Steal・22 俺は爆弾が嫌いだ


「確かに沙羅さんは伊達じゃねぇ」俺が言う。「けど、俺の情報網じゃ、日本情報局は爆殺トカゲに手も足も出てないらしい。かなりの知能犯って話だ」


「捜査してんのが情報局だってことまでは、こっちでも掴んでたが……」沙羅が神妙な顔で言う。「スパイ連中が手を焼くほどの相手か……なるほど分かった。警戒しておこう。で?」


「で? って?」

「情報はそれだけか? それだけなら、詫びには足りんなぁ」


 ニヤッと沙羅が笑った。

 やべぇ。

 これ殺されるパターンだ。

 もうちょい何か与えないと、生きてここから出られないかもしれない。


「茶番だ……」


 啓介が溜息混じりに言った。


「あん? つーか、お前誰様だよ?」


 沙羅が啓介を睨む。


「ただの用心棒だ。天下の武器商人様のな」


 啓介がチラリと俺を見た。

 その視線は「片付けていいか?」と聞いているようにも見えた。

 啓介なら、もしかしたら銃を持った二人の男も、格闘技経験のある女たちも、叩きのめせるかもしれない。

 だが危険だ。

 主に俺が。


「お前は黙ってろって言ったろ?」


 俺は少し強めの口調で啓介に言った。

 啓介はフンっと肩を竦めた。


「躾のなってない飼い犬だなクソガキ。あたしは今のでちょいと機嫌が悪くなった。意味分かるか?」

「ああ。大丈夫だ、情報は他にもある」

「聞こうか」

「爆殺トカゲの名前は隅田昭男。銀行員だ。いや、だったと言った方がいいか。声明を出してからは出社してねぇ」

「ほう……」


 沙羅は少し考え込むように沈黙した。

 沙羅が次に口を開くのを、俺はただ待った。


「よし。お前の情報網をあたしに譲れ。それで全部チャラにしてやる」

「は?」

「は? じゃねんだよクソガキ。聞こえなかったのか? 情報網を譲れ。それで過去のことは水に流してやるってんだ。悪い話じゃないはずだ。お前だって、ムショから出た早々に死にたくはあるまい?」

「いや、それはちょっと……」


 売るような情報網なんてないぞ。

 だって俺、日本情報局に雇われて、捜査に加わってるわけだし。

 いや待てよ。

 ウリエルを売るか。

 うん。

 それなら問題ないか。

 いや落ち着け俺。

 それは大問題だろう。


「じゃあ死ぬか?」


 沙羅が首を傾げた。

 あ、これ完全に本気で言ってる。

 冗談でも何でもない。

 仕方ない。

 逃げるか。

 警告するという任務は果たした。

 と、フロアの方で何かが激しく炸裂した。


 轟音と爆風。

 俺たちは咄嗟に床に伏せた。

 爆発が近かったせいで耳鳴りがする。

 沙羅が何か怒鳴っている。

 たぶん、「何が起きた!?」とかそういう感じの言葉だ。

 聞こえたわけじゃない。

 唇を読んだのだ。

 クソッ、どうなってんだよ!

 俺が立ち上がると、沙羅がフロアの方に降りていくところだった。

 二人の女も沙羅に続いた。


「おい待て! 行くな!」


 叫んだが、たぶん聞こえていない。


「爆弾だ! ここはまずい!」


 啓介が言って、即座に俺の手を引いた。


「そっちじゃねぇ、便所の窓から出るぞ」


 二階フロアの便所には窓がある。

 それは三年前に確認済みだ。

 改装していなければそこから外に出られる。

 再び爆発。

 空気が大きく震えた。

 なんて最悪なタイミングだ。

 どう考えても爆殺トカゲだろこれ。


 やることがエゲツない。

 1人殺して吹っ切れてやがる。

 まぁ、元々そういう素質があったのだろうけど。

 爆殺トカゲが躊躇うことはもう2度とないだろうなぁ。

 誰かがトカゲ野郎の心を乱さない限り。



「で、どうしてそんな格好をしているの?」


 警察や爆発物処理班とともに現場に駆けつけた苺が言った。


「……深いわけがある……あります」


 啓介が落ち込み気味に言った。

 俺と啓介は便所の窓を叩き割って二階から飛び降りた。

 そこで、啓介が苺に連絡を入れたのだ。


「まぁいいわ。状況は?」


 苺が元クラブの建物に視線を移した。

 そこには建造物の成れの果て、つまり瓦礫がいくつも転がっている。

 とはいえ、原型も半分ぐらいは残っていた。


「爆弾らしいぜ。啓介が言うには」


 まぁ、俺も爆弾だと思うけどね!

 まさか砲撃やミサイル攻撃ではないだろうし。


「間違いない」と啓介。


「……お手製爆弾かしら?」

「いや、どうかな。お手製の爆弾かもしれねぇし、普通のやつかもな? そこは分からないんじゃねぇの?」


 俺が啓介に視線を送ると、「どちらにしても非常に威力が高いです」と啓介が言った。


「そう。それにしても、ここまで徹底的に破壊するなんてね……」


 苺は呆れたように呟いた。

 しかしここはマフィアの本部。

 半端に攻撃する方が危険だ。

 全滅させるつもりでやらなければ、反撃を喰らって殺される可能性がある。

 その辺り、爆殺トカゲは弁えているようだ。


「そうですね」啓介が言う。「防犯カメラに映ることもお構いなしです」


 この通りにはカメラがある。

 マフィアの本部があるので、警察が設置したものだ。

 と、苺のスマホが鳴った。


「ええ。……そう。分かったわ」


 苺は手早く電話を済ませ、俺たちの方を見た。


「声明があったらしいわ。爆殺トカゲの犯行で間違いないわ。ここは鑑識に任せて、私たちはオフィスに戻りましょう」



 俺たちがオフィスに戻ると、ウリエルがニヤニヤ顔で言った。


「ヘイズ、また死にかけたのかぁ? 好きだねぇ、そういうの」

「別に好きじゃねぇよ」


 言いながら、俺は自分の席に座った。

 苺と啓介もそれぞれの席に着いた。

 まぁ、スリルは好きだがマジで命を懸けるのはゴメンだ。

 泥棒だぞ、俺。

 戦士でも兵士でもねぇって話でな。


「どうしましょう?」


 苺が少し疲れた様子で言った。


「何が?」と俺。


「爆殺トカゲよ。段々と腹が立ってきたわ」

「それには同意」


 最初から腹立たしい奴ではあったが。


「とりあえず、あたしが集めたマフィアの情報はもういらないな?」

「ええ。マフィア連中は仲良くお星様になったものね」

「で? 次はどう動くんだ? チーフ殿」


 俺は笑いながら言った。

 苺は少しムッとしたように目を細めた。


「竹本捜査官はもう一度聞き込みをして。どんな小さなことでもいいから、手がかりを見つけて欲しいの。特に爆殺トカゲとブラッドオレンジの繋がりについてお願い」

「了解ボス。すぐ行きますか?」

「ええ。終わったら直帰して明日報告してくれるかしら?」

「了解」


 啓介はすぐに席を立ってオフィスのドアまで移動した。

 それから振り返って苺に視線を送る。


「着替えてからで、いいですよね?」

「ええ。そんなチンピラみたいな格好で聞き込みしないで」

「了解」


 啓介は軽く肩を竦めてからオフィスを出た。

 本当、啓介って働き者だよな。

 俺はもう帰って寝てしまいたいぜ。


「あたしはー?」

「ゲームでもしてて」

「えー!?」

「冗談よ。爆殺トカゲのお金の流れを追ってもらえる?」

「いいけど、それ意味ないと思うぞ」

「俺もそう思う。犯罪者ってのはいつもニコニコ現金払い。カードなんか使わねぇ。爆弾の材料買った記録なんか残すかよ。当然、売った記録もな」


 カードで違法な物を買う奴はアホだ。

 並以上の犯罪者はそんなことしない。

 それこそ街のチンピラぐらいだろう、そんなバカ丸出しなことをするのは。

 まぁ、額の大きな取引だと口座間の電子送金を利用することもあるが、大抵は追跡不可能な口座を使う。


「じゃあやっぱりゲームでもしてて」


 苺は少し投げやりに言った。


「なぁ苺ちゃん、もしかして手詰まりなのか?」

「だとしたら?」

「いや、諦めるの早いだろ」

「諦めたわけじゃないわ。絶対に捕まえてやるって気合いはあるけれど、気合いだけじゃどうにもならないでしょう?」

「まぁな」

「とりあえず、私たちは情報分析課に行って、マフィアのクラブを吹っ飛ばしたあと、爆殺トカゲがどっちに行ったか調べましょう」

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