「――ありがとう理子、お前には感謝しかない」


「はぁっ!? い、いきなり何よ……耳元で言わないで、くすぐったい……」


「この先の事を考えて、お前は可能性を残しておいてくれたんだな? 嗚呼、オレはなんて出来た嫁を持ったんだ……、愛してる、超愛してる理子……」


「ううっ、嬉しいけど言葉にするな、嬉しいけどぉ……」


「誓うよ、フェアに行く、お前の提案通りにこの部屋に居る限りは狙わない、いや、帰ってからも無理強いしない、絶対にお前の同意を得る」


「~~~~~~っ!? わ、わかったから耳を甘噛みするんじゃないっ!!」


 ぺしぺしとアキラの頭を叩きながら、理子は顔を真っ赤にして視線を反らした。

 こんな可愛い女性が、自分には勿体ないぐらいに出来た女性が嫁になり、己の子を産んでも良いと言ったのだ。


「――ごめん理子、お前が勇気を出してオレの全てを受け入れてくれたのに。オレは……まだ決心がつかない」


「アキラ……」


 項垂れる彼の頬を、理子はそっと撫でた。

 心がもっと欲しがっている、アキラの言葉が聞きたい、だから。


「聞かせてよ、アンタが何を考えてるか、何が不安なのか……わたしにも聞かせて、一緒に共有したいの」


「くッ、ありがとう……ありがとう理子……」


 彼女が幼馴染みであった事に、恋人になれた事に、これからも共に居られる事に感謝と安堵しながら。

 アキラは、静かに語り始めた。


「怖いんだ、ちゃんと父親になれるのかって、子供を育てられるのかって」


「うん」


「家族の反対だってあるかもしれない、そうなった時にオレには何もない、お前を養う手段すらないガキだ……」


 悔しそうに顔をしかめ、彼は項垂れるように彼女の肩に顔を埋めた。

 理子はそれを優しい顔で受け入れ、続きを待つ。


「ごめん理子、お前に負担をかけるだろうって、嫌われたら、それでお前がダメになってしまったら、……違う、どうなるか分からないから、お前と離れてしまうかもって、嬉しいんだお前がオレとの子供を産んでくれるのはッ、でもッ、でもオレは――」


 ああ、と理子の心は震えた。

 同じだ、同じ悩みをアキラは抱えていたのだ。

 責任を、将来を、今の二人はまだ自立していない子供で。

 ――衝動のまま、理子は彼のシャツを心細そうに掴んで。


「わたしも、不安なのっ、アンタの子供が産めるのは嬉しいし、幸せな家庭を望んでる、いつまでもアキラと一緒に愛し合いたい。――でも、不安なのよ、アンタの負担になってないかって、ちゃんと母親になれるかって、家族にだって受け入れて貰いたい、でも……此処に留まっている限り、何も答えは出ないのよっ!!」


「ごめん、ごめん理子、オレは……ッ」


「違うの、違うでしょアキラ、今そんな言葉は聞きたくないの」


「――――ありがとう、ありがとう理子、オレ、自分の事ばっかでお前の事が見えてなかった、お前だって不安なのに、部屋を出ないと何も分からないのに……」


 涙を流さんばかりに震える彼に、彼女は告げた。

 時には歩く前に、空を飛ぶ必要があると。


「じゃ、これ押す?」


「いや待て?? なんでいきなり飛んだ?? 結論早すぎない??」


「だって外出なきゃダメでしょ? 不安はお互い同じだし、なら二人で協力して解決しましょうよ、なら――」


「分かるけども!! そりゃそうなるけども!! 心の準備がッ! もうちょいオレ、パパになる準備とお前の夫として恋人として相応しい算段をだな」


「ふーん、それって実際に産むわたしより重要なコト??」


 アキラは絶句した、それを言われると辛い、非常に辛い。

 何も言い返せなくなる、だってそうだ、出産というのは現代においても命懸けだ。

 それを出されたら、何もかも飲み込まなくてはならない。


「お、お慈悲を……、な? もうちょっとだけ、あと数日だけ心の準備をすっから、な? 今すぐ押すのは止めてくれませんかね??」


「うーん、どーしよっかなぁ……、催淫ガスって言うぐらいだからスッゴイえっちが出来ると思うんだけど……? 試してみたくない?」


「誘惑するんじゃねええええええええええッ!? は? そんなノリで、うううううううううッ!!」


「実際問題、ヤるしかないじゃない? なら前向きに行くべきでしょ?」


 可愛く小首を傾げてみせる理子、絶対にそれがアキラのハートを打ち抜くと踏んでの所行だ。

 断じて屈してはならない、いくら愛していても、可愛くても、その先に極上のセックスが待ってるとしても、だ。


「し、慎重に考えようぜ!! 実際そんなでも無いかもしれないし、もしかしたら重大な後遺症とか残るかもしれないしッ!! そ、そう! どうせ外の時間の流れは超遅いんだから、地道にセックスしても良いんじゃねぇかなぁッ!!」


『天使のオッサンがお伝えするで~~、催淫ガスは心も体も後遺症ナシやでぇ!! けど効果はバッチリや!! お望みなら過去の使用者の映像とレビューを渡すでぇ、勿論同意の上の提供や!! 安心して使ってや!!』


「だってよアキラ?」


「ド畜生ううううううううううううううッ!! オレのせめてもの抵抗を潰してそんなに楽しいか? なぁ楽しいのかよッ!!」


『楽しいんや……お二人がそうやって仲を深めていくのが超絶楽しいんやオッサンは……!! ほな、声だけ失礼したで!! 頑張ってやお二人さん!!』


「ふーん、なら期待に答えなきゃねぇ~~」


 ニマニマと挑発する彼女に、退路を絶たれたアキラは青い顔。

 だが、ここで押してしまうと彼は暴走するだろうし、禍根が残るかもしれない。

 それを理解している理子は、とある提案をした。


「ま、わたしも鬼じゃないわ、アンタの気持ちを汲んであげましょうっ」


「ほ、本当かッ!?」


「ええ、けどそれってフェアじゃないわよね?」


「――――…………ああ、そ、そうだな、フェアじゃ、ないよな?」


 何を言い出すのか、戦々恐々とするアキラに。

 彼女は、実に楽しそうに笑って。


「今日が十二日目だっけ? なら後二日、その日の夜まで待ってあげる」


「…………その間、何もナシ??」


「まさか、――アンタを誘惑してあげる、ね? 嬉しいでしょ? 愛しの可愛い彼女が、お嫁さんにしてって、子供が欲しいのって誘惑してあげるの、最高でしょアンタにとっては」


「~~~~~~ッ!?」


 究極の二択がアキラの前に訪れた、今すぐスイッチを押して理性を蒸発させるセックス。

 心の準備をしながら誘惑される二日間で、最後は同じ。


(今すぐは論外ッ、だが……耐えるしかないのかッ、耐えられるのかッ、れ、冷静に考えれば結末が同じなら今すぐの方が楽かもしれない、けどそれって逃げじゃねぇのかッ!?)


 はぁはぁと息が荒くなる、追いつめられている、今、人生の岐路に立たされている実感がある。

 決断しなければならない、それも今すぐ、答えなければ理子はスイッチを使うかもしれない。

 アキラは、大きく息を飲むと。


「…………分かった、誘惑してくれ、だから二日間だけ時間が欲しい、必ずオレの意志でそのスイッチを押すから、だから――」


「――ええ、なら時間切れになる前にアンタの意志でスイッチを押すように誘惑するわ、……全力でねっ!!」


 そうして、セックスしないと出れない部屋での最後の戦いが訪れたのだった。

 

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