第16話 強襲

 ————木葉坂寺迷宮、第1層、D7地点、回廊エリアにて。


 壮馬が狙撃されて崖下に落下した後、奏斗はひどく落ち込んでいた。

 幼い頃からの付き合いである壮馬が何者かによって殺された。そのことは奏斗にとって

 非常にショックなことであり、その顔には暗い感情が渦巻いていた。

 悲しみ、苦しみ、後悔、怒り、憎悪。様々な感情が渦巻いて、奏斗は自分自身どうしていいのか分からなくなっていた。


 健太はそんな様子を見て、奏斗を必死にフォローした。


「奏斗。まだ壮馬は死んだと確定したわけじゃない。今本部に連絡を入れたが、捜索隊を出してくれるそうだ。運が良ければ再会できる。だからそんなに落ち込むな」

「先輩……でも……」

「奏斗。厳しいようだが、そうやって仲間の死について悩むのは命取りになるぞ。迷宮では人間による犯罪はよくあることだ。そのことでいちいち悩んで周りが見えなくなったりしたら、それがどんなに危ないことかは分かるだろ? もし先ほどのスナイパーが俺達を殺すつもりだったなら、奏斗、お前は今死んでいるぞ」

「……はい。すみません」

「分かればいい。今は壮馬のことは忘れて目の前の探索に集中しろ。地上に戻ってから一杯悩め。俺も相談に乗ってやる」

「……ありがとうございます」


 奏斗はパンッと自分の頬を叩くと気合を入れた。

 今は壮馬が生きていることを信じよう。ここで悩んで自分が死んだら、壮馬に再会することも、あいつが死んだときに悲しんでやることもできない。

 そう考えた奏斗の顔からは、既に暗い感情は消えていた。

 代わりに緊張と警戒と闘争心で心を固める。

 

(……大丈夫そうだな。よかった)


 その様子を見て健太は安心した。

 奏斗もまた、壮馬のように強い心を持っているなと、そう健太は奏斗を評価した。

 

 そうしてしばらく、健太達は細い道を歩いていく。

 やがて、回廊エリアの終わりが見えてきた。


「回廊エリアを抜けたら休憩を挟む。そこまで来れば階段はもう少しだ。お前ら、気合を入れろ!」

「「「はい‼」」」

 

 健太が仲間に檄を飛ばした。

 その時だった。

 彼らの前に謎の一団が現れた。

 その一団は灰色のフードを被っていて、奏斗達の行く道を塞いでいた。

 お互い暗い迷宮の中にあって、姿がはっきりと見えない。

 健太はとりあえず、友好的であることを示すために声を投げかけた。


「こちらは《アクアバレー》所属の深岩健太だ! そちらが塞いでいる道を通りたい!通行に協力してくれないだろうか!」


 しかし、健太の呼びかけに対する応答は……殺意だった。

 灰色のフードを来た一団は、細い道を駆けだして、健太達に襲い掛かる。

 すかさず健太が大剣を掲げると、相手の剣とぶつかり合い、火花を散らした。

 その重い一撃を受けて、健太は己の劣勢を瞬時に悟った。


「総員戦闘態勢‼ 敵は殺る気だ‼ 殺すことより時間を稼ぐことを重視して戦闘に挑め‼ ただし隊列は決して崩すな‼ 自分だけ逃げても助からないということを胸に刻め‼」

「「「りょ、了解‼」」」


 ここまで、数匹の魔物との戦闘をこなしてきた新人達だが、人を相手にするのはこれが初めてであった。

 勝手の違う戦闘に苦戦しながらも、何とか互角の戦いを始める。

 しかし、装備とスキルの質が違うためか、徐々に奏斗達の武装がほころび始める。

 対して相手は余裕を持って奏斗達を圧倒し始めた。


「オラオラァ‼ 友利奏斗‼ その程度かぁ⁉」

「なっ⁉ 何で名前を知って⁉」

「隙アリだ‼」


 相手に名前を知られていることに動揺した隙に、奏斗は剣での一撃を思い切り食らってしまう。

 そのまま地面を転がった先で、蹴りを腕に食らって剣を弾かれた。


「「「奏斗⁉」」」

「よそ見するな! お前らの相手は俺達だ!」


 健太達が救援に向かおうとするが、他のフード達に邪魔されてそれは叶わない。

 救援もなく無防備になった奏斗に対し、フードの男は数発蹴りを入れ、寝転んだ奏斗の腹に足を乗せると、そのフードをゆっくりと取り外した。


「ッ⁉ 宮崎⁉ なんでお前がこんなところに⁉」

「よぉ。友利。お前に聞きたいことがあるんだ……黒瀬のクソ野郎はどこだ?」

「……知らない。お前に教えるべき情報など一つもない」


 その瞬間に宮崎は奏斗に思い切り蹴りを入れた。

 奏斗が度重なる蹴りを食らって吐血する。


「知らないわけないだろ? お前らが一緒に迷宮に入るところを俺はこの目でしっかりと確認したんだよ。だから、どこにいるか教えろよ。まさか死んだんじゃないだろうな?」

「けほっけほっ!……お前に教える気はない!」

「あっそ。じゃあ死ね」


 そうして宮崎は奏斗に10発ほど蹴りを入れた。

 それでも奏斗は壮馬の居場所を吐かなかった。

 もし、壮馬が生きていたら……そう考えたら、一切の情報を宮崎達に与えてはならないと、奏斗は思ったのだ。

 こいつはきっと壮馬を殺しに来たのだと奏斗はそう察知したのである。


 やがて、奏斗は吐血しすぎたせいで頭が朦朧とし始めた。

 朦朧とした頭でなんとか周りを確認すると……明人と大輔も他のフードによって足蹴りにされ、血反吐を吐いている姿が見えた。

 彼らを足蹴りにして拷問しているフードの男達は口調からして、おそらく宮崎の取り巻きだろうと奏斗は思った。


 その向こうでは健太が別のフードの男と戦っていた。その戦いは熾烈を極めており、とても奏斗達の救援に向かうことはできそうになかった。

 ————死ぬ。

 その二文字が奏斗の頭を過った。


「チッ。なんで吐かないんだこいつら‼」

「もうそろそろ時間です‼ 宮崎さん‼」

「クソッ‼ おい、お前ら‼ ギルドの治安維持部隊が来る前にこいつらを始末しろ‼ 見つかる前にトンズラするぞ‼」

「分かった!」


 そんな会話が奏斗の耳に聞こえた。

 ああ、本当に終わりなのか。俺、何も成し遂げられずに死ぬんだなぁ。奏斗は朦朧とする意識の中、そう思った。


 (し……死にたく、ない……い、やだ…‥たす、け……だれ、か……)


 もはや叫ぶ力も残っていないが、奏斗は必死に心の中で助けを呼んだ。


 宮崎が奏斗の前に立つ。

 その右腕に握られた剣が振り上げられる。

 直後にはギロチンのごとく振り下ろされるであろう剣を見て、奏斗が最後に思ったのは————。




 ————壮馬。桜。ごめん。




 直後、宮崎の剣が振り下ろされる。

 奏斗の知覚が引き延ばされ、走馬灯が駆け巡る。

 スローモーションになった世界の中、ゆっくりと迫りくる剣が————吹き飛ばされる光景を奏斗は見た。

 目を見開いた奏斗は、その次に視界に写った人間を、朦朧とする意識を振り絞って見つめた。

 黒い髪に青い瞳。ちょっと憎たらしいと思うほどにイケメンな男。

 しかし、奏斗が最も気になったのはその鮮やかな剣技であった。

 あれは、そう、まるで、壮馬のような————。


 そこまで考えたところで、奏斗は意識を失った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る