6-6 リインカーネーションと最後の巡礼

 閉ざされた扉の向こうで、軽やかな足音がする。

 どんどんその足音が遠ざかっていくのを聞き届け、アヴェルティールは安堵の息を吐き出した。

 一方的な覚悟を決め、一方的な別れを告げたのだ。その場から動いてくれない可能性も考えていたが、彼女は先に進むことを選んでくれたようだ。

 その場からリーリャが動かなかった場合もアヴェルティールがやることは変わらないが、やはり少しでも先へ進む――もとい、逃げてくれたほうが安心できる。


「……最初から最後まで、あの子を振り回してばかりだな、俺は」


 馬車を襲撃して無理に連れ出し、アヴェルティールの目的のために連れ回して。

 最後には、一方的に好意を抱いているとわかる言動をして、彼女だけを先に進ませた。

 自惚れでなければ、リーリャはこちらのことを頼りにしている――命の危機にさらされている状況で頼りにしている人物と離れなければならないのは、心理的な負担も大きいに違いない。

 今代のリインカーネーションとして生まれただけでもかなりの負担がかかっているだろうに、アヴェルティールの行動であの少女へさらなる負担をかけているのだと考えれば、申し訳ない思いが胸の中に広がった。


「……一生許さなくていい。思う存分恨んでくれ」


 リーリャにも告げた言葉をもう一度復唱したのち、アヴェルティールは背中を扉から離した。

 前方から複数人の足音が近づいてきている。

 はるか遠くから聞こえていた足音はどんどんこちらへ近づいてくる。遠くから小さく聞こえていたはずの音は、瞬く間に大きな音へと移り変わっていった。

 静かに前へ数歩歩き、扉を背にして立つ。剣の柄に手をかけ、細く長く息を吐き出した。


 自然と頭の中が切り替わり、顔から表情が抜けていく。罪悪感や今代の聖女である少女への想いからざわついていた心も凪いできた。

 最初にリーリャと出会った、あの日のように。


「……マニフィカート団長」


 まもなくして、追いかけてきたらしい騎士団がアヴェルティールの前に姿を見せる。

 先頭を走っていた騎士が苦々しい顔をして、アヴェルティールが呼ばれていたかつての肩書きを口にした。

 じっと顔を見て、内心納得する。先頭を走り、騎士たちを率いていた人物――アヴェルティールのかつての肩書きを口にしたその男は、まだアヴェルティールが騎士団長だった頃、まだ新入りだった男だ。

 姿をくらましたあの日から長い時間が経っているのに、まだ覚えていたようだ。


「マニフィカート団長、やはり生きてらしたんですね」


 アヴェルティールの無事を信じていたかのような言葉が、目の前の騎士の唇から紡がれた。

 まだ騎士団にいた頃、彼はいつもアヴェルティールの背中を追いかけていた。

 騎士団長が憧れであり目標なのだと、いつかはアヴェルティールと並ぶくらいの剣術の腕前になるのだといつも口にしていた。

 アヴェルティールも、犬か何かのように懐いてくる彼を気にかけていたし期待もしていた。


 けれど、全てはもう過去の話。

 騎士団長だったアヴェルティールは、フィーユが死んだあの日、彼女と一緒に死んだ。

 この場に立つ己は、今代のリインカーネーションを生かし、神聖なる儀式を妨害しようとする一人の反逆者だ。


「……ッ団長、何故ですか。何故、今代の聖女様をさらおうと思ったんですか。あんな荒っぽい手段を選んでまで。あなたはこの国を守るために力を振るっていた一番の騎士だったじゃないですか!」


 ああ、そうだ。彼の言うとおり、かつてのアヴェルティールはそうだった。

 純粋に国のために働き、国民を守るために剣を振るい、あらゆる脅威を斬り伏せてきた。

 昔はそうだったかもしれないが、唯一の家族を失ってからはもう、国のために剣を振るえない。


 王族が自分たちの地位を守るため、それらしい理由をつけてリインカーネーションを殺していたのだと知ってしまった今では――余計に国のために剣を振るうことはできない。

 浅く息を吐き出し、一切の温度を含んでいない目で、アヴェルティールはかつての部下を見据える。


「……そういう時期もあったかもしれないな」

「ッなら、どうして」

「だが、今となってはもう昔の話だ」


 冷たく言い放った瞬間、男がますます苦しそうに表情を歪めた。

 過ぎ去った時間は取り戻せないほどに遠く、道は分かたれ、もう交わることはない。

 剣の柄を握った手に力を込め、すらりと銀に輝く刃を鞘から引き抜けば、彼の後ろにいる騎士団員たちも剣に手をかけた。


「リインカーネーションの下に行きたいのなら、進んでみせろ。……もっとも、俺一人に制圧されるような実力の奴らばかりのようだが」


 鼻で笑いながら刃を向け、吐き捨てるように言葉を紡いだ。

 騎士であるならば感情を大きく動かすな。常に冷静たれ――アヴェルティールが騎士団長をしていたときは、そう教えていたというのに。

 今、それをきちんと実行できているのはアヴェルティールに声をかけてきた現在の騎士団長であるあの男だけだ。他の団員は殺気立ち、鋭い目でこちらを睨みつけている。

 感情に突き動かされた剣など、アヴェルティールには脅威にもならない。


(……だが、さすがにこの人数だ。一人二人は隙をついて先に進むかもしれないな)


 周囲の騎士は未熟でも、今、アヴェルティールと対峙している騎士団長は己がまだ巡礼騎士として剣を振るっていた時代の人間だ。かつて己が何度も教え込んだことをきちんと身につけ、実行している。

 その証拠に、ほとんどの人間が殺気立っている中、彼だけは無駄に感情を動かしている様子がない。


(――捕縛か、最悪の場合はここで死ぬ覚悟もしておくべきだな)


 苦々しい顔のまま、騎士団長が剣を抜いて構える。

 張り詰めていく空気の中、アヴェルティールも剣をゆっくりと構え、眼前に並ぶ追っ手たちを見据えた。


(……リーリャ)


 脳裏に、銀の髪に赤い目をした神秘的な少女の姿を思い描く。

 身勝手な俺を許さなくてもいい、どうか一生恨んでくれ。

 けれど、お前を守ることは――どうか、許してほしい。


 目の前で大切に思っている人間を二度も失うのは、もうごめんだ。

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