♥第2話

 私、エリシアは公爵家の一人娘である。「姫」と呼ばれる立場にある。そして今は私室で、私を「姫、姫」と呼びながら嬉しそうに世間話――――と言うにはあまりにも物騒な話をする女騎士、アリーセに応対していた。短く切り揃えた茶髪に怜悧な目元が特徴的な、男装の麗人であるが――――


「私をナメ腐った騎士を決闘でぶち殺しましたよ! 首刎ねました!!」

「まあ……」


 まるで子供のようにはしゃぐアリーセの報告を聞き、私は口に手を当て驚いてみせる。気の弱い上級貴族の子女であれば卒倒しかねないようなグロテスクな話である。だが私はこのちょっと頭のおかしい女騎士、アリーセとの付き合いは長い。否応無しにこの手の話への耐性は出来てしまっていた。


 かといって「ふーん」と流しては瀟洒さが足りない。驚いたフリをし、ついでに少し顔を青ざめさせるくらいは出来なければならない。貴族子女の立ち振舞いも楽ではないのだ。


「それで、どなたと決闘されたの?」

「ヘルブラ卿です」


 記憶を辿る――――女への侮蔑を隠しもしない嫌味な騎士で、所領も小さく、特別な役職も帯びていなければ、友人が多い人でも無かったはずだと思い出す。


「ふーん」

「ふーんて。そりゃ小者ですけどぉ……」


 アリーセがしょんぼりした。いけない、殺して問題のあるタイプの貴族ではなかったと思った瞬間、気が抜けてしまった。私は咳払いを一つしてから、アリーセに柔らかく笑いかける。


「大義でした。あなたの面子は私の面子、ひいては任命者たるお父様の面子に関わるのですからね。……よくぞ、勝ってくれました」


 アリーセを団長とする少女騎士団は、私を護衛するために編成された騎士団だ。一人娘の私を溺愛した父上が編成を命じたのだ。


「こんな可愛いエリシアに男の騎士をつけるなぞあり得ん!! 絶対、ミンネとか言って色目使って迫って来るに決まってるんだ!! 女騎士集めろ女騎士!!」――――そう叫んでいた父上の姿を思い出す。


 ミンネとは高貴な女性に対する騎士の奉公愛のことで、肉体関係を持たないものが良しとされるが――――まあ大抵は肉体関係に及ぶ。父上はそれを警戒したのだ。


 ひと悶着もふた悶着もあったが、結局女騎士を集めた騎士団――――少女騎士団は編成に成功し、その構成員全員を父上が叙勲した。つまりは彼女たちの先輩騎士、そして君主は私の父上たる公爵閣下その人である。


「バカですよねヘルブラ卿も。公爵閣下に喧嘩売ることになるって気づかなかったんですかね?」

「度し難いバ……道化師めいたお方もいらっしゃるのよ、残念ですけれど。女騎士の存在自体が騎士の名を汚す……そう考えるお方だったのでしょう」

「実際女騎士より弱いのに笑っちゃいますね」


 これには曖昧に笑っておくに留める。肯定すれば「エリシア様もヘルブラ卿、ひいては男騎士は女騎士より弱いって言ってたぜー!」と吹聴される可能性があるからだ。無論、アリーセはそんなことはしないだろう。だがこの部屋に詰める侍女らはどうかわからない。


 誰が、誰の手先なのかわからない。それが宮廷というものだ。そういう意味で、アリーセを始めとする少女騎士団の面子は信頼出来るありがたい存在だ。何せ女騎士である、基本的に全方位敵しかいない。頼れるのは父上と私しか居ないのだから。


 ……利用して飼いならしているようで罪悪感がある。しかし憐れみを以て接すれば、それこそ騎士への侮辱となってしまう。私は一瞬瞑目し罪悪感を振り切り、アリーセに問う。


「それで、お話はそれだけ?」

「いえ、公爵閣下から伝言を賜っておりまして。……曰く"顔合わせの日程が決まった、詳細を伝えるので後で謁見の間まで来るように" とのことで」

「まあ……」


 私には婚約者がいる。その顔合わせのことを言っているのだろう。全て父が決めたことではあるが、私は貴族子女である。家の道具として、他家に嫁いでパイプ役になる覚悟は出来ている。……しかし不安がないわけではない。何せ婚約相手は武勇で鳴らすライプツィヒ選定侯の王子なのだから。やれライプツィヒ人は粗野であるとか、野蛮であるとか。そういった噂には事欠かない。


 不安が顔に出てしまったのか、アリーセは深々と頭を下げた。


「ご安心下さい、誰が相手でもお守り致します。そしてどこまでもついて参ります」

「……ありがとう」


 私が嫁いだ後、少女騎士団の構成員の運命は二つに一つ。片方は、父上から所領を貰って領主となるか。もう片方は、私についてライプツィヒに行くか。……アリーセは、後者を選んでくれている。この点には、心から感謝している。これほど心強いものはない。


 女の身で領主になるのは苦難の道であろう、しかし夢のある話でもある。それを蹴ると言うのだ、並々ならぬ忠誠だ。――――そう思っていると、アリーセが声を上げた。


「おや、姫。スカートの裾が床に……」


 そう言って彼女は私の前にひざまずき、椅子に腰掛ける私のスカートの裾をちょいと摘まみ、数センチ床から持ち上げた。……本来なら侍女の仕事である。だがアリーセは躊躇ためらいもなく跪いた。騎士であるというのに。


 ……この忠誠に、報いてやらねばならない。父上に取り計らうのは勿論だが、私はアリーセが一番喜ぶ行為をしてあげることにした。少し前かがみになれば、自分のしなやかな金髪が数条、こぼれるようにアリーセ顔にかかる。そしてその姿勢でゆっくりと、彼女の頭を撫でる――――本来ならば殿方をオトすための典雅な貴族子女仕草であるが、アリーセはこういった仕草の練習台になってくれるのでありがたい。


「ありがとう、アリーセ。あなたは本当に優しい、私の騎士よ」

「……恐縮です」


 撫でていると、だんだんとアリーセの頭が熱を帯びてくる。なんだか吐息も荒い気がする……興奮してる? いやまさか。感極まっているのだろう。若干訝しみながら、私はしばらくアリーセの頭を撫で続けた。

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