6-2 リインカーネーションと最後の巡礼
階段の先は暗い通路に続いていた。人間が二人並んで通れるほどの広さが確保されているが、通路全体を明るく照らしている照明はない。かわりに階段のほぼ真横にカンテラが用意されているくらいだ。
リーリャがカンテラを手に取り、不慣れながらもそっと明かりを灯す。
カンテラから溢れる光が通路に広がる夜闇を切り開き、リーリャの前に通るべき道を示した。
リーリャに続いてアヴェルティールも地下へ降り、ハッチの扉を閉めてから息をついた。
「……こんな通路があったとは」
「明かりもほとんどありませんし、外に繋がってる可能性は高いかもしれません」
そういって、リーリャは一歩を踏み出した。
かつん、こつん。二人が足を踏み出すたび、通路に足音が響き渡る。
進んでも進んでも暗闇が広がっている通路には不気味さがあるが、外へ繋がっているのではないかという期待がリーリャの足を前へ進ませた。
はたして地下通路に降りてきてからどれくらい歩いたか――明確な時間の経過はわからないが、やがて上へ繋がる階段とどこかへ続いているハッチが二人の前に現れた。
「リーリャはそこで明かりを確保しておいてくれ。……それから、仮に外に繋がっていたとしても、騎士の何人かが外で待機している可能性が高い。外へ出られたからといって、決して油断するなよ」
「わかりました。アヴェルティールさんも、どうかお気をつけて」
アヴェルティールが先に階段を上がり、ハッチに触れる。
ぐっと両腕に力を込めてアヴェルティールがハッチの扉を押し上げる。長らく使われていなかったのか、ハッチはぎぃぎぃ音をたて、時間をかけながらゆっくりと開いていった。
人間が通れるほどの隙間が確保されたとき、夜風がリーリャとアヴェルティールの頬を撫でていった。
外だ。
リーリャが見つけ出したハッチ。そして、その下に広がっていた地下通路は外に続いていた。
(よかった……!)
外に出られるとわかった瞬間、ほっとした思いが胸に広がる。
まだ油断してはいけないとアヴェルティールにも言われたが、やはり出られるとわかれば少し安心するものがあった。
「聖女様、騎士様」
ハッチが開かれた直後、聞き覚えがある声が二人の名前を呼ぶ。
先にハッチを開いて外の様子を伺おうとしていたアヴェルティールはもちろん、彼の後ろで静かに待っていたリーリャも大きく目を見開く。
アヴェルティールが急いでハッチの扉を大きく開けば、夜を迎える前に見た姿がそこにはあった。
「よかった……お二人とも、ご無事だったのですね」
明るい時間帯に目にしたときと異なり、髪は乱れ、身にまとう衣服はところどころが汚れている。
とにかく急いで走ってきたのか、呼吸も荒い。
二人が移動のために乗っている馬の手綱をしっかりと握り、レペンスがほっと表情を緩めた。
「レペンスさん、何故ここに……」
「シャリテの町が突然騒がしくなって、町の人が突然王都の騎士たちがやってきたと教えてくれたんです。聖女様を探していると言っていると聞いて、嫌な予感がして……慌ててお二人の馬を連れてきました」
さあ、早く外へ。
焦りを滲ませた声で急かされ、まずはアヴェルティールが外へ出た。彼の背中を追うように、リーリャも階段を上がって外へ出る。
出た場所は、どうやらシャリテ神殿の裏手のようだ。振り返れば神殿の壁がそびえ立っているのが見え、前を向けば夜闇を蓄えた森が広がっている。ずらりと並んだ木々の間には一本の道が続いており、リーリャとアヴェルティールへ逃げ道を示しているかのようだ。
空はまだ暗く、夜明けは遠い。夜闇が少しはリーリャとアヴェルティールの姿を隠してくれるだろうが、リーリャが身にまとう祭服の色を完全に隠し切るのは難しい。
「……助けるのか、俺たちの逃亡を」
口調を取り繕うのも忘れ、アヴェルティールがレペンスへ問う。
彼女はきょとんとした顔をしたが、すぐに柔らかく笑みを浮かべて口を開いた。
「リインカーネーションの聖女様が少しでも長く生きてくれるのが、私たちシャリテの民の望みです」
柔らかい声で告げられた言葉がリーリャの胸に染み渡り、わずかに涙腺を緩ませた。
リインカーネーションは死ぬのが当然と歪められた世界の中で、家族をはじめとした身近にいる人物以外が生存を願ってくれること――それがどんなに暖かく、ありがたいことか。
泣き出しそうなのをぐっとこらえ、目元を軽く拭ったのち、リーリャは浅く息を吐き出した。
「さあ、お二人とも早く。ここに人が来るのも時間の問題です」
レペンスの言葉のとおり、耳を澄ますとこちらに近づいてくる複数の足音が聞こえた。
何を話しているかまでは聞き取れないが、複数人の話し声も聞こえてくる。
ハッチの扉を開けるときも音がしたし、声を潜めてはいるがこうして言葉も交わしている。気になって見に来るのは当然だ。
せっかく地下通路から外に出てきたのに、見つかってしまえば全てが無駄になってしまう。
アヴェルティールも同じ危機感を抱いたのか、すっと表情を引き締める。
すっかり慣れた様子でリーリャを抱き上げ、先に馬の背の上に乗せた。
手早く荷鞍へ二人分の荷物を積み込み、アヴェルティールも軽やかに馬に乗り込んだ。
「地下通路のハッチは私が閉めておきます。お二人はどうか少しでも早く逃げてください」
「……レペンスさんは、どうするんですか?」
さすがに騎士団も民間人であるレペンスに危害を加えたりはしないだろうが、リーリャとアヴェルティールの逃亡に手を貸すということは二人の逃亡を助けるということだ。
つまり、馬車を襲撃し、リーリャを連れ回している襲撃犯の逃亡を手助けすることになる――何らかの罰を受けてもおかしくない立場だ。
不安そうへ問いかけたリーリャの目の前で、レペンスが笑う。
「私のことは心配しないでください、聖女様。自分のことはなんとかしますから」
だから、心配しないで。さあ、早く。
遠くから聞こえていた複数人の足音が少しずつ、けれど確実に近づいてきている。
唇を数回ほど開閉させたのち、リーリャはちらりとアヴェルティールを見上げる。
アヴェルティールも何か物言いたげにレペンスを見て口を開いていたが、ぐっと唇を一度閉ざし、浅く息を吐きだした。
「……レペンスさんも、どうか無事で」
一言告げ、アヴェルティールは馬へサインを送る。
瞬間、主人からの指示を受け、馬が地面を蹴って走り出した。
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