Steal・24 ブラッドオレンジの沼
苺は割とすぐに電話に出た。
「何か用?」
「ああ。大した用事じゃねぇんだが」
「じゃあ切るわね」
「待て待て。そう焦るなって」
なんだよ冷たいなぁ。
こいつ本当に俺のこと好きなの?
あるいはそれすらもフェイクか?
やべぇ、考えすぎると沼るから止めよう。
「それで? なんなの?」と苺。
「苺ちゃんさぁ、俺がブラッドオレンジを名乗って怒ったろ?」
「正確には、私たちを騙していたから怒ったのよ」
「そりゃそうだな。うん。まぁそれはいい」
「だから、なんなの?」
「潜入捜査って、やっぱ大変か?」
沈黙。
「しかも手柄は警察だもんなぁ。やってらんねぇってか?」
「いつ盗ったの?」
苺は状況を察したようだ。
「俺じゃねぇ。俺には苺ちゃんの知らない優秀なスタッフがいるもんでね」
「そう。テンティね。あのガキ、やってくれるわね」
おおう、即バレした。
「まぁいいわ」
「いいのかよ」
「ええ。それ一応機密だから、自分からは言えなかったってだけ。ヘイズに知られて困るようなことはないわね」
「それもそうか」
苺は仕事をしただけで、悪いことはしていない。
いや、越権だから悪いことではあるのだが、局の方針に従ったまで。
まぁ俺がこの資料を警察に持って行けば苺も情報局も少し困るだろう。
でも本気では困らない。
なぜなら手柄は警察のものなのだ。
当時のテロ対策班の班長か、対内課の課長あたりが軽く罰を受けて終わりだろう。
「とにかく、その資料は明日持って来て。コッソリ保管室に戻しておくわ」
「了解」
「素直ね……。他にも何かあるの?」
「ああ。聞きたいんだが、ブラッドオレンジってのは虚構なのか?」
「違うと思うわ」
「ほう」
「確かに多くの人間がブラッドオレンジを名乗って詐欺に走っている。これは間違いないわ。証言の食い違いなんかもそれで説明できるしね。でも」
「でも?」
「中心となるブラッドオレンジ、あるいは最初に果物のブラッドオレンジを被害者に渡した奴がいるでしょう?」
「なるほど。そりゃそうか」
最初にそれを始めた奴がいる。
当たり前のことだ。
「ねぇヘイズ、それってあなたじゃないわよね?」
「違うね。俺はブラッドオレンジが嫌いだ。まぁ、ブラッドオレンジたち、ってのが正しいのかもしれねぇが」
「信じるわ」
「ほう。なんでだ?」
「声の調子で事実を話していると私が感じたから」
「そっか。それはそうと、苺ちゃんじゃないよな? 最初のブラッドオレンジ」
「有り得ないわ」
苺は酷く呆れた風に言った。
声の調子から、嘘を吐いているという風ではない。
それにまぁ、俺も苺がブラッドオレンジだとは思っていない。
苺の場合は潜入捜査の仕上げで、その名前を借りただけだ。
「まぁ、そりゃそうだよな」
苺は俺の熱狂的なファンではあるが、自ら犯罪に走るようなタイプではない。
短い付き合いだが、それだけはよく分かった。
そりゃ、今までの苺の言動が全部演技だというなら、その限りではないけれど。
まぁ沼るから止めよう。
ただ、苺は俺と同等の泥棒になれるポテンシャルがあるので勿体ないとは思う。
「それより」苺が言う。「ブラッドオレンジが複数だってことが明日の作戦に差し障るのかしら?」
「爆殺トカゲはブラッドオレンジが複数だって知らないわけだし、明日の作戦に支障はねぇよ」
今はブラッドオレンジや苺のポテンシャルより、爆殺トカゲを捕まえるのが先決だ。
「局長の許可を得るのに苦労したんだから、失敗したら殴るわよ?」
「失敗するのは俺のせいじゃねぇよ」
お膳立てはしてやった。
逮捕するのは捜査官の仕事だ。
俺の仕事じゃねぇわな。
「それもそうね。じゃあ明日」
「ああ。明日な」
俺は電話を切って、床に寝転がった。
その数秒後、俺のスマホが音楽を奏でた。
苺が何か言い忘れたのかと思ってスマホの画面を見ると、非通知着信だった。
俺は一瞬だけ取るべきかどうか迷ったが、結局は取ることにした。
「もしもし?」
「ワタクシが虚構とは、寂しいことを言う」
電話の相手はボイスチェンジャーで声を変えていた。
男か女かも分からない。
俺はすぐにスマホの録音機能を使用した。
「誰だてめぇ」
「ワタクシが誰か分からないとは、寂しいことを言う」
相手の声量は大きくもなく小さくもない。
「何がワタクシだ。政治家かよ」
「ワタクシは詐欺師。君たちはブラッドオレンジと呼ぶ」
ああ、きっとそうだろうと思ったよ。
俺はテンティに指で苺の部屋を見てこいと指示を出した。
テンティは俺の意図を理解し、ベランダから外に出た。
賢明な判断だ。
玄関だと苺がチェーンロックをかけているかもしれない。
今ここにボルトカッターはないので、どうすることもできない。
しかしベランダなら、窓とその鍵だけなので、テンティでも余裕で侵入できるはずだ。
「ははっ、お前が本物って証拠は?」
「提示できるものはない。信じたくなければ、それでもいい」
タイミング的に、電話の主は苺って可能性もある。
まぁ、そうだとしたら一体何のためにこんな電話を寄越したのかという謎が残ってしまうけれど。
俺とのゲームの一環か?
「まぁいいさ。本物のブラッドオレンジだと仮定して話してやろう。なんで俺がお前を虚構と言ったことを知ってる?」
この部屋に盗聴器の類いはない。
それは昨日確認しているし、今日は確認するまでもない。
テンティはアホじゃない。
部屋でくつろいでいたということは、この部屋が安全だと確認したってこと。
「怪盗ファントムヘイズ。ハッカーはウリエルだけではない」
「ああ、そうだろうな。そうだろうぜ」
このご時世、コンピュータに詳しいお友達がいないと仕事が捗らない。
ブラッドオレンジは俺と苺の電話を盗聴したと言っているのだ。
「それで? 俺に何の用だ?」
「こうして話をするのは、初めてだな」
「キャッチボールしろよ。言葉のキャッチボール」
「すまない。何の用か、という質問だったか」
「ああ」
解せない。
というか意味が分からない。
こいつが本物であれ偽物であれ、俺に電話してくる理由がサッパリ分からない。
「ワタクシは幻ではない。そのことを、ハッキリと理解してもらいたかった」
「それだけのために電話を?」
「それだけ、とは悲しいことを言う。ワタクシにとっては、存在を否定されたに等しい。君は唯一、ワタクシが認めた泥棒。親愛の念さえ抱いているというのに」
「俺は怪盗タイプで、お前は詐欺師タイプ。土俵が違うだろう?」
「しかしながら、お互いに意識し合っていた」
まぁな。
その通りだ。
俺はブラッドオレンジを、ブラッドオレンジは俺を、長いこと意識してきた。
全てのブラッドオレンジではなく、ブラッドオレンジを名乗る連中の中のたった一人を。
「最近の君は」ブラッドオレンジが言う。「秋口苺とばかり遊んで、ワタクシのことを忘れているのではないかな?」
「苺ちゃんのことも知ってんのか」
「だいたいは。君がワタクシの名を使ったことも知っている」
「どういう情報網だ?」
「秘密だ」
「だろうな」
教えてくれるとは思っていない。
俺だって自分の情報網を他人に教える気はない。
と、ちょうどテンティがベランダから戻ってきて、苺はシャワーを浴びているというジェスチャを見せた。
俺は「苺のスマホは?」とやはりジェスチャで質問した。
ボディランゲージが通用する仲というのは便利だ。
弟子は持つもんだな。
テンティは右手に持っていたスマホを俺に見せた。
おおい、わざわざ盗って来たのかよ。
いや、まぁ確実だからいいんだけどさ。
俺は戻してこいと指示をして、テンティは再びベランダから外に出た。
「この空白は?」とブラッドオレンジ。
「別に。ちょっと質問したいことが多すぎて、まとめてたのさ」
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