6-3 リインカーネーションと最後の巡礼

 森の中に続いている小道を走り抜け、リーリャとアヴェルティールを乗せた馬が木々の間に広がる夜闇の中へ飛び込む。


「ッ待て! 止まれ!」


 背後から騎士と思われる声が聞こえたが、止まるつもりもなければ振り返るつもりもない。

 振り返るかわりにアヴェルティールが走る速度をあげる指示を出し、二人を乗せた馬は夜闇に包まれた森の奥へどんどん進んでいく。


 だが、向こうも簡単に諦めるつもりはないらしく、背後から飛んできた矢が近くの木に突き刺さった。

 弓矢まで持ち出してきたという、なりふり構っていられなさにリーリャの顔が青ざめた。

 声をあげる間もなく次の矢が今度は進行方向へ突き刺さり、アヴェルティールが舌打ちする。


「本当に手段を選ばなくなってきたな、向こうも!」


 向こうからすればリーリャは保護対象で、アヴェルティールは今代のリインカーネーションを連れ回している襲撃犯だ。

 世界の滅亡が近づく中、それを救うといわれている存在を連れ回しているように見えるだろうから、それもあって余計に捕らえようと必死になっているに違いない。

 世界の滅亡が近づいている――だなんて、王が自らの地位を守るためについた嘘だという事実を、彼ら騎士団は知らないのだから。


「リーリャ、落ちないようにしっかり掴まっていろ!」


 一言そういいながら、アヴェルティールが手綱を操り、進路方向を変えた。

 矢が突き刺さった道ではなく違う道を選び、夜闇に包まれた森の中を走り続ける。

 その間も背後から飛んできた矢が周囲の木々や進路先に突き刺さり、そのたびにリーリャの喉から声にならない悲鳴があがった。

 落馬しないようにしっかりとしがみつき、バランスを取りながら流れていく景色を横目で見やる。


 馬の背の上から流れる景色を眺めるのは、アヴェルティールと出会った数日の間で何度も繰り返されたことだ。

 だが、普段よりも速く周囲の景色が流れていくこと、そして空を裂く音をたてて背後から矢が飛んでくるのがいつもと同じではないとリーリャに思い知らせてきていた。

 すぐ眼前にまで危険が迫っている状況は、まるでアヴェルティールとはじめて出会ったあの日のようだった。


「くそっ、本当にしつこいな!」


 ひゅん。

 また空気を裂く音がし、今度は馬の足元に突き刺さった。

 なんとか矢に当たらないよう避けながら、ときに進路方向を変えながら、二人を乗せた馬はひたすらに森の中を進んでいく。

 ふいに、木々に囲まれていた視界がばっと開け、大きな建造物がリーリャとアヴェルティールの目の前に姿を見せた。


(……神殿?)


 森を抜けた先にあったのは、大きな神殿だ。

 これまで目にしてきた神殿と非常によく似ているが、ここは長い時が流れる中で朽ちていた。

 かつては白かったはずの壁も今は見る影もなく、薄汚れてところどころが崩れている。閉ざされているはずの扉も開けっ放しになっており、壁だけでなく扉も一部が朽ちていた。


 深い森の中にぽつんと建っている様子は、神殿というよりは遺跡という言葉が似合いそうだ。

 アヴェルティールなら、この神殿がどういう場所なのか知っているだろうか――ちらりと彼を見上げた瞬間、リーリャの心臓がどくりと嫌な音をたてた。


「……やってくれたな、あいつら……!」


 音がしそうなほどに強く手綱を握りしめ、アヴェルティールは怒りを滲ませた目で神殿を見つめていた。


「……あ、あの、アヴェルティールさん。あの神殿についてご存知なんですか……?」


 彼の表情から、あの神殿が自分たちにとって良いものではないのは簡単に予想できる。

 それでもどのような場所なのか知りたくて、リーリャはアヴェルティールへ尋ねた。

 わずかな空白を置いたのち、忌々しそうな声色でアヴェルティールが言葉を吐き出す。


「……リインカーネーションが最後に訪れる場所。リベラリタス神殿だ」


 頭だけでなく全身に強い衝撃が走り、リーリャの呼吸が一瞬詰まった。

 リベラリタス神殿――初代リインカーネーションが綴った日記の中にも登場していた、彼女が最後に祈りを捧げた神殿。

 そして、後世に生まれてきたリインカーネーションたちが最後に訪れる神殿。

 リーリャの脳裏に、聖女としての教育を受けていた際に教えられた言葉がよみがえる。


『最後に訪れるリベラリタス神殿では、聖女様が天上の国へ向かうための儀式も行いますから――……』


 つまり、リベラリタス神殿は多くのリインカーネーションが命を落としてきた場所になっている。

 己の命が奪われる場所だと理解した瞬間、かたかたとリーリャの身体が震えだした。


「おそらく誘導されていたんだろう。矢を射ってきたのも、俺を直接討ち取るよりは進路方向を変えるのが目的だったんだろう」


 強い焦りと怒りが込められた声で言葉を紡ぎ、アヴェルティールが歯噛みした。

 わざわざリーリャとアヴェルティールをリベラリタス神殿まで誘導したということは――ここでアヴェルティールを捕らえ、歪められた伝説のとおりにリーリャの命を奪うつもりだ。


「……くそっ」


 相手の意図に気づいても、リベラリタス神殿を目の前にした今ではもう遅い。

 引き返そうにも引き返せず、ここを離れようにも他に道はない。


 突入するしかない。


 そう判断し、アヴェルティールが馬へ加速の合図を送る。

 馬に乗ったまま神殿の中へ飛び込むと、即座に軽やかな動きで飛び降りてすかさずリーリャを抱き上げた。


「走るぞ! トレランティアやシャリテの神殿のように、どこか隠れられる場所があるかもしれない!」

「は、はいっ!」


 頷き、一瞬悩んだのち、リーリャはアヴェルティールの首に両腕を回した。

 アヴェルティールもリーリャの身体を支えている腕にしっかりと力を込め、力強く床を蹴って走り出した。

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