クエスト2/イチャラブ・クエスト



 天使のオッサンが居なくなるという事は、このセックスしないと出られない部屋に二人きりという事であり。

 ごくりと生唾を飲み込み、二人は思わず顔を見合わせる。


(…………り、理子とセックスしなきゃいけねぇのか? マジで? いやそりゃ学校で一番スタイル良いけどさ、だって理子だぜ? いや無い、……無い筈だよな??)


(そんな……アキラとセックス……、そ、そりゃあね? 顔はそこまで悪くないし、ほ、ほら、体だって毎日無理矢理筋トレさせてるし? で、でも――)


 アキラの目には、顔を真っ赤にし口を開けて震える理子の姿が。

 理子には、唇を噛みしめ頬を赤く染めるアキラの姿が。

 どうしても写ってしまう、意識してしまう。


「そ、そうだぁ!! タブレット確認しようぜぇッ!! ここから出るヒントとかあるかもしれねぇからなぁ!!」


「そう! そうよねっ!! ルールと確認しとかないとねっ!! あはっ、あはははっ、アンタにしては良い案じゃないっ!!」


 お互いに声が上擦っているのは指摘しない、してしまった途端に何かが壊れそうな気がするからだ。

 ガタガタと堅い動きでタブレットの電源を入れるアキラ、理子は横からのぞき込む形で顔を寄せ。


「ッ!?」


「っ!? ご、ごめん……」


「い、いや気にすんな? 二人で見るんだからよ、これぐらい普通だぜ普通……」


「そ、そうよね、フツーよね……」


 肩が少し触れた、それだけで過剰に反応してしまう。

 気にしない、気にしてない、と二人は心の中で繰り返しながらタブレットの画面を見る。

 そして、そこに記してあったルールは以下の通りだった。


 1、セックスしないと出られません(滞在中は非常に時の流れを遅くしています、一週間粘っても現実世界の約3時間です)


 2、時間制限はありません、ただし食事や娯楽は有料です(※ポイントを消費して購入してください)


 3、非常事態には強力な催淫ガスが投入されます


 4、情緒を大切にする方は日替わりクエストがお勧めです


 5、セックスした際にもポイントは発生します、詳細は別ページを参照してください。


 6、セックスした後も希望者は一定期間、滞在する事が出来ます。


 7、一度出たらこの部屋には二度と来られません


 8、自己目標を確認してくださいポイント大量ゲットのチャンスです


 等々、様々なことが書かれていた。

 最後に一番デカデカと大きな文字で「アブノーマルプレイにご注意を」と書かれた行から、二人は盛大に目を反らして。


「…………いやこれルールっていうか、ただの注意書きじゃねぇの??」


「食事は出ないけどポイント制……え、って事はヤバイじゃないっ!?」


「……ちょっと豪華な食事お二人様セットが5ポイント、セックス一回の基本ポイントが10……、スナック菓子(一日分)が2、水2、ジュース2、…………コンドームが50」


「産めよ増やせよ地に満ちろっ!? あ、ああ、いえ、少子化対策とか言ってたし避妊は本末転倒ってのは分かるんだけどさぁ!! ちょっと露骨過ぎでしょ!! 何よっ!! 大人の玩具を買うとポイントくれるって!! ふざけんな!!」


 つまり、このままだと干上がってしまうのだ。

 更に露骨な所をあげれば、本番行為をしなくてもポイントは得られるという事で。


(畜生ッ、全力でセックスに導いてやがるッ!! あのクソ天使めぇッ!!)


 こんなどぎついピンク空間から、セックスせずに脱出しなければならないのか。

 考えただけでも気が遠くなりそうだ、その上、セックスせずに脱出する方法は当然の如く記されておらず。


「こうなりゃアイツとの持久戦か……オレらが根負けするか、アイツが根負けするかのサバイバル……だがどうやってポイントを稼ぐ? なぁおい、日替わりクエストとやらを――」


「……待って、少し待ってくれない?」


「何か良い案があるのか?」


「そうじゃないけど……お願いっ、頼むから少し待てって言ってるのよ!!」


「いや何でキレてんだよ?? 何かあったのか?」


 険しい顔でぷるぷると震え始めた理子に、アキラは訝しげな視線を送る。

 すると彼女は無言で俯き、部屋のとある方向に人差し指を向ける。


「は? あっち? あっちに何が――…………あ」


「うううううううっ、何で透けてるのよっ!! 透明なガラスなのよっ!! バカじゃない!? バカじゃないのマジでっ!?」


「そっか……ご愁傷様、ところでしたいのか?」


「聞くんじゃないバカ!! 察しなさいよバカ!!」


 半泣きで激怒する理子、然もあらん指し示したそこにはトイレと浴室。そのどちらもが、ガラスで外から丸見えだ。

 ある程度の進展している恋人同士なら、軽いスパイスになるだろう。

 だが二人は恋人ではなく、仲が悪い(と思っている)幼馴染み、キスだって当然まだだ。


「しゃーねぇ、…………ほら、これで良いだろ。終わったら声かけろよ」


「………………アンタ…………、こ、今回ばかりは感謝してもいいわ、ちょっとだけ待ってなさいよ…………」


 ズルい、理子はアキラの行動をそう評した。

 だってそうだ、何も言わずシャツを脱いだと思えば自分に目隠しして。

 その上でトイレが視界に入らないように、背を向けるベッドの上に座る。


(んもう大嫌いっ!! だから大嫌いなのよっ!! アンタってそういつも……、うぅっ、いつもいつもそうなんだからっ!! わたしがどんな気持ちで…………っ!!)


 彼女はギロと彼を睨む、こんな行動なんて嬉しくない。

 頬は赤くなってないし、心臓は甘くときめいてたりなんかしていない。

 本当に、そう、本当に、少しも、嬉しくなんて、ない。


(………………背中の傷、まだ残ってる)


 思わず触りたくなるのを我慢し、ぎゅっと拳を握って。

 頬の火照りを気のせいだと断じて、理子はトイレに入る。

 すると自然に、彼女の目には彼の背中が飛び込んでくる。


(考えないのっ! 考えちゃ駄目、こんなクソ男なんて、ただの幼馴染みなんだから…………)


(――――そういや熱くも寒くもねぇな、空調はどうなって……いや、考えるだけ無駄か? いや考えるべきだ、余計な事を考えずに済む…………)


 こんな事なら般若心境でも覚えておけばよかった、この部屋から脱出できたら出家するべきか。

 アキラがそんな阿呆なことを考えている間に、彼女は帰ってきて肩を叩く。


「…………次に使うなら、せめて五分は開けなさいよ。いつもの様にすぐに使うんじゃないわよ」


「お、おう、オマエもそうしろよ」


「……」「……」


「……」「……」


 会話がとぎれる、何を言えばいい。

 こんな状況で、どんな話題がある。

 アキラも理子も、必死に話題を探す。


(くそッ、何か意識しちまって上手く頭が回らねぇ……、いつも何も考えずに喋れてるのにさぁ……)


(ど、どどどどどどっ、どうすれば良いのよこれからっ!! 気まずいったらありゃしないじゃないっ!! というか服を着なさいよっ! なんで脱いだままなのよっ!! 意識しちゃうじゃない!!)


(つかよぉ……何でコイツはわざわざオレの隣に座ったんだよ!! しかも密着しやがって!! ああもう失敗した!! とっととシャツを着れば良かった!! 妙に体温あったけぇんだよコイツは!!)


(お、落ち着きなさい、冷静になるのよ、今までもこれぐらいの距離なんで何度もあったじゃない、そう! わたしとアキラは只の幼馴染みなんだから! 姉弟みたいなもんよっ!! そう! 家族! なのよ!!)


 またもガチガチに固まった二人は、それ故に会話が出来ず。

 ただ、お互いの呼吸する音だけが聞こえる。


(き、気まずいっていうかああああああああああああっ!! うおおおおおおお静まれっ! 静まれオレの色んな所っ!!)


(見ちゃ駄目、見ちゃ駄目、顔も体も見ちゃ駄目よ、だってキスもまだ、うん、まだ何だから――)


 ごくりと唾を嚥下したのはどちらであったか、次の瞬間。

 ぐぅ~~、と大きなお腹の音が二つ。

 そう二つ、思わず顔を見合わせて。


「………………とりま日替わりクエスト確認して、出来る様だったらポイント稼いでメシ食おうぜ」


「賛成、お腹減ってるから変な空気になるのよ」


「だよな、腹減ってるから緊張すんだよ。……っと、このページか」


「なになに? ………………手を繋いで一緒にAV鑑賞、――――20ポイントっ!?」


 途端、画面からバッと顔をあげる二人。


「…………やるか」


「ええ、20あれば数日は持つかもしれないわ」


「ま、ただ見るだけだ、手を繋いで見るだけだ、変な事にはならねぇよな! 楽勝じゃねぇか!!」


「ええっ! これぐらいでこんなに稼げるなんて楽勝よね!!」


 はははは、と乾いた笑い声ふたつ。

 虚勢を張ってるだなんて、とてもじゃないが指摘できない。


(何でこんな内容なんだよッ!? ふざけんなああああああああああああッ!!)


(雰囲気に流されない、わたしは雰囲気に流されない、コイツとセックスなんてしないっ!! 見るだけだもん、そうよ見るだけ、ええ、手を繋いで見るだけ…………ううっ)


 アキラと理子は視線を合わせずに、テレビの前に移動。

 恐らくわざとだろう、密着するようなサイズの二人掛けソファーに座り。


「――――準備はいいな」


「ええ、勿論よ。わたし達にセックスの可能性がないって事を証明するわよ」


 左手と右手を恋人繋ぎで、太股と太股の間の上に置く。

 そしてアキラは、リモコンを手に取りテレビを付けた。


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