クエスト28/所有権



「にへへ……また、キスしちゃったわよ?」


(だから一々可愛いっつーーのッ!! なんだよもおおおおおおおおおおおおおおおッ!!)


 アキラは今、とても追いつめられていた。

 理子が可愛すぎて死ぬ、理性がガリガリと削られていく音がする。

 朝からずっと、事ある毎にキスされているのだ。


(なんでこう、幸せそうにキスするんだ……、ベッドに座れれば頬にキスするし、立ち上がったら唇にするし、寝転がったら膝枕しておでこにするしッ!!)


 繰り返し言おう、理子は美少女だ。

 アキラとしては、ショートカットが勝ち気な性格に似合っていて堪らない。

 肌は健康的な艶があって、手足もすらりとしている。


(……その癖、コイツ薄着なんだよな……タンクトップに短パンとか、いやヤベェって、その癖マジでキスした後に嬉しそうに笑うしさぁッ!!)


 想いを確かめ合うような、情熱的なキスをしている訳でもないのに。

 唇を一瞬、そっと押しつけるだけの軽いキスなのに。

 ざわめく、どうしようもなく心がざわめくのだ。


(もう昼だぞ? 何回キスされたんだ? オレ……明日の夜まで保つのか??)

 

 上目遣いで左手の薬指にキスされながら、アキラは苦悩する。

 反撃しなければならない、彼女の幸せそうな顔が曇るかもしれないが。

 手を打たなければ、こっちな流されてしまう。


「…………なぁ理子、流石にキスし過ぎじゃないか?」


「んー、そう? わたしは結構スキなんだけど」


「いやスキとか嫌いとかじゃなくてさぁ……」


「あ、もしかして……ぐらっと来てるんでしょ。わたしの魅力に~~っ」


 ニマニマと笑う姿さえ愛おしい、このまま理性など忘れて襲ってしまいたい。

 だが、後悔はしたくないのだ。


(何かッ、何かキス魔になったコイツを止める手立てはないのかッ!!)


(そろそろ変なコト考えて反撃してくる頃よねぇ……、ま、今のわたしは無敵だし? 何来ても余裕、だ・け・どっ!)


(好きか嫌いで論じればオレの不利ッ、何故ならばオレもキスされて嬉しいしキスしてぇ!! ならどうする、他の理由が必要だ、牽制だけで良い、少しでも止められるなら――――)


(このままラストまでキスしてイチャつくのもアリね、凄くアリだわ、むふー……、幸せってこういうコトよねぇ……)


 アキラに対して優位で居られる上に、人目をはばかる事なくキス出来る。

 とても満足気にしている理子に、彼は血の涙を流しながら告げた。


「――――決めた、ルール追加だ、明日の夜までにキス一回につき五百円取るからな」


「………………はっ??」


「オレだって苦渋の決断なんだ、……キスされて嬉しいしキスしてぇ、けどな……キスされると幸せ過ぎて何も考えられねぇじゃねぇか!!」


「開き直ったっ!? ええ~~、五百円? 五百円も取るの? 愛しい彼女から? うわぁ……愛する妻から搾取するって最低な男じゃない?」


「何とでも言えッ!! 徴収した金は今後の費用にする!! 文句は受け付けないッ!!」


 歯を食いしばりながらそっぽを向くアキラを、理子はジトっとした目で見て。

 誘惑するという勝負なのだ、キスして当たり前ではないか。

 そう口に出そうとしたが、ふと。


(――――待って、コレ使えない?)


 もしかすると、とても画期的なアイディアかもしれない。

 アキラの提案を受け入れる事で、一度油断させる。

 その上で。


「…………んーー、ちゅっ」


「ほわッ!? おおおおおおおッ、おまッ! お前えええええええええッ!? 何で今キスしたッ!! キスすんなって、一回五百円って言っただろうが!!」


 右の頬を手でガードしながら、彼はズザザザと彼女から距離を取った。

 不意打ち過ぎる、本当に理解したのだろうか。


「あー、照れちゃってぇ、アキラは可愛いわねぇ……」


「後で金取るからなッ! 絶対だからなッ!!」


「問題ないわよ? ええ、幾らでも払ってあげるわ、だから……キスしても良いのよね? そうでしょ? アンタはわたしに合法的にキスの許可を与えた、そうでしょ?」


「~~~~ッ!? んなッ、理子テメェッ、なに考え――――ンンンンンンンンンンッ!? ぷはッ!? 何で舌入れたァ!?」


 突如過激になったキスに、アキラは動揺を隠せない。

 そんな彼の隙に付け入るべく、理子は追い打ちをかけた。


「もしかしてディープなやつは料金上がる? 一回千円にする? 良いわよ、払ってあげるから」


「うおおおおおおおおッ、こんな所に居られるかッ、オレは逃げ――――おわぁッ!?」


「はーい、つっかまえたっ、動揺しすぎよアキラ、だからこんなに簡単に押し倒されちゃうのよ。――ちゅっ、ちゅっ」


「どんどん払う金が――――んんッ!?」


 ベッドに押し倒され、アキラは顔中をキスされた。

 その上、何度も深いキスも。

 馬乗りになった理子は、嗜虐的な笑みを浮かべてキスを繰り返す。


「んふっ、はぁ…………、ねぇアキラ、今のでどれぐらいになったかしら? わたしは幾らお金を払えばいいの?」


「とっくにお前のお年玉も小遣いも貯金も空になっってんだよッ!! お前もしや踏み倒す気かッ!!」


「まさか、ちゃんと払うわよ。でもこれからもずっとするし……全財産を売り払ってもお金は足りそうにないわよね」


「な、なら――」


 これでキス攻撃が止む、そう思った一瞬であった。

 彼女は実に邪悪な笑みを浮かべ、己のたわわに実った胸を下から両手で持ち上げてみせる。

 そして。


「わたしのおっぱいの所有権をアンタにあげる、嬉しいでしょ? わたしにキスされるだけで、アンタがいつも熱い視線を送るこの巨乳を好き勝手にできるのよ」


「ッ!?」


「そうねぇ……キス五回分にしましょ。そしたら次は……お尻にするわ、その後は腰、足、髪の毛、ええ、これからはキス五回毎にわたしをあげちゃう」


「ちょっとそれ反則過ぎないいいいいいいいいいッ!?」


 アキラは思わず動きを止めてしまった、だってそうだ。

 一方的にキスされるだけで、何もかもが手に入ってしまう。

 こんな事があっても良いのか、否、彼女が許したのだ。


(どどどどどどッ、どーすりゃ良いんだッ!? 考えがまとまらねぇッ)


「んちゅ、……はい残り四回」


(うおおおおおおッ、動けッ、動けオレッ、今すぐ理子を上から退かすんだッ!!)


「――――はぁ、残り三回……」


 ただキスされているだけだ、丁寧に唇を押しつけるだけの。

 愛情の籠もったキスをされているだけだ、それだけなのに。


(くらくらする……、ダメだ、この感覚はダメだ……)


(惚れた弱みって言うものね、ええ、徹底的に分からせてあげる、わたしがアンタを愛してるってコトを、キスだけで――――)


 唇に、頬に、指先に、首筋に、キスは続く。


(嗚呼、ダメだ、抜け出せない、オレは……理子から逃げられない……)


 ぐにゃりと視界が歪む錯覚までしてしまう、彼女に身を任せるだけで。

 その彼女の尊厳の全てが、手に入ってしまう。

 なんという倒錯感、恋人の扱いじゃない、支配する者と支配される者のそれ。


(また……またキスされた……ッ)


 とうとう、彼女の巨乳が手に入ってしまった。

 己の物になったと言うことは、何の遠慮もナシに揉みしだいたり吸ったりしても良いという訳で。

 例え彼女が嫌がっても、正当性はアキラにあるのだ。


(――――本当に、そうなのか?)


 キスの雨は続く、また一つ、また一つとアキラは理子を手に入れていく。

 彼女の望むがままに、彼女を支配していく。


(それって、つまり……)


 アキラが、理子に支配されていくという事だ。

 彼女の愛に、アキラが溺れていくという事だ。

 それは正しく、アキラが理子をそうする為にこの部屋に閉じこめたと同じで。


「………………あはっ、わたしったらダメねぇ、アンタに全てをあげちゃったわ。どうする? もうアンタの許可がないとキス出来ないんだけど」


「――――勝てない」


「ふ~~ん、もう一度言って?」


「オレの負けだ理子、……オレはお前に勝てない」


 そうだ、アキラは本当の意味でもう二度と理子には勝てない。

 この先に喧嘩する機会があって、彼が勝つことだってあるだろう。

 だが、彼が彼女を愛している限り、彼女に愛されている限り。


「お前がオレを愛してくれる限り、オレがお前を愛する限り、オレという存在はお前の愛に支配されてしまうんだ――――」


「…………ならさ、どうするの?」


 幸せな敗北感がアキラを襲う、のろのろと体を起こすと理子は彼の上から退き。

 彼がベッドの上から降りると、膝をついて彼女の手を取って懇願した。


「結婚してください、オレにお前を幸せにさせてくれ、オレの子供を産んで欲しい、――絶対に幸せにするって誓う……ッ!!」


 それは生涯における絶対服従の言葉だった、理子にとって何よりも甘美な望んでいた言葉。


(アキラ……)


 思わず目頭が熱くなる、幸せすぎて涙が出そうになる。

 愛は確かに、そう、理子の愛は確かに今、アキラに伝わったのだ。

 思い溢れ言葉に詰まる彼女の返答を、彼はそっと待て。


「…………バカ、ね。アキラはホント、バカなんだから……」


「ああ、オレはバカだ、そんなオレでも――」


「違うわよ、そんなオレでも、じゃないの。そんなアンタだからよ。――幸せにさせてくれ、じゃなくて……一緒に幸せになろう、でしょ?」


「ッ!? あ、ああッ!! 幸せになろう! 理子と一緒に幸せになりたいんだッ!!」


「はいっ、喜んで。……アンタのお嫁さんになるわっ」


 言葉にした瞬間、理子の笑顔から涙がこぼれて。

 同じく、アキラの目からも大粒の涙があふれ出す。

 二人は抱き合いながら、わんわんと泣いた。


 ――そして、どのくらいの時間が経っただろうか。

 とても長い時間そうしていた気もするし、ほんの十分ほどという気もする。

 だが、今の二人に時間の概念はない。


「…………なぁ、スイッチ押すか?」


「ええ、押しましょ」


「ならオレが……」


「ううん、わたしが言い出したんだもの、押させてよ」


「…………わかった」


 アキラが見守る中、理子はスイッチをポケットから取り出すと。

 その蓋を開けて、ボタンに人差し指を添える。


「…………」「…………」


 彼は、静かにその時を待って。


「…………」「…………」


 彼女が、ボタンを押す瞬間を待ち望んで。


「…………」「…………」


 しかして、何も起きない。

 それもその筈だ、道理でもある、だって。


「いや何で押さねぇんだよ理子ッ!?」


「しょうがないでしょっ!! 何かすっごく緊張するのよっ!! 押すからっ、ちゃんと押すからもうちょっと待ちなさいったらっ!!」


 理子はガチガチに固まりながら、必死にボタンを押そうとしていたのであった。


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