第6話 後を追う者ー⑩

「どうやったってお主らに勝ち目なぞ無いんじゃからいい加減降参せんか。少し面倒になってきた」


 実力差は事前に分かっていたことであり、その程度のことで諦め二人が白旗を上げる訳が無く、クロノアは飛び上がると今度は木の枝から枝に飛び移りながらクノイチに魔法を放ち攻撃する。


「お主は猿か何かか。仕方がない、付きおうてやる」


 魔法を躱しながらクノイチも飛び上がると、二人は枝を飛び移りながら戦い始めた。


 ルナはもちろん下から見ることしか出来なかったが、この状況はルナとクロノアが待ち望んだものだった。


 ルナはクノイチとクロノアの動きが目で追えなくても、動く枝は追うことが出来たのでどんどん離れていく二人を走って追いかける。


 一方の木の上での戦いは当たり前だがクロノアが劣勢であり、次第に追い詰められていく。


 高速での戦闘の上に魔法を乱射しているクロノアの体力は瞬く間に消耗していき、遂に枝の上で動きを止めてしまう。


「クックックック、どうやら限界らしいのう。手間を掛けさせおって。さあ、降伏せえ」


 クノイチも動きを止めて、クロノアに降伏を迫ったその時であった。


「お師匠様、私のこと、好きにしていいですよ」


 クロノアがスーツのスカート部分を捲り上げ、股間の膨らみを見せつけながら、今までクノイチが聞いたことのない猫なで声を出して、クノイチを誘惑し始めた。


 潤んだ瞳が更にその効果を倍増させ、クノイチは普段とのギャップに大興奮してしまい、一瞬脳がフリーズを起こしてしまう。


「スラッシュガスト!」


 この時を待っていたルナが放った斬撃を飛ばすコマンドアーツによって、クノイチとクロノアが乗った木の枝が根元から切断された。


 突如クノイチは浮遊感に襲われ我に返り、慌てて体勢を立て直して着地しようとするが、地面に両足と両手が付いた瞬間、地面に穴が空き、クノイチの体が沈んだ。


「これは一体何なんじゃ!」


 穴からクノイチが出ようとしても全身がとんでもない粘り気を持つ粘着性の物に絡め捕られてしまい、ろくに動くことが出来ない。


 流石のクノイチも混乱して大声を上げていると、ひらりと降りてきたクロノアが底意地の悪い顔で笑い出す。


「アッハッハッハ、ザマアないですねお師匠様。あんなしょうもない色仕掛けに引っ掛かって落とし穴に落ちるとかどんだけスケベなんですか」


 昨夜、ルナとクロノアは打倒クノイチの為に作戦を考えていた。


 そこでクノイチの性格や性癖を熟知していたクロノアが発案したのがこの落とし穴作戦である。


 クノイチを今の二人では絶対に倒せない、それどころか真面に攻撃を当てることすら無理なのだからと、クロノアは落とし穴にクノイチを落として動きを封じようと考えた。


 もちろん、ただ誘導したところでまず気付かれて引っ掛かる訳が無いので、クロノアが落とし穴に気付かれない様に木の上での戦闘に誘い出し、地面から引き離すことでその問題は一先ず大丈夫だろうということになった。


 だが、木の枝から正攻法ではクノイチを落とせないので、穴の上にまで誘導した後は、クロノアが色仕掛けすることでクノイチに大きな隙を作らせることにした。


「アイツ、僕がそんなことする訳ないって思ってますから絶対引っ掛かりますよ」


 クロノアの予想通りにクノイチは色仕掛けに引っ掛かり、隙が生まれた。


 そしてようやくここでルナの出番だ。


 ルナの技で枝を切り飛ばして枝から落とし、万が一落とし穴に気づいても穴を躱せない状況を作り出したのだ。


 だが、例え落とし穴に引っ掛かっても直ぐに這い出られては意味がないので、二段構えの策として、クロノアの地面をスライム状にする魔法を使って落とし穴を脱出不可能にしておいた。


 こうして完璧な作戦を立てた二人は昨夜の内にここに来て準備を整えていたのだ。


 決闘場所を指定したのだから自分達が何か罠を仕掛けないか監視しているか、寧ろクノイチが罠を仕掛けるのではとルナは危惧したが、クロノアは否定した。


「どうせ今頃部屋に女でも呼んで、酒飲みながら乱痴気騒ぎしてるだろうから大丈夫ですよ」


 クロノアの予想通りクノイチは自分の部屋に何人も女を呼んで盛り上がっていたらしく、遅刻して来たことでそのことを察したクロノアは作戦が露呈していないのを確信した。


「どうだ、僕とルナさんの息の合ったコンビネーションは! ベストカップルって感じだろう」


 自分の策が上手くいったのが余程嬉しいのかクロノアはクノイチを煽り倒す。


 クノイチは悔しそうに顔を歪めるが、どうやっても身動きが取れず、遂に諦めたのか落とし穴から抜け出そうとするのを辞めた。


「さあルナさん、止め、やっちゃって下さい!」


 いよいよ最後の時が来たと観念したクノイチは命乞いなどと見苦しい真似をせずに、潔く死のうと剣を振り上げるルナを真っすぐに見上げる。


 だが、ルナが剣を振り下ろしてもクノイチの首は飛ぶことはなく、代わりにクノイチの絶叫が上がった。


「い、痛いではないか! 何をするんじゃ」


「何をと言われても、貴女に一撃入れただけなのだが。これでこの決闘は私とクロノアの勝ちと言うことでいいな」


 ルナは剣を振り下ろしはしたものの、刃で首を跳ねるのではなく、切れないフラーの部分で思い切りクノイチの頭を叩いたのだ。


「そ、それはそうじゃが。……お主が生きておることを知っている人間を生かしておいていいのかえ」


「それは良くはないでしょうが、私達を殺さないように戦っていた貴女を殺すことは出来ない」


 ルナの言葉にクノイチは呆気に取られてしまう。


「クロノア、お主はいいのか? わしが嫌いなんじゃろ」


「ルナさんがそう決めたんなら僕に異論は無い。それに、アンタのことは嫌いだけど、あの時アンタに拾って貰ったからこうしてルナさんの隣に居られるんだから、殺したい程恨んだりはしてないよ」


 生真面目なルナと、意外な弟子の言葉を聞いたクノイチは笑い出す。


「クックックック、負けた負けた。これはわしの完敗じゃの。おい、降参するからここから出るのを手伝わんか」


 ルナとクロノアは強敵への勝利の嬉しさと、自由を勝ち取った喜びを互いの手を取って分かち合うのであった。


 そんな二人をクノイチは微笑ましく見つめながら思う。


「あの、早く穴から出してくれんかの? 全身ねばねばして気持ち悪いんじゃが……」


 ちなみにこの後、クノイチはきちんと救助されたのだが、腹にロープを結ばれスライム状の地面から引き離すという力業で助けらた。


 しかし、クロノアとルナが思っていた以上に粘り気強かったせいで時間が掛かり、その間ずっと腹にロープがめり込んでいたクノイチは「は、腹が千切れる! 殺す気かお主らは!」と、ずっと叫んでいたという。

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