女騎士、剣を振る。みんな死ぬ。

しげ・フォン・ニーダーサイタマ

♠第1話

 私、アリーセ・フォン・ライヴァルトは女の身にありながら騎士の爵位を賜っている。しかも女騎士を集めた「少女騎士団」の団長にも任ぜられている。少女と呼ぶにはやや厳しい年齢――――20歳になってしまったが、少女騎士団の団長なのだから少女なのだ。そういうことになっている。


 私は今、短く切りそろえた髪を小さく揺らしながら、城の廊下を歩いている。なおバストは平坦なので揺れない。女騎士はそこそこ珍しいので、行き交う人たちは好奇の目で私を見る。私は男装し剣も佩いているので、それに対する興味か。或いは私が振り撒く少女性への好色か。或いは―――――


「おや、これはこれはライヴァルト卿。ドレスは洗濯中ですかな? しかしそれにしても婦女子が剣まで佩くのは頂けませんな!」


 ―――――私に口頭一番で嫌味を言ってきたこの男のように、侮蔑か。騎士という爵位、あるいは職業は立派な軍人である。そこに女が飛び込んで来ることを快く思わない男は多い。


 しかし騎士は、否、貴族というものは面子商売である。どんな小さな嫌味や侮蔑でも許してはならない。許したが最後、永遠に貴族連中からナメられ、平民も従わなくなる。


 ゆえに反論しなければならないが――――私は騎士であると同時に貴族子女、そして少女でもあるので、礼節を保って瀟洒しょうしゃに対応しなければならない。私はにっこりと笑い、努めて冷静に返事をする。


「ドレスは貴卿に着せるために洗濯させております」

「……何?」

「貴卿にはさぞお似合いかと思いまして、お近づきの印にとプレゼントして差し上げようかと思っておりましたが。ご不満ですか?」


 目前の男――――騎士ヘルブラ卿は表情を引きつらせている。多少は皮肉が通じる相手なようで安心した。ようは私は「口頭一番に嫌味とは女々しいなテメー、ドレスがお似合いだぜ」と言ったわけで、怒ってもらわないことには、私の方がバツの悪い思いをすることになるからだ。


「それにこの剣は貴族の、騎士の証です。第一にあるじを守るため、第二にを叩き切るために佩いております」


 私は腰のベルトに吊った2本の剣の柄をばしばしと叩き、ヘルブラ卿の目をじっと見据えながらそう言った。またたく間に彼の顔が真っ赤に染まってゆく。


「……貴様、私を侮辱しているのか。女だからといって許されることでは――――」

「侮辱されたと気づいたなら何故さっさと剣を抜かない? 貴族じゃないのか? それともお前チンコついてないのか? 私はついてないから先には抜かないけどさぁ」

「貴様ァ!!」


 ヘルブラ卿は剣を抜き放った。私はやや瀟洒さを失ってたかなと反省しつつも、ゆっくりと剣を抜いた。決闘である。貴族を侮辱したならば、決闘か戦争でしか解決出来ない。それは女騎士とて例外ではない。


 私とヘルブラ卿は城の中庭に出て、10歩の間合いをあけて向き合った。野次馬たちが集まってくるのが鬱陶しいが、悪いことばかりではない。仕切りたがり屋が自主的に立会人を申し出てくれることもあるからだ。今回もその例に漏れず、どこからか棒を持ってきた貴族男性が立会人を務めてくれた。


 立会人が私とヘルブラ卿の中間に棒を振り下ろし、両者を見た。何か言いたいことはあるか? と。先にヘルブラ卿が口を開く。


「一度剣を抜いたからには女とて容赦せん。恨むなよ?」

「チンコついてないとて容赦はしません、恨まないで下さいね?」

「愚弄するのも大概にしろよ、このアマ!!」

「始めッ!」


 ヘルブラ卿が飛びかかってくる寸前、立会人が棒を振り上げた。決闘開始である。ヘルブラ卿は一挙に間合いを詰めながら、剣を振り上げた。彼の持つ剣は典型的な貴族剣、十字鍔のついた両刃の片手剣だ。私も同様の剣を構えている。


 ヘルブラ卿は私の左耳を打つように斬撃を放ってきた。私は一歩退きつつ合わせるように斬撃を放ち、剣と剣がかち合うが――――男女の膂力差で私の剣が押され、ヘルブラ卿の切っ先が私の顔面を向く。このまま突きを放たれれば、私の顔面が串刺しになるが――――実際はそうはならなかった。


 剣を滑らせ、十字鍔でヘルブラ卿の切っ先を捉える。そして左に押す。男女の膂力差にも関わらず、ヘルブラ卿の剣は私の剣に押し返され、その切っ先は私の顔面から逸れる。


 得物は手元ほど自分の力を伝えやすく、手元から離れるほど力を伝えづらくなる。私は手元に近い十字鍔で、手元から遠いヘルブラ卿の切っ先を押した。ゆえに押し勝てる。剣術の基本だ。


「ほう……!」

「女だから剣術を習っていないとでも?」

「多少はやるようだな!」


 ヘルブラ卿は驚きながらも、次の攻撃を仕掛けてくる。相手の切っ先が自分の身体から逸れており、かつ自分の切っ先が相手の身体を捉えている――――その状態を目指し、互いに剣を振り、刃を滑らせ、相手の剣に自分の剣を巻きつけるように動かす。剣術を嗜む者同士の戦いはこのようになる。


 三合、四合と打ち合っているうちに、私はあることに気づいた。ヘルブラ卿は技のレパートリーが少ない。剣筋が荒い。刃を滑らせ、剣を巻くのも下手と来た。まともな師匠に習ったとは思えない。


「田舎剣術だな?」

「なッ……」


「農民だってもう少し上手に脱穀棒フレイル振るうぞ。誰に習った? ン? 貧農か?」*

「我が家に代々伝わる剣術を侮辱するかァーッ!!」


 騎士は大抵、父親か奉公先の君主から武術を習う。ヘルブラ卿は前者だったようだ。まあ父親侮辱されたらキレるだろう、彼は渾身の一撃を放ってくる――――叩き切り。これだ、これを待っていた。これほど御しやすい攻撃はない。


 剣で受ける。受け流す。相手の切っ先を逸らす。こちらの切っ先をヘルブラ卿の右肘に滑らせる。左手で彼の右腕を掴む。詰みだ。


「あっ」

「私の剣の師匠はな」


 言いながら一歩踏み出し、右脚をヘルブラ卿の右脚の隣に置く。その状態から身体を大きく左に捻れば、投げ技になる。投げると同時に切っ先を肘に突き刺す。


「があああああああああああッ!」

「――――リュッツオウだよ」


 引き倒されたヘルブラ卿が、「待った」をかける寸前だった立会人が、目を見開いた。それが当代最も高名な剣術家の名だったからだ。――――もう勝負はついている、だが立会人は驚愕から「待った」をかけるのが一瞬遅れた。ヘルブラ卿の首を刎ねるにはその一瞬で十分であった。


「あっ」


 立会人や野次馬たちが間抜けな声を上げる中、ヘルブラ卿の生首が地面を転がった。全くラッキーであった。騎士は面子商売である、決闘に負けたからといって引き下がるようではナメられる。下手に生かしておいたら復讐フェーデされるに決まっているのだ。殺せるなら殺しておくのが一番である。


 未だ呆然としている立会人に、私はにっこりと笑いかけた。


「勝負、ついたと思うのですが。それとも今はこいつにチンコついてるか確認する時間ですか?」

「あ、ああ失礼……勝者、アリーセ・フォン・ライヴァルト卿!」


 野次馬たちが控えめに拍手を送る中、私は一礼した。そこに立会人がこそこそと近寄って来て、耳打ちした。


「そのう。チンコ確認するのはよしてあげて下さい。流石に死者への侮辱は……」

「わかっておりますよ、冗談です」


 洒落のわからない奴だなあ。そう思いながらも私は笑顔を崩さず剣の血をハンカチで拭い、鞘に納めた。そして半ばスキップしながら城に戻った。


「さて、エリシア様に良い土産話が出来たわね……!」


 私は敬愛する姫――――しなやかな金髪に当代最も美しいと称賛される美貌をたたえ、おまけにバストも豊満で仕草も典雅な、完璧な姫君――――に思いを馳せながら、彼女の居室へと向かった。元はと言えば、私は君主たる公爵閣下から伝言を賜り、それをエリシア様に伝えに行く道中だったのだ。ヘルブラ卿は不快な奴だったが、土産話を提供してくれたことにだけは感謝せねばならない。


 エリシア様は褒めてくれるだろうか。きっと褒めてくれるだろうな。心を浮かせながら歩く私の背中からは、きっと多量の少女性が振り撒かれていたことだろう。



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注釈)

* 貧農か?: 剣術書には「下手くそな攻撃」を指して「貧しい(みじめな)一撃」という表現が出てくる

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