第32話
戸惑いながらも、ジェイドを安全な場所に運ばなくてはと思ったのだろう。ルシェーの転移魔法で、優衣達は王城から逃れる。
騎士も、魔導師でさえ優衣の魔法に拘束されて動けず、それを見送るしかなかった。
優衣は最後にあの恐ろしい部屋を確認する。
呪法の元となっていた水晶はもう砕けている。扉からも怨念を感じないようだ。もう大丈夫だと確信した。
でも力の安定していないルシェーの移動魔法は、動揺していたこともあり、今回もうまくいかなかったようだ。少し地面に浮いた状態で転移してしまい、優衣は慌ててジェイドを庇う。
「……っ」
その衝撃で目を覚ましてしまったのか、ジェイドが自分を抱えている優衣を見つめた。
「……優衣?」
「ええ、わたしよ」
傷はすべて癒したが、出血が多かったのでしばらくは安静していてほしい。優衣はジェイドの頬に手を添えて、そっと眠りの魔法を使う
「傍にいるから、もう少し休んでいて」
優しく宥めるように言うと、ジェイドは素直に目を閉じた。
「ごめんね。失敗しちゃって。僕が運ぶよ」
「ええ。ルシェー、お願いね」
慌てて出迎えてくれたティラが、ベッドを整えてくれた。
そこにジェイドを寝かせて、優衣とルシェーはティラに促されて着替えをする。ジェイドを抱えていたので、ふたりとも血まみれになってしまっていたのだ。
着替えをしてから様子を見に行くと、ジェイドは深い眠りに落ちている。しばらく目を覚ますことはないだろう。
説明をしなければとティラの元に行くと、先にルシェーが来ていた。
ふたりは戸惑ったように優衣を見つめている。
「えっと、どうしたの?」
何か聞きたそうな雰囲気を感じ取り、先に声をかける。
「あの、優衣様」
「うん」
この身に宿った力のことを聞かれるのではないか。そう思ったが、ティラの話はまったく別のことだった。
「優衣様の瞳の色が、変わっています……」
「えっ?」
慌てて部屋の中にある鏡を見ると、濃い茶色だったはずの瞳が、ブレスレットのような美しい紫色に変わっていた。
「うわ、本当だ。……びっくりした」
まるでジェイドの母、ルクレティアの瞳を受け継いだかのようだ。慌ててブレスレットを見ると、美しい紫水晶は色を失って、ただの石のようになっている。
「優衣、気が付いていなかったの?」
ルシェーの問いに、こくりと頷く。
「でも理由はわかる。わたしがジェイドの傷を癒したのを、見ていたでしょう?」
何もわからずに戸惑うティラに、優衣はルシェーと一緒に儀式の間で起きたことをひとつずつ説明した。
「儀式で呪法を受けたら、それを解除すると聞いていたけど……」
「うん。でも、あの水晶が呪法の要だった。あれを破壊しないことには、完全に呪法をなくすことはできなかったと思う」
ルシェーによると、呪法の本体は、儀式で授けられる紋様だと思われていたようだ。
けれどあの水晶を目の前にして、ジェイドは水晶が本体であり、あれを破壊しなければ魔族の魂を解放することはできないと悟った。
「あの扉は儀式のときしか開かれない。無数の魔族の魂を利用しているから、無理に破壊したら魂も傷付いてしまう。だから、今しかないと思ったんだろうね」
「……そうだったの」
囚われている魔族の魂を解放するために動いているジェイドがそうするのは、当然かもしれない。
でも扉の誓いを破ったことにより、その魔族の魂から攻撃を受けてしまったのだ。
そして、この国の騎士はジェイドが人間ではないと知ると、躊躇うことなく剣を突き立てた。
その話を聞いたティラは、怒りを堪えるように両手をきつく握りしめた。
そんな彼女に、優衣は語りかけるように告げた。
「このブレスレットは、ジェイドにもらったの。先代魔王と、ジェイドの魔力が込められているそうで、わたしの願いをひとつだけ叶えてくれると言っていたわ」
ルシェーもティラも、これがもとの世界に戻るためのもので、もう力を失っていることにも気が付いたようだ。
「わたしはこれに願ったの。ジェイドを助ける力が、守る力が欲しいって」
その結果、優衣に守護魔法が宿り、ジェイドを救うことができた。
「そのときに、ジェイドのお母様の幻を見たの。だからこの力は、彼女のものかもしれない」
「……ルクレティア様の」
呆然と優衣の瞳を見つめるティラに、にこりと微笑む。
「だからこれからは、わたしはジェイドを守るわ。もう誰にも傷付けさせない」
「でも、優衣はもとの世界に戻れないよ。それでもいいの?」
狼狽えるルシェー。たしかに彼には以前、家族や友人がいるから帰ると言った。
「いいの。未練がないと言えば噓になる。家族は恋しいわ。でも、わたしにはここに残る理由があるの」
ジェイドの負担になってしまうからと、離れることを決めていた。
けれど、優衣は力を手にした。
それは自分の身だけではなく、ジェイドも守れる力だ。
だからもう、彼の傍から離れない。
彼の母親の分もジェイドを守り、愛すると決めた。
言葉にはしなかったが、ティラにはわかったのだろう。
母のような姉のような、優しい笑顔で頷いてくれた。
「わかりました。優衣様がそう決めたのであれば、私はこれからも優衣様に従います」
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