6-5 リインカーネーションと最後の巡礼

 何故リーリャが初代リインカーネーションと非常によく似た容姿を持って生まれてきたのか。

 歴代リインカーネーションの中で、誰よりも初代に近い力を持って生まれてきたのか。

 何か意味があるのだと思っていたが、ようやく理解できた気がした。


「……奇跡の再現……」


 脳裏に浮かんだ言葉を口にすれば、アヴェルティールが柔らかく笑みを見せた。

 彼の大きな手がリーリャの両肩にそっと置かれる。


「お前は先に進め。祈りの間に辿り着いて祈りを捧げるか、どこか隠れられそうな場所を見つけて身を隠せ」

「ッアヴェルティールさんは……アヴェルティールさんはどうするんですか?」


 とっさにアヴェルティールの手を掴み、リーリャは問う。

 これまで彼はリーリャとずっと行動をともにしてくれていた。いつでも傍にいてくれた――今回だって一緒にいてくれるはず。

 ほんのわずかな願いに縋るかのように問うが、アヴェルティールの答えはリーリャのわずかな願いを砕いた。


「いいや。俺はここで連中を止める」


 ひゅ、と。リーリャの呼吸が一瞬だけ詰まった。

 ああ。覚悟を決めた顔をしていたように見えたのは、リーリャの気のせいではなかった。


「……駄目です」

「いつか捕まるのは覚悟しているし怖くはない。……だが、お前が命を落とすのは、想像するだけで恐ろしい」

「アヴェルティールさん、駄目、駄目です、一緒にいてください。一緒に逃げましょう」

「……俺まで一緒についていったら、連中を食い止める役割を果たす人間がいなくなるだろう?」


 ふるふると首を左右に振って必死に訴えるが、アヴェルティールの態度は変わらない。

 柔らかい笑顔で、穏やかな声色で、泣きそうになるリーリャへ言葉を紡ぐ。

 駄々をこねる幼い子どもに言い聞かせるかのようで、それが余計にリーリャへ絶望に近いショックを与えた。


 頭の片隅ではわかっている。リーリャが何を言っても、きっとアヴェルティールの心は変わらない。

 だからこそ、それがつらくて、苦しくて――悲しくて仕方ない。

 リーリャが何を言っても、何をしても、アヴェルティールはここに残るのを選ぶのだろう。


(――私では、アヴェルティールさんの決心を崩せない)


 血が滲みそうなほどに強く唇を噛みしめ、リーリャはうなだれた。

 いくら初代リインカーネーションによく似ていても、彼女に近い力を持っていたのだとしても、それら全ては彼の心を動かすだけの力を持たない。

 国をまとめる王を変えるきっかけを作り、世の中を変え、追い詰められる弱い立場の人々を救う奇跡の力を持っていたとしても、それは自分自身と大切な人を――アヴェルティールをあらゆる危険から守るための力にならない。


(私は、この人に守られるだけの弱い少女でしかない)


 己の無力さが恨めしくて、憎くてたまらない。


(この人はたくさん私を支えて、今も守ろうとしてくれているのに……私は何も返すことができない)


 自分自身への怒りや悔しさが涙に変わり、リーリャの視界を滲ませる。

 ぽた、ぱた。目からこぼれた涙が身にまとった祭服の上に落ち、数個の小さなシミへと姿を変えた。

 うなだれたリーリャの頭上で、アヴェルティールがかすかに笑う気配がする。


「リーリャ」


 うんと優しい声が、リーリャの名前を呼んだ。

 ゆっくり顔をあげた瞬間、アヴェルティールの手がリーリャの腕を強く引いた。


 アヴェルティールとの距離がゼロになる。

 彼がまとう香りが鼻をくすぐり、より強く感じられるようになる。

 引き寄せられたのかと思った直後、唇に柔らかい感触がした。


 ほんの一瞬触れるだけの優しい口付け。

 口付けられたのだと理解する頃には、触れ合っていた唇は離れていた。


「――許してくれだなんて言わない。一生恨んでくれ」


 生きてくれ、リーリャ。

 耳元で囁かれた直後、アヴェルティールに強く押され、後ろへ尻もちをつく。

 リーリャが何か言葉を紡ぐ隙も与えず、アヴェルティールは閉ざされていた扉の向こうへ姿を消した。


「ッアヴェルティールさん!」


 手を伸ばした先で無慈悲に扉が閉まり、錠が落ちる音がする。

 急いで扉を開けようとするも、がちゃがちゃ音をたてるだけでもう一度開くことはなかった。

 力いっぱい扉を叩いても、何度も扉の向こうにいるであろう彼の名前を呼んでも、扉は無慈悲に閉ざされたままだ。


 扉を叩いていた腕から力が抜け、呆然と固く閉ざされた扉を見つめる。

 全身の体温が低く感じられる中、アヴェルティールに口付けられた唇だけが熱を持っているかのように感じられた。


(――ひどい人)


 無事にまた出会えるかわからないのに、あんなことをするなんて。

 一回、二回。数回ほど深呼吸をしたのち、両目から溢れる涙を拭って両足に力を込めて立ち上がった。

 どれだけリーリャが嫌だと叫んでも、子供のように泣きわめいても、現実は何も変わらない。


「……行かないと」


 なら、先に進むしかない。

 ずっとここにうずくまって追っ手に追いつかれたら、アヴェルティールの決意と覚悟を無駄にしてしまう。

 リーリャが命を落とすことになるのは、彼がもっとも望んでいない結果のはずだ。


『生きてくれ、リーリャ』


 あの人はリーリャが生きることを望んでくれていた。

 ならば――リーリャも、どれだけつらくて苦しくても、簡単に生を諦めるわけにはいかない。


 簡単に生を諦めるのは、アヴェルティールの思いを無視することになってしまう。

 自分は守られるだけの無力な子供でしかないけれど。

 少しでも長く生きることで、淡い想いを寄せている人の願いを叶えることくらいは――できるはずだ。

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