第6話 後を追う者ー⑪

「それで実際のところ、お主はクロノアのことをどう思っとるんじゃ」


 湯に浸かり、湯船に浮かべた桶に入っている徳利から注いだ酒を飲みながらのんびりとしたクノイチがルナに訪ねる。


「どうと言われても、正直良く分からない。何せ誰かと付き合うなど生まれて初めての経験なんだ」


 暖かな湯に顔を緩ませふやけ切ったルナは、勧められた酒を断りながら考え込み始める。


「ま、そりゃそうじゃな。あの父親が誰かと付き合わせる訳も無かろうしの。しかし初めての相手があの馬鹿弟子、お主の元ストーカーで癇癪持ちのむっつり野郎とは。……お主よくアレと付き合う気になったな」


 戦いを終え、一先ずはわだかまりが無くなった三人はサックの街へと戻ってくるとそのまま温泉に入ることにした。


 戦いのせいでルナとクロノアは全身が汚れ、クノイチに至っては土が変化したスライムの影響で全身ベトベトと全員が何よりも温泉をに入るのを望んだからだ。


「確かに些か問題はあるが彼は悪い人間ではない。私の命を二度も救ってくれたのだから感謝しているしな」


「それはつまり命の恩人だから付き合っている訳か」


 そう言われると語弊がある気もするが、ルナは考えれば考える程にあの時自分が出した答えが惰性的なものだった気がし始め、気分が落ち込み始める。


 あの時、無理にでも、それこそ刺されたとしてもクロノアを自分から遠ざけ、自分への依存から解放させるべきだったのではないかと思えてきた。


「私の判断は間違いだったのだろうか」


「おっと、恋愛赤子の筋肉ダルマには聊か難しいことを聞いてしまったかの。単純に考えるとええぞ、例えばあやつのどこを好いとるとか」


「クロノアの好きなところか……」


 命を狙われ行き場をなくした自分の世話を焼いてくれた優しいところ、戦闘になれば魔法士とニンジャ、二つの力を操るところ、色々とクロノアについて思い浮かべてみたが、どれが恋愛に繋がる印象なのかよく分からないルナは悩みに悩み抜いた結果、ふと無意識に呟いてしまう。


「彼はとても可愛い」


 ルナの呟きを聞いた途端、クノイチは大声で笑い出した。


「クックックック、そうじゃ、それでいい。あ奴の中身に惚れたなどと言われる方が余程気味が悪い。わしに感謝しろよ、あ奴に戦い方を教えて見た目を磨かせたのはわしなんじゃからの」


 呟きを聞かれたことをルナは恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら湯船に沈んでいった。


「おっとっと、少し揶揄いすぎたの。ほれ、潜るのはマナー違反じゃぞ」


 沈んだルナを引き上げたクノイチは、マジマジとルナのことを見始めた。


 羞恥心と少し湯あたりしたせいか、真っ赤になった顔はどこか可愛らしくもあり、鍛えすぎと言える程に筋肉は付いているが出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ素晴らしいプロポーションの体。


 少し趣味とは違うが、十分にクノイチからすると遊びたいと思える女性の条件に当てはまる。


 そこでふとクノイチは閃いた。


「のうルナや、今夜一緒に遊ばぬか? 乙女のお主に一歩大人への階段を昇らせてやろう」


 クノイチはルナの腰に手を回し、顎に手を添え引き上げると、ナンパの時に使うとびっきりのキメ顔をする。


 しかしそのキメ顔は一秒と持つことは無かった。


 どこからか飛んできた風呂桶がクノイチの後頭部を的確に捕らえ直撃したからだ。


「何ルナさん口説いてんだよ色ボケババア! だから二人が一緒に入るのは反対だったんだ!」


 風呂桶を投げた主であるクロノアの絶叫が浴場に響き渡る。


 驚いたクノイチとルナが声の方を見ると今回も誰も客がいないのをいいことに壁を這い上って来ていたクロノアが、壁の縁で仁王立ちしていた。


 それも真っ裸で。


「この馬鹿弟子が! 師匠に物を投げるとは何ごとじゃ! それに可愛らしいのがプラプラしとるのも仕舞わんか。……いや、中々成長したな」


 クノイチの言葉に自分の下半身を見たクロノアは、腰に巻いてあった筈のタオルが消えていることに気づく。


 おまけにルナがこっちを見ているのにも。


「え、あ、ちょ! すいません! ルナさん見ないで下さい!」


「見ないでも何もまた覗くとは、流石に許せんぞ!」


 一回目の時は有耶無耶になったが、二度目の覗きともなるといい加減ルナも怒りを覚える。


「そうじゃそうじゃ! わしはお主をそんな不埒者に育てた覚えは無いぞ馬鹿弟子!」


 怒るルナに、面白半分で怒ったりフリをしたクノイチが二人揃って覗き魔を成敗する為風呂桶を投げた。


 股間を隠しているせいでキャッチしようにも両手が塞がっている状態で出来る訳が無く、更にルナに怒られたことがショックでテンパってしまい避ける余裕が無いクロノアの顔面に見事二つの風呂桶が命中する。


「ぎゃいん!」


 情けない声を出したクロノアはそのまま男湯の湯船へと落ちて行った。


「全くあ奴は。ルナよ、馬鹿弟子はお主の裸が余程見たいようじゃ。この際、覗きで捕まる前に今晩じっくり見せてやれ。もちろんわしも一緒に楽しませてもらうがの」


「それは御免被る!」


「ぎゃいん!」


 今度はクノイチの額にルナの剛腕から放たれた白い石鹸が命中して砕けるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元イケメン男装騎士の流浪伝 ~長男が生まれて家から命を狙われたので冒険者になって自由を謳歌することにした 武海 進 @shin_takeumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ