Steal・23 苺ちゃんの秘密
カメラのチェックか。
それもあまり実りはなさそうだ。
どっちに行ったか分かったところで、何の意味もない。
例えば、爆殺トカゲはクラブを破壊したのち、北へ向かいましたというのが分かったとする。
しかしカメラから外れたあとで東に曲がったかもしれないのだ。
他のカメラにまで爆殺トカゲが映っているとは思えないし。
「気が進まないのね?」
「ああ。意味があるとは思えなくてな」
「私だって思わないわよ。でも、正直、本当に手詰まりなのよね。自宅を押さえ、車を押さえ、ラボまで押さえたのに、今どこにいるのか分からない。結局のところ、今どこにいるのか分からなければ逮捕もできないでしょう?」
「なるほど。なんだかんだで、苺ちゃんも公務員だよな」
「何よそれ。どういう意味?」
「なんで思い付かないかねぇ。おびき出す、って方法をさ」
俺は小さく肩を竦めた。
居場所が分からないなら、分かるようにすればいいだけの話だ。
俺たちはもうずっと後手に回っているのだから、ここらで先手を打つべきだろ。
「おびき出す?」
「そ。餌を撒いて、釣るのさ。まぁリスクは高いが、リターンも大きいぜ?」
上手くいけば、それで全て終わる。
上手くいかなくても、俺らの爆死という結果で終わってしまうけれど。
「いいわ。聞かせて」
苺が姿勢を正し、真剣な表情で言った。
「誰でも思い付くことさ。まぁ、真面目な捜査官は思い付かないかもしれないが」
苺は型破りだし、違法捜査もやるけれど、警察と同じく攻めの姿勢は見えない。
居場所が分からないから一般市民からの通報を待つ、なんて姿勢じゃ爆殺トカゲは捕まえられない。
そういうレベルの犯罪者なのだ。
「悪かったわね。真面目で頭の硬い捜査官で」
俺はそこまで言ってない。
が、まぁいい。
苺にせよ他の捜査官にせよ、犯人に自ら来てもらう、という考えがそもそもないのだから仕方ない。
◇
夜、マンションに帰るとテンティが部屋の中でくつろいでいた。
「よくここが分かったな」
俺はテンティに住所を教えてない。
「ヘイズ、私を甘く見たな……」
一人掛けのソファにだらりと腰掛けたまま、テンティが俺を見詰めた。
俺は肩を竦めてから冷蔵庫を開ける。
そうすると、昨日まではなかった大量のジュースが入っていた。
テンティに視線を送ると、「飲んでもいい」と言ってくれたので、ペットボトルのコーラを手に取った。
なんだかんだで、買い物して帰るのを忘れていた俺には、このジュースの山はかなりありがたい。
俺はリビングの床に座ってコーラを飲んだ。
本来ならソファに座りたいところだが、コーラに免じてソファはテンティに譲る。
「これ、盗ってきた……」
いつの間にか、テンティは右手にA4サイズの封筒を持っていた。
「それは?」
俺は立ち上がり、テンティの前まで移動して座り直した。
「苺ちゃんの……秘密」
「苺ちゃんの秘密?」
「そう……。デジタルでは抜けていた記録……」
「紙では保存されてたってことか」
なるほど。
俺たちと別れたあと、テンティは情報局の記録保管室を物色していたのか。
我が弟子ながら、なかなかやるなぁと感心した。
それと同時に、情報局の情報管理が割とずさんで少し心配になった。
まぁ、わざわざ紙の記録を外部の人間が盗みに入るなんて、そもそも想定していないのだろうけど。
「これと交換で……私も仲間に入れて」
「ああ。いいぜ。まぁやることは特にねぇんだけど」
作戦はすでに決まっている。
爆殺トカゲに対しても、苺に対しても。
テンティはイレギュラーでしかない。
仲間にするのはいいが、役割は与えない。
「じゃあ作って……」
「やることをか?」
俺が質問すると、テンティは大きく頷いた。
「んー。そうは言ってもなぁ、今更なんだよなぁ」
困った。
苺の情報は欲しいが、テンティに役割を与えるのは諸刃の剣だ。
俺はわざとらしく顔を歪めたりして困っているアピールをしたが、テンティは無表情だった。
「一応聞くが、どっちのゲームに参加したい? 苺ちゃんの方か? トカゲの方か?」
「……苺ちゃん」
「分かった。考えておく」
「今……考えて」
「どうしても?」
俺が問うと、テンティは力強く頷いた。
さすが俺の弟子。
俺の性格をよく分かってる。
考えておくと言いながら、結局最後までスルーしようと思っていたのけど、どうやら通用しないようだ。
「んじゃあ、逃げたあとのアジトの手配を頼もうか。この街を出る気はねぇから、まぁ近隣で頼む」
「それだけ?」
ぶっちゃけ、セーフハウスをいくつか持っているので、新しいアジトだって必要じゃないのだ。
テンティのために仕方なく言ったのだが、テンティは満足してくれないようだ。
まぁ、俺がセーフハウスを持っていることはテンティも知っているしな。
「ちょっと考えさせろ」
言って、俺はコーラを半分近く一気に飲んだ。
さてどうしたもんかな。
本当に今更テンティにやってもらう仕事はないのだ。
全ての準備は完璧なのだ。
トカゲを捕まえた次の日にはサヨウナラって感じなんだよなぁ。
もしくはその日のうちに。
数分、俺は必死で考えたが何も思い付かない。
「分かった……。もういい」
テンティが溜息を吐いて、封筒を俺に手渡した。
「本当にいいのか? これはお前の成果だぜ? 無料で俺に譲るってのか?」
とか言いながらも俺は封筒を受け取り、中の資料を取り出した。
「1つ貸し。いつか返して……」
「オッケー。物分かりのいい弟子で嬉しいよ、俺は」
テンティに笑顔を1つプレゼントしてから、俺は資料に目を通した。
そしてある結論に達する。
「これ、お前も見たのか?」
「……もちろん」
「見解は?」
「秋口苺は……少なくとも一回、捜査でブラッドオレンジを名乗ったことがある……」
「それだけじゃねぇ。そもそもブラッドオレンジなんて詐欺師は存在してねぇかもな」
秋口苺の秘密。
苺は諜報員なんかじゃなかった。
まぁ、思い返してみれば、苺本人は自分が諜報員だったと認めていない。
俺がそう思っていたから、そう思わせるような発言はしていたが。
「潜入捜査官、か」
それがデジタルでは消えていた苺の記録。
捜査対象は、テロ組織と見られている新興宗教団体に武器を流していたマフィア――上条沙羅の組織。
「なるほど、自分じゃ警告に行かないわけだ。顔が割れてんだもんなぁ」
沙羅は俺に自分たちを騙した取引相手は女だったと言った。
それが潜入捜査中の苺であることは、この資料から簡単に推測できた。
さて、なぜこの記録がデジタルから消されたのかだが、たぶんこういうことだろう。
情報局のテロ対策班の権限はあくまでテロ組織やテロリストまでで、武器を流しているマフィアには手を出せない。
だからこの記録は表に出せないのだ。
テロ組織を弱体化するために、武器の提供元を先に弱体化させたということ。
その考えは間違っていない。
テロ組織を一つ潰しても、武器を提供する連中がいたらまた新たなテロ組織が簡単に生まれてしまう。
だから提供元を弱体化――できれば潰したかったということ。
その方法として、騙し取った現金と取引の動画を警察に提供した。
情報局の関与がバレないよう、果物のブラッドオレンジを添えて。
「ブラッドオレンジってのは、複数の組織や犯罪者が創り上げた虚構……ってことか」
罪をなすりつけるための幻。
そう考えれば、被害者の証言がチグハグなのも頷ける。
それに、ブラッドオレンジとして逮捕された連中が揃って模倣犯だったことも。
が、ブラッドオレンジを名乗って詐欺を働く奴の中に、俺の返した絵を盗み直した奴が存在するのもまた事実。
見つけたいのはそいつ。
複数存在するであろうブラッドオレンジの中の一人。
「それはそれとして、苺ちゃんをからかうか」
俺は支給品のスマホを出して、苺にコールした。
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