第18話 幼馴染

「……うぅっ……ここは……?」

「起きたか? 奏斗。ここは病室だ」

「壮馬?……ッ⁉⁉」


 目を覚ました奏斗は、視界に壮馬の顔を捉えて一気に目を覚ました。

 ガバリと起き上がった奏斗はその瞬間、腹に痛みを覚えたが、そんなことはお構いなしに壮馬の肩をがしっと掴んだ。


「壮馬⁉ 本物か⁉ お前無事だったのか⁉」

「痛い痛い揺さぶるなって……本物だ。ちゃんと生きてる。心配かけて悪かったな」

「そうか……よかった……心配したんだぞ」


 奏斗は心底ほっとした。

 周囲を見回すと、壮馬の他に、幼馴染の桜が来ていた。


「起きたみたいね。心配したのよ?」

「桜か。悪い。心配かけて」

「無事ならそれでいいわ」


 桜は少し笑ってベットの横でリンゴの皮むきを始めた。

 その様子を眺めながら落ち着いた奏斗は、自分が寝ている間の状況が気になって、色々壮馬に質問を始めた。


「でも、あの状況でどうやって生き延びたんだ?」

「いや、なんか下にクッションになる植物があって助かったんだ。よく分からないけど、俺が狙われていることを知った人達がいてな。俺をゴム弾で撃ってそこに逃がしてくれたみたいなんだ。で、治安維持部隊にも奏斗達が襲われているって連絡入れてくれたみたいだな。まあ、その後も色々助けてくれたし、多分いい人たちだと思う。結局名乗らずにいなくなっちゃったけどな」

「そ、そうか……よくわからんが、その人達には感謝しないとな」


 壮馬は奏斗に適当な嘘を吐いた。

 奏斗は特に疑問を抱かずそれを信じることにした。

 と、そこで奏斗が、そういえば、と思い出したように尋ねた。


「宮崎達はどうなったんだ?」

「なんか、奏斗達を救出した時にギルドの治安維持部隊に捕まったみたいだな。明人達の証言等々の証拠が揃って殺人未遂容疑で警察に引き渡されたらしい」

「そうなのか……」


 上級市民は人権面で優遇されているが、犯罪の認定においても優遇されているわけではない。

 上級市民だって人を殺せば問答無用で殺人罪に問われるし、横領などをすればしっかり横領罪に問われる。

 もっとも、犯罪認定は下級市民達と同じ基準で判断されるが、刑罰の重さはそうではない。

 明らかに情状酌量の余地のない殺人未遂犯である宮崎達であっても、一般人に比べればそれほど重い刑罰にはならないだろう。罰金や過料、禁錮刑であっても数年以下で執行猶予付きといった処置になるはずだ。

 その点でも、上級市民というのは社会的に優遇されていた。


「ってそういえば! 俺、あの時誰かに助けられたんだよ! 壮馬、青い目の探索者って知らないか? イケメンだったし結構目立つはずなんだけど」

「うぇ? いや、うん、知らないよ?」

「そうか……お礼言いたいんだけどな。また会えるかなぁ……」


 奏斗は少し残念そうにそんなことを言った。

 と、一通り状況説明が終わったところで、壮馬は今回見舞いに来た用件を切り出すことにした。

 

「奏斗、今日は大事な話があるんだ」

「ん? なんだよ改まって」


 壮馬は一呼吸置いてから、奏斗に告げた。


「俺、奏斗達のパーティーを辞めようと思う」

「え?……え⁉ なんでだよ‼ そりゃ、初っ端から辛い目にあったのは確かだけどさ。あれくらい探索者になった時点で覚悟の上だろ? 何で辞めるんだよ!」

「誤解するなって。確かに覚悟はしていたし、別に奏斗達が嫌になったってわけじゃない。……これから一緒にやっていくと、多分奏斗達に大きな迷惑がかかると思うんだ。だから、今後はソロでやっていくつもりだよ」


 壮馬は孝一と契約を結んだ。

 十輪小隊の一員として活動するにあたって、常に奏斗達と行動を共にするのは足かせになる。それ以上に、今後、壮馬は地獄に足を突っ込む予定だ。そんな壮馬の事情に奏斗達を巻き込ませるわけにはいかない。

 有体に言って、犯罪者予備軍である壮馬と一緒に居たら奏斗が危険だ。

 そのように壮馬は考えたのであった。

 

 それに、本来の壮馬と奏斗達のステータスの成長スピードは全然違う。

 具体的な数値で言えば、およそ4倍程度の成長速度の差があるのだ。そのため、普段人前で力を使えない壮馬は奏斗達のパーティーでは足手まといにしかならい。

 その事実も、壮馬が奏斗達のパーティーから脱退することを後押しした。


「そんなことしたらお前……ダメだ! お前は俺のパーティーにいるんだ!」

「残念だけどそれはできない。もうこれ以上奏斗達に迷惑をかけるわけにはいかない」

「迷惑だなんて思ってない! 荷物持ちでもなんでもいいから、俺のパーティーに残れよ!」

「……すまん。もう決めたんだ」


 奏斗は必死に壮馬を引き留めた。

 迷宮の第1層ですら、本来の壮馬にとっては危険地帯である。

 そんな場所でソロ活動などしたら、いつか死ぬ。

 それを分かっている奏斗は必死だった。


「だったら俺もパーティーを抜けてお前についていくぞ‼」

「いや、それはダメだろ! お前は抜けるな!」

「いいや抜けるね‼ そもそもお前が考えなしに抜けるのが悪いんだ‼」

「なんだと⁉ こっちは気を遣って抜けるっていうのに、何でそれが分からないんだ‼」

「分かってたまるか‼ こっちの気も知らないで勝手なこと言いやがって‼」

「なんだと⁉」

「やんのか⁉」


 ヒートアップした二人を止めたのは、桜だった。

 桜は立ち上がると、無言で二人の頭にゲンコツを落とした。


「あだっ!」

「いてっ! 何すんだよ桜!」

「それはこっちのセリフよ! 何バカな喧嘩しているのよ! あなた達二人の考えはどちらも無謀で愚かよ! 少しは冷静になりなさい!」

「どこが愚かだ! 俺はちゃんと考えて……」

「いいえ、考えてないわ! レベル1の人間がたった二人で迷宮に潜って何ができるっていうのよ? 必ず4から6人のパーティーで挑むのが鉄則でしょ? そんな基礎も忘れているあなたは一体何を考えていたのかしら?」

「うっ…‥」


 奏斗は桜の正論に押し黙った。

 桜の叱責は壮馬にも及んだ。


「壮馬も壮馬よ! ソロで潜るっていうんなら、ちゃんと生き延びることができるためのプランを提示しなさい! 今の無策な状態で迷宮に潜るのは私が禁止します!」

「はぁ⁉ ちょっとまて、お前のどこにそんな権利があるって……」

「口答えも禁止よ! 天城家の子女、桜が命じます! いいわね?」

「……はい」

「よろしい」


 そこで桜は納得して頷いた。

 そして壮馬と奏斗の二人を抱き寄せた。


「うぉっ⁉」

「……あなた達は私の大事な幼馴染よ。死んでしまったら私が困るの」

「……桜」

「これからもずっと一緒よ。だからどうか、私を困らせないでね」

「……すまん。悪かった。自分の命は大切にするよ」


 そこで、桜は二人から離れて、笑顔を作った。


「よし。それじゃ、仲直りと友情の証に、久々にあれをやりましょ!」

「お、やるのか?」

「え、あれやるの? あれ恥ずかしいんだけど」

「何言ってるのよ壮馬! ほら、構えて!」

「仕方ないな」


 そういって、壮馬は右手を握って拳を作る。

 奏斗と桜も拳を作ると3人はその拳を突き合わせた。

 桜が言う。


「それじゃ、いくわよ。せーの!」


 桜の号令で、三人は一斉に叫んだ。


「「「トラスト・アス!!!(私達を信じよ!!!)」」」




 ~第1章 完~

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ブラック・スローンズ —横浜迷宮探索隊— 日野いるか @Iruka-Hino-Crafts

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