Steal・15 夢のような退屈しのぎ
俺は少し笑い、苺は口を少し開いたが何も言わなかった。
「毎日素敵なラブコールをありがとう。更新が楽しみで仕方なかった。いつの間にか、どんな奴がこのファンサイトを運営しているのか知りたくなって、知り合いのハッカーに頼んだ。ファンサイトの管理人を調べるぐらい、ウリエルでなくても可能だろ?」
「そして私を、見つけた……?」
「そう。日本情報局の秋口苺を見つけた。でも苺ちゃんは二年ほど記録がない。たぶん対外課でスパイをやっていたんだろう。その期間は忙しかっただろうに、俺へのラブコールは欠かさなかった」
「諜報員っていうのよ」
「そりゃ悪かった。続けるぜ。苺ちゃんは新設される特別犯罪捜査班に志願し、見事チーフの座を得た。啓介を引き抜き、ウリエルを仲間にし、ついに恋い焦がれた俺を仲間にした。俺のお膳立てで、だが」
「なるほど。今までの会話で、1つだけ確信したわ。あなたはやっぱり怪盗ファントムヘイズよ。ただブラッドオレンジの振りをしていただけ」
「そう。詐欺をしたもう一つの理由が、本物のブラッドオレンジを釣りたかったから。そろそろ表舞台に復帰しろよ、生きてんなら、ってな。でも」
「爆殺トカゲが釣れてしまった。だからあなたはこう言った。『妙なのが釣れちまったな』って」
「ふふ。よく覚えてるな」
「あなたの発言は全て覚えているわ。当然じゃない。ずっと会いたかった怪盗だもの。あなたの挙動、あなたの言葉、全部覚えてるの」
「おー、怖い怖い。そこまで愛されると、ちょっとキモイけどな」
キモイ、という部分で苺が少しムッとした。
まさか純愛だとでも思っているのか?
そうだとしたら、手の施しようがない。
頭がどうかしている。
まぁ、だからこそ、面白そうだと思ったわけだが。
「それで? ゲームって?」
「身分証を入れてるポケット」
俺が言うと、苺はすぐに内ポケットを探った。
そして赤いカードを取り出す。
「……予告状……?」
「ああ。読めよ」
「爆殺トカゲを捕まえたのち、私は煙のように消える。君の前から綺麗サッパリと。怪盗ファントムヘイズ」
「それがゲーム。俺は消える。苺ちゃんは阻止する。楽しもう」
「ただのヘイズじゃないのね」
「ああ。怪盗ファントムヘイズだ」
俺はヘイズと名乗る時とファントムヘイズと名乗る時を使い分けている。
それほど深くはないが意味はある。
「いいわ。受けて立つ。まずあなたに拘束衣を着せて、拘置所にぶちこみ、二四時間見張りを付ける。どうかしら?」
苺は予告状をクルクルと回しながら言った。
「それでもいいが、退屈だろう? もう一度司法取引だ。詐欺の罪も合わせて、五年か六年ってとこかな? コンサルタントをやる。爆殺トカゲは捕まえたいんだ。俺たちのゲームを邪魔したクソヤロウだからな」
「司法取引、ねぇ」苺はずっと予告状をクルクルと弄んでいる。「まぁ、違反はしていないし、できるかもしれないわね」
そう。
俺は司法取引の書面に対して違反をしていない。
司法取引後の犯罪行為は禁止されていたが、過去の罪を洗いざらい吐く、という決まりはなかった。
詐欺は司法取引前に行った犯罪なので、違反ではない。
まぁ、捜査ではいくつか違法なこともした。
けれどそれは捜査のためだし、苺は見逃すはずだ。
だいたいは苺の指示だし。
「条件としては」苺が予告状をポケットに仕舞った。「テンティを私に売ること。大丈夫、子供だから逮捕はされないわ。あくまで保護下に置くだけよ」
「いいぜ」
俺は即答した。
そのことに、苺は少々面食らった様子だった。
犯罪者はよほどのことがない限り仲間を売らない。
特に、俺のような有名な犯罪者は。
「テンティは元々、行き場のねぇガキだった。生きていけるように仕込んでやっただけさ。保護してくれるなら、まぁそれでもいいさ」
保護されてもなお、犯罪者として生きることをテンティが選ぶなら、それは仕方ない。
しかし逆に、まともに生きるというのなら、それはそれでいい。
テンティはまだ幼い。
どうにでも変化できる。
そのチャンスを与えることは間違いじゃないと俺は思う。
「いいわ。司法取引の件は上に通す。けれど、今日は拘置所で寝てもらうわ」
「いいとも。あそこはシンプルで好きだ」
「それと、テンティに電話して局に来るように言って」
苺はポケットからスマホを出して俺に渡した。
俺はスマホを受け取り、テンティに電話した。
◇
俺は畳4枚分の拘置所に逆戻りした。
窓があるけれど鉄格子がはまっている。
とはいえ、拘置所から出る方法はいくつかある。
まぁ、逃げる気もないのだけれど。
窓の外はすでに暗くなっていて、やがて今日という日も終わる。
今日は本当に楽しい一日だった。
秋口苺は俺の生涯において、もっとも素敵な敵となるだろう。
それだけの能力があるし、俺を逃したくないという気持ちがとても強いから。
苺は俺を愛している。
それはもう何年も前から一途に愛してくれている。
気が触れていると勘違いするレベルで、俺にラブコールを送り続けていたのだから。
今風に言うとヤンデレってやつかな?
違うか?
まぁいい。
今日はファンサイトを更新するだろうか?
スマホを取り上げられてしまったので、確認する術はないけれど。
とにかく、敵としては最高の条件を満たしている。
退屈な俺の日常に、いい刺激をもたらしてくれるはずだ。
俺はもう、ずっと退屈だった。
腐るほどの金と、業界トップクラスの能力を持て余していた。
難易度を上げるために予告状を出しても、警察は俺を捕まえられなかった。
テンティを育て、技術を教えたのも、退屈だったから。
俺は飢えている。
刺激に飢えてしまっている。
世界はとってもゆっくりで、灰色だ。
ファンサイトの管理人を調べたのも、半分は退屈だったからだ。
もちろん、毎日ラブコールを送るアホがどんな奴なのか興味もあった。
そして辿り着いたのが、日本情報局所属の、秋口苺だった。
苺は大学を卒業してすぐに情報局の情報教育学校に入った。
まぁ、簡単に言えばスパイ養成所。
対テロ捜査や防諜なんかも学ぶ。
1年間訓練を積んだのち、苺は情報局の情報部に配属される。
そして1年間働いたのち、記録が消える。
記録が消えている間は、対外課で諜報員をやっていたのだと思う。
苺も否定しなかった。
まぁ肯定もしなかったが、間違いないだろう。
そして、特別犯罪者捜査班のチーフになった。
その時から、俺は今の状況を夢に見ていた。
苺の能力が高いのは分かっていたし、俺を愛していることも知っていた。
遊び相手としては、最適だ。
だからこそ、こんな手の込んだことをして近づいたのだから。
クスッと俺は笑った。
苺はまだ、俺のもう1つの秘密に気付いていない。
そこに気付けなければ、このゲームは俺が勝つ。
すでに全て準備している。
俺の方は何も問題ない。
さぁ、苺はどう出るだろう。
もし、苺が俺の逃走を阻止できるなら、まだしばらくコンサルタントをやってもいい。
「まぁ、当面の問題は爆殺トカゲの方だな」
俺たちのゲームに横槍を入れた爆弾魔。
こいつは排除しなくてはいけない。
それはもちろん、正義のためなんかじゃない。
純粋にウザいからだ。
それとできるなら、本物のブラッドオレンジを釣りたかった。
奴もまた、俺の敵としては申し分ない。
けれど、もう1年ほど、奴は動きを見せていない。
本当に別件で逮捕されたか、死んでいる可能性がある。
もしそうなら、酷く寂しいが、仕方ないことでもある。
俺たち犯罪者は、明日生きているかどうか分からないのだから。
警察に射殺される可能性はあまりないが、犯罪者同士の揉め事で消される可能性は否定できない。
だからこそ、自分の身を守るためにも、人殺しとは組まない。
そして自分も、人を殺さない。
倫理の問題ではなく、立ち回りの問題。
と、拘置所のドアの鍵が外れる音がした。
当然だが、鍵は外からしか開け閉めできない。
俺は座ったまま、ドアの方を見る。
ドアが開いて、小さな女の子が飛び込んで来た。
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