クエスト3/危ない動画鑑賞



(くそッ、くそッ、くっそおおおおおおおおおッ、ぶっ殺すぞあのクソ天使ッ!!)


(あわっ、あわわわわわわわっ!? はいってるぅっ!? む、無修正っ!? なんで、なんでこんなのしか無いのよおおおおおおおおおっ!?)


 状況は非常に危機的だった、たかがAVを見るだけ。

 自分たちが何かする訳でもなし、ただ黙って見てるだけで良い。

 そう思っていたのは、開始十五分後まで。


(なんで男優も女優もッ!! オレと理子と似たやつなんだよッ!? AVマエストロかあのクソ天使はッ!?)


(う゛う゛~~~~っ、予想すべきだったわ、こんな、こんな幼馴染み設定のAVだけを見せに来るとかっ!!)


(しかも何で普段喧嘩ばっかりとか、素直になれずにすれ違ってただの、は? こんなんばっかなのに一時間ずっと見とけって? コイツを密着して手を繋いで??)


(た、耐えるのよわたしっ!! ここで耐えたら20ポイント手に入るんだからっ!!)


 そう、本当に最初の十五分は良かったのだ。

 何せ取って付けた様なドラマパート、己達に似た出演者に設定、思うところがあったが許容範囲内。

 だがその後、事が始まると話が変わってくる。


(お、オレもコイツと…………い、いや考えるなッ、それこそ思う壷だッ!! ああ、でも胸は理子の方がデカいし形が…………じゃッ、ねぇッ!!)


(落ち着くのよ、そう別な事を考えるの。――男優の人、アキラの方が背が高いし逞し……、ち、違うっ!! そうじゃないでしょ!)


 スピーカー越しだというのに、妙に生々しい嬌声。

 女優の裸体が艶めかしく跳ねる、男優の獣性の籠もった吐息。

 重なってしまう、脳内で隣の幼馴染みと映像が重なってしまう。


(どうにかしないと――そう、そうだ、AVの事は頭から追い出せッ、理子の事だけに意識を集中させるんだッ!!)


(…………っ!? しまった、わたしは大丈夫、うん、流されない。でもアキラがもし雰囲気に飲まれたら? もしかして……もしかして?)


 ふぅはぁ、と息を荒げている事にも気づかず。

 二人はそっと隣を見る、奇しくも同じタイミングとなれば。

 当然、目が合う訳で。


「ッ!?」「っ!!」


(えっろッ!! はぁッ!? なんでコイツこんなにエロい顔してんだよッ!? 完全にAVに当てられてるじゃねぇか!! 長い睫を震わせて、目を潤ませてさぁッ!! 発情してんじゃねぇよおおおおおおおおッ!!)


(あわわわわわわわっ!! ぴ、ピンチじゃないのこれぇっ!? すっごい目がギラギラしてたっ! なんかも犯してやるって感じて光ってたぁ~~っ!!)


 誘ってるのか、襲うつもりなのか、途端にバクバクと大きく鳴り響く心臓の音。

 テレビの中から愛の言葉と嬌声が聞こえる、独占欲を剥き出しにした獣の吐息が響く。

 ――隣の相手はどうだ? 画面の中と同じになってはいないか? してしまうのか、本当に、二人の思考はぐるぐると渦を巻く。


(理子の巨乳、今なら揉んでも許され……い、いや流されてる、今のオレは雰囲気に流されてるんだッ、こんなヤツに手を出すなんて後が怖いって分かるだろ!!)


(今わたしの胸見てたっ?! 絶対見てたっ!! くっ、サイテーっ!! 今までもそんな目で見てたワケっ!?)


(く、クールに行こうぜぇオレよぉ……、そう、そうだ、少子化だか天使だとか知った事かよ、オレはここを出るんだ、理子の貞操を、理子を守って、オレからも守りきって部屋から出るんだっ!! だから――安心しろよ理子、オレはテメェを襲わねぇ)


(なんで急に強く手を握るのコイツっ!? 逃がさない為っ!? わたしを逃がさない為なのっ!? その不敵な笑みは何よっ!? ま、負けないわよアンタなんかに!!)


(そう、そうか――いつも通りの強気な顔で安心した…………って、何で目を閉じてキス待ちっぽいポーズなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?)


 キスをして欲しい、そんな風にしか受け取れない表情の理子に。

 アキラは激しく動揺した、彼女も己と同じく抵抗を貫くと思っていた。

 思っていたが、本当にそうなのか?


(さぁ来なさい、いつでもキスしなさい。でもわたしにキスした瞬間――――アンタを全力でボコボコにする)


(ッ!? 雰囲気が変わった!? ま、まさか受け入れるってのかテメェッ!! お、オレは童貞卒業すんのかテメェとセックスすんのかッ!?)


(覚悟は出来てるわ、アンタをこの拳で一撃必殺して沈める覚悟がね)


(ま、待て、落ち着け……、これは罠だ、そうだ、いくら雰囲気に流されたからってコイツが素直にキス待ちとかするか?? ああ、そうだ――――罠だッ)


 キスした瞬間、或いはその一歩手前で暴力が襲ってくるのは経験則で分かる。

 だが問題は、本当にキス待ちだったらどうするか、だ。


(考えろ、もし本当にキスだったら……オレは耐えられるのか?)


 キスが正解だったとして、茶化したり断るようなリアクションをした場合。

 たとえ理子といえど傷つくだろう、そしてそれは同時にOKサインでもあり。

 その事実に、アキラの理性は保てるのだろうか。


(そ、それでもオレは――――ッ!!)


 ごくりと生唾を飲む、びくりと理子の肩が震えた。

 彼は真剣な顔で拳を握り、深呼吸をひとつ。


「ていッ」


「あ゛だっ!? な、なにすんのよっ!!」


 額に手をあて、ふくれっ面の理子。

 アキラは彼女にデコピンをしたのだ、彼女からしてみれば大きくゴツゴツした手で、デコピンをしたのだ。

 痛みと衝撃は、それなりにある。


「テメーがバカな事しようとしてたからだ、どーせオレが襲うかもしれないって勘違いして罠を張ってたんだろうが、ちっとは冷静になれ」


「AV見て発情してるアンタが悪いんじゃない!!」


「いやアレ見てエロい顔してる理子が悪いんじゃねぇの??」


「アンタの見間違いよ!! っていうかそれ言うならあたしの胸ガン見してた癖に!!」


「は? 自意識過剰もほどほどにしろよ?」


 がるがる、ぎゃうぎゃうと喧嘩腰になる二人。

 とはいえ手を繋ぎ合ったままなのは、律儀というか何というか。


『はい! それじゃあ今日の日替わりクエスト終了やでぇ~~! ポイントは二等分して振り込んださかい確認してや! ほなまた明日!!』


「………………テレビ消すか」


「晩ゴハン選びましょ…………」


 天使のオッサンのアナウンスに、どっと脱力するアキラと理子。

 疲れ切った顔で、仲良くタブレットを覗きこみ。


「気晴らしに良いもん食うか? それとも節約すっか?」


「牛丼でよくない? ポイント安いし」


「二人分で2ポイントか、確かに安いな……それにすっか」


 どことなく気まずい、けれど重い空気ではなく。

 チラチラと相手を見ながら食事をし、交代でバスルームを使い。

 パジャマが無いので、バスローブを代わりに着る。

 ――ならば、残る問題はひとつ。


「じゃあオレは床かソファーで寝る、理子はベッドを使えよ」


「は? 今更何言ってるのよ。一緒に使いなさいよこんなに大きいんだから」


 不思議そうに言う彼女に、アキラは照れくさそうに頬を染めてそっぽを向く。

 言わなければならない、弱みをみせる事になっても今はただ、少しでも危険を避けるために。


「…………今まで言わなかったけどな、可愛いんだよお前、テレビで見るアイドルよりも、学校の誰よりもさ、それにバスローブの下は何も付けてねぇだろ。頼む、……これ以上は言わせないでくれ」


「アキラ、アンタ――――」


 ドキ、と彼女の心臓は跳ねた。

 そんな切なそうな顔なんて、始めて目にしたから。

 普段から喧嘩ばかりで、大嫌いな相手なのに、向こうもそう思っているのに。


(守ろうって、大切にして、くれてるの? 可愛いって、そう思ってくれてたの…………?)


 嗚呼、と声が漏れそうになる。

 だから彼が嫌いなのだ、狡い、本当に狡い、こんな時にだけ弱みを見せてくるなんて。

 そんな所が可愛いって、思わせてくるなんて。


(わたしは……、アンタの事を)


 大嫌いだ、それは変わらない。

 意識している、それは確かだ。

 アキラとセックスしない、セックスせずにこの部屋から出る。


(大嫌い、でも憎んでるワケじゃない)


 揺れてしまう、そんな姿を見せられると。

 きっと彼にそんな意図は微塵もないだろう、でもどうしても、こんな状況なのだ。

 だから。


「…………一緒に、寝なさいよ。信頼してるから、アンタはわたしを無理矢理襲わないって。…………怖いのよ、少し、少しだけだけど、怖いから側に、居てよ……今日だけはアンタの抱き癖だって許してあげるから」


「ッ!?」


 心細いと言わんばかりに俯く理子に、その耳まで真っ赤になった姿に。

 アキラは心臓を鷲掴みにされた様な感覚に陥った、可愛いという言葉では言い表せない何かを覚えた。


(か、勘違いするな、これは庇護欲だ。ちょっと見た目がエロくて可愛いからって、ああ、オレがコイツに惚れる訳がない、ただ守りたいって、抱きしめながら寝て安心されたいって、それだけだから……)


 それだけの事なのに、どうしてこんなにむず痒いのか。

 相手の顔が見れないのか、毎日毎日ずっと見続けて見飽きた顔を、どうして今更直視できないのか。


「い、良いんだな本当に、一緒に寝るぞ、オレ抱き癖あるからお前を抱きしめて寝るぞ」


「…………うん、それで良いから。今はもう、何も言わずに寝ましょ」


「わかった…………」


「…………おやすみアキラ」


 ベッドに入り、枕元にあるスイッチで明かりを消す。

 もぞもぞと彼女が体を丸める音がする、少し離れているのに体温が伝わってくる気がする。

 彼女が……震えている気がする。


「っ!?」


「安心しろ、オレがお前を無事にこの部屋から出すから。絶対に守るから、だからさ、安心して寝ろよ……」


「……………………ばか」


 強引な腕枕を、理子は抵抗せずに受け入れて。

 アキラの胸板に額を寄せて、目を閉じる。

 とくん、とくんと彼の鼓動が聞こえ、それはとても落ち着く気がして。


「――今度こそおやすみ、理子」


 彼女が寝静まった後、小さく笑ってアキラも眠りについた。

 闇の中、天使から渡されたタブレットが淡く光る。

 二人の眠りを覚まさぬように光り、日替わりクエストが更新される。


『相手の下着と服を選んでプレゼントし、その手で着替えさせてあげよう! ※セックス込みのデートがテーマです、服は専用リストから選んでください』


 その事に、二人は朝食の後まで気が付かなかった。


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