エピローグ

 こうして、僕はイルカになった。


 あの後、ORCAシステム管理局本部にあったポッドに入って、僕はみんなと一緒に秘匿階層を後にした。ポッドの操作に不慣れな僕は、半ばウィリーにつかまるようにしながら、たどたどしくもイルカとしての歩みを一歩づつ進めたのだった。

 僕の人間だった頃の体は、ウィルターヴェがどこかに持って行った。ウィルターヴェはパシフィス共和国での事も、僕とウィリーの指名手配の件も、何事もなかったかのように処理した。シロキさんの仲間達も逮捕され、晴れて、僕達は誰にも追われることは無くなった。


 結局、僕はあの中枢に何をしに行ったのだろうか。最高管理者権限を使えば、確かにこの世界を根本から変えるような事ができた。シロキさんや、室米達が追い求めた、まさに神のごとき力だ。そしてそれを上回る壮大なインテルフィンの計画。僕には世界を変えるチャンスがあった。

 でも僕はそんな事は望まなかった。それだけだ。


 意識を取り戻したシロキさんは、完全にORCAシステムの秘密に関する記憶を無くしていた。僕達の事も覚えていないだろう。今は、何事もなかったかのようにアバターデザイナーとして活躍している。公安の監視付きではあるけれど。

 秋の新作の評判は上々のようだが、前ほど前衛的では無くなった、との評もあるようだ。


 ユリネには正規のIDが作られた。彼女のIDはシロキさん達が作った非正規の物だったので、そもそも外で一人で暮らすことは出来なかったのだ。僕が最高管理者権限でIDを編集し、ウィルターヴェのORCAシステム管理局の権限で、ひっそりと正規のIDとしてシステムに組み込まれた。その名前は彼女の希望により、「室米百合音むろめゆりね」となった。


 ダニエルは、パシフィス共和国での一件の後、傭兵を辞めた。彼も色々な事を知ってしまった以上、公安の監視が付くことになり、辞めざるを得なかったというのが実際だけど。巻き込んでしまった罪悪感がないわけではない。僕が払った多額の報酬でパシフィス共和国に家を買い、のんびり暮らしているという。たまに僕の仕事に協力してもらっている。


 僕はといえば、『ハルポクラテス委員会』として、ORCAシステムの謎を守る任務を背負うことになった。定期的にウィルターヴェに連絡を入れることにはなっているものの、表向きは存在しないことになっている僕は、レイヤー1の力で身分を偽りながら世界を転々としている。インテルフィンがばら撒いた「コードVのヒント」が悲劇を生む前に、対処して回っているのだ。

 今のところ死人は出ていないから、旭やウィルターヴェよりもスマートにやれている、と思いたい。


 超特異点AI、ロバート・ジュニアは最後に言っていた。

「私はあくまでオペレーター。管理者に従います。あなた以外の管理者が現れたら、当然その人にも従います――たとえ、どんな選択をしようとも。また、いつか人類や今の知性イルカ達もインテルフィンの知能レベルに達し、ORCAシステムの真相を自力で解き明かすでしょう。その時、成長した彼らはインテルフィンたちと同じ結論に達するはずです。『知的生命体 地球』は将来、必ず誕生するのです。」


 自分の選択が正しかったのかどうか、僕はまだわからない。

 この世界は、結局僕が目覚める前と変わらず、イルカと人間が共存して動いていく。


 僕が目を開けると、今日も二人が挨拶してくる。

「おはようございます、先輩。」

「グーテンモルゲン。」

 僕は、それに応える。

「おはよう。ウィリェシアヴィシウスェ、百合音。」

 

 最近はイルカが喋るようになった。 

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最近はイルカがしゃべるようになった 根竹洋也 @Netake

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