005 夢のことは覚えていない

 暗くて長い通路。

 二人の子供の足音が激しく響いている。

 背後からは風を切る音。

 しかし、振り向いてそれを確かめている暇はない。

 追われているのだ。


 掴まれた右手が痛い。

「わたし、平気だから! 走れるから!」

 佳穂は叫んだ。

「ダメだ! 離さない!」

 佳穂の手を引いている主が声を上げた。

 男の子だ。

 深く被った帽子から、灰色グレイの髪の毛が覗いている。

「離したら──追いつかれる!」

 たしかにそうだ。

 、相手は大人。普通に考えたら追いつかれるに決まっている。

 だけど、そうはなっていない。

 足に旋風かぜが渦巻いて、背中を突風かぜが押している。

 掴まれた腕を通して、それが感じ取られる。

 手を繋いだ二人は、目にも止まらぬ速さで通路を駆けていた。 


「おじさん!?」

 不意に佳穂の手を引く、男の子が叫んだ。

 声には驚きと安堵が入り混じっている。

(助かったの?)

 佳穂は通路の先を見た。

 そこは灰色の影が一つ。大人の男の人だ。

「よお、ぼうず!」

 影の主は、手をあげて答えた。

 だが、しかし。

 佳穂にはその影に覚えがあった。

「――――ダメ!」

 佳穂は足を止めた。

 急ブレーキだ。足がもつれそうになる。

 男の子に引っぱられた腕が引きちぎれそうだ。

「うわっ!?」

 男の子がもんどり打った。

「な、何するんだよ! カホ!」

 振り向いたその顔が怒っている。


 ああ──知っている。その怒り顔を佳穂は知っている。


 涙が、涙が溢れた。

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