最終話 リインカーネーションと最後の巡礼

6-1 リインカーネーションと最後の巡礼

 ……妙な胸騒ぎがする。


 なんともいえない嫌な予感のようなものを感じ、リーリャは伏せていた目を開いて起き上がった。

 夜を迎えた初代リインカーネーションの隠し部屋の中は、しんとした静けさで満たされている。室内全体も夜闇に閉ざされており、静寂に満ちた夜が存在していた。

 普段なら、ただ静かな夜だとしか感じない。

 だが、今日はなんだか妙な胸騒ぎと嫌な予感がする。


「……リーリャ」

「アヴェルティールさん」


 目を覚ましたのはリーリャだけではない、アヴェルティールもだ。

 初代リインカーネーションの日記を通じて真実を知ったあと、ひとまず休むことにして簡単な食事をとり、身を清めてそれぞれ眠りについた。

 そこまでは普段どおりだったが、今、こうして目覚めた二人は普段どおりではない――非日常に近い嫌な予感を覚えていた。

 眠る前、追われている身であることも考え、そのままの服装で眠りについたが正解だったかもしれない。


「リーリャ、傍へ」


 アヴェルティールが片手をリーリャへ伸ばし、呼びかける。

 彼の声に素直に頷くと、リーリャは大人しくアヴェルティールの傍に身を寄せた。

 妙な静けさの中、二人揃ってこの部屋の出入り口――今は隠されている、祈りの間へ続く通路を見つめる。

 互いの呼吸音しか聞こえない静寂が、胸の中に生まれる嫌な予感をより強いものへ変えた。


 ばん。


 壁の向こう側で、扉が乱暴に開かれるような音がした。

 間髪入れずにばたばたと複数人が走ってくる足音が静寂に包まれていた空気を震わせる。


「聖女様と襲撃犯を見つけ出せ! 必ずどこかにいるはずだ!」


 聞こえる声は遠く、しかし静寂に包まれた中ではしっかりと聞き取れる。

 壁の向こう側で起きていることを鮮明に理解し、さあっとリーリャの顔から血の気が引いた。

 追っ手が来た――!


「これ以上、襲撃犯に逃げられると聖女様の御身が危ない。それに何より、世界が滅ぶ期限が来てしまう。今日中に必ず発見して救出するんだ!」


 リーリャの身体が震え、呼吸が浅く細くなっていく。

 現在、言い伝えられているリインカーネーションの伝説を信じていた頃なら、己を探しに来た巡礼騎士たちの声だと思った。

 アルズの町を出たときも、まだ見つかるわけにはいかないと考えてアヴェルティールと逃亡することを選んだが、あのときは今のような強い恐怖を感じなかった。


 ところが、現在のリインカーネーションの伝説が意図的に歪められたものであり、リインカーネーションたちは王族が己の王座を守るために命を奪われていたのだと知った今ではリーリャに恐怖を与えるものでしかない。

 あれは、リーリャにとって死の手そのものだ。


「……」


 かたかたと小刻みに震えるリーリャだったが、ふいにぐいと強い力で抱き寄せられた。

 頭がぽすりとアヴェルティールの胸に触れ、優しい体温がリーリャに伝わってくる。

 彼の体温を感じながら深呼吸を繰り返しているうちに、だんだんと恐怖に満ちていた呼吸が落ち着きを取り戻し、体温を失いつつあった指先にも血が巡ってきた。


「……少しは落ち着いたか」


 潜めた声での問いかけに対し、リーリャは頷いて答えた。

 アヴェルティールも小さく頷き返したのち、そっとリーリャの身体を解放する。


「即座に見つかることはないと思うが、奴らも必死だ。見つかる前にここを離れるぞ」


 こくり。もう一度頷き、リーリャは同意を示した。

 ここは祈りの間にある隠し部屋の中だ。壁の仕掛けに隠された場所は、まず即座に見つかることはない。

 けれど、だからといって過信するのも危険だ。仕掛けを作動させるだけでなく、壁を破ればここへ繋がる通路を見つけられるのだから。

 聞こえてくる声からして、リーリャとアヴェルティールを探す騎士たちは焦っている――焦っている人間は手段を選ばないことが多い。


「……でも、どうやって外に出れば……」


 祈りの間に繋がっている通路は使えない。

 馬鹿正直に目の前に広がっている通路を使って外に出れば、あっという間に見つかってしまう。

 だが、ぱっと見渡した限り、他に外へ繋がっていると思われる通路は見当たらなかった。

 不安げに表情を曇らせたリーリャへ、アヴェルティールが言う。


「レペンスがわざわざペンダントを渡したのには意味があるはずだ。それに、通路が一つだけだと神殿内部で何かあったときに逃げられない」

「……つまり?」

「俺たちが気づいていないだけで、緊急用の出入り口が用意されているはず」


 言われて見れば確かにそうだ。

 はっきりと目に見える出入り口は一つしかないため、この部屋にはそこでしか出入りできないと思いこんでいた。

 けれど、神殿内で何かあったときに逃げ出せない。

 ここはシャリテ神殿という一つの施設の中だ、何かあった際に使える脱出口が用意されている可能性はある。自分たちが十分に部屋を調べていないから気づいていないだけで。


「探すぞ」


 こくり。リーリャはもう一度アヴェルティールへ頷いて返事をし、そっと彼の傍を離れた。

 アヴェルティールと手分けをして部屋の中全体を見て回り、ときには家具の傍に何かおかしい箇所はないかチェックし、二人で他に出入り口が用意されていないかを探す。

 その間にも壁の向こう側から聞こえてくる足音や大声は止まず、リーリャに強い焦りを与えた。


(早く見つけないと)


 向こうが壁を叩いて調べ始めたら、音の響き方の違いから仕掛け扉を見つけ出されるかもしれない。

 そんな不安を抱きながら壁を調べていたリーリャの指先が、壁をつたって床に触れたそのときだった。


「!」


 身につけていた指輪とペンダントから、ぱあっと光が溢れた。

 瞬間、リーリャが触れた箇所の中央に鍵穴が浮かび上がり、鍵が開くような音が空気を震わせる。

 指輪とペンダントから溢れた光に反応するかのように、触れた箇所の内側から白い光が漏れ出し、大きくぐるりと正方形を描いた。

 非常に見覚えがある。少し異なるところもあるが、これはトレランティア神殿で仕掛け床を作動させたときと非常によく似た現象だ。


「リーリャ? 何か見つけたのか?」


 異変に気づいたアヴェルティールが傍へ駆け寄ってくる。

 その頃には溢れていた光も収まり、リーリャの足元に人間が容易に通れそうなハッチが現れていた。


「……多分、何かの仕掛けが施されていたんだと思います」


 床の一部分に触れた途端、指輪とペンダントから光が溢れてハッチが現れた。

 どのような仕組みなのかはわからないが、このハッチはリーリャが身につけている指輪とペンダントがなければ見つけられないようになっているのだろう。

 レペンスがわざわざペンダントをリーリャに渡してくれたのか、この意味もあったのだ。


「脱出口かはわかりませんが……でも、わざわざ仕掛けをして隠してあったんです。緊急用の脱出口である可能性は高いかと」


 もしそうでなくても、一時的に身を隠すくらいはできるはずだ。

 互いに頷き合い、アヴェルティールがハッチの扉に触れ、ゆっくりと開く。

 床とほとんど同じ色合いをしたハッチの向こう側には地下へ続く階段が続いており、下へ降りられるようになっていた。

 こんこんこん。背後で追っ手が壁を叩き、調べ始めた音がしている。


「……降りるぞ」

「はい」


 ここが見つかるのも時間の問題だ。

 お互いにしっかりと外套を身に着け、荷物を持ったのち、まずはリーリャが先に階段を降りて地下へ移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る