Steal・14 プロローグの続き
「あなたイカレてるの!?」
苺が引きつったような歪な表情を見せた。
「ああイカレてるとも。当然じゃないか。秋口苺。俺がイカレてねぇなら、一体どこの誰がイカレてんだ? いや素晴らしい。よくぞ見抜いたとでも言おうか。ははっ、テンティの正体が分かったんだな?」
「ええ。あの二人にテンティの似顔絵を作らせたわ。酷く意外だったけれど、子供だったわ。女の子よ。あなたが駅でぶつかった女の子。竹本捜査官に似顔絵を見せて確認したわ。あなたがぶつかった女の子がテンティよ。そして、販売員の似顔絵はあなたによく似ている。決まりでしょこんなの」
「その通り。大正解。ピンポーン。秋口苺ちゃんには特別賞をプレゼントってね」
駅で俺にぶつかった子は俺の弟子だ。
スマホもツールも現金も、あの子がぶつかった時に俺のポケットに忍ばせてくれたもの。
「何が特別賞よ。ふざけんな。よくも騙したわね。最初から全部、あなたが仕組んでいたのね。でも何のために? 動機だけが分からないわ。あなたは何がしたいの? 理解できない」
「ははっ。ゆっくり説明してやろうか?」
「ええ。局の取調室でね」
苺が右手を上げると、路地の両側から大きな黒いバンが現れる。
そして両開きになっているバックドアから、特殊部隊らしき連中が数人降りてきた。
「おっと、どこの班の連中だ? お呼びじゃねぇよ、ああいう乱暴な連中は」
「彼らは情報局の特殊部隊よ。あなたを逃がさないために呼んでおいたの」
「はん。今更逃げるかよ」
「ブラッドオレンジ、詐欺容疑で逮捕するわ」
苺が俺をグルッと横に回して、腕を捻り上げてから手錠をかけた。
「手錠プレイならもっと優しくしてくれよ」
「悪いけどこれ、プレイじゃないの」
「そうかよ。ところで、黙秘権の告知しなくていいのか?」
俺は笑いながら言った。
「日本ではしなくていいのよ。それが必要なのは取り調べの時だけよ」
「そういや、そうだったな。優しく頼むぜ、苺ちゃん」
愉快痛快。
今日はいい日だ。
本当にいい日だ。
笑いが止まらなくて、連行されている間中、俺は肩を震わせていた。
◇
情報局の取調室は、六畳ほどの部屋だった。
テーブルが1つと、向かい合わせの椅子が一対あるだけの簡素な空間だった。
殺風景とも言うが、まぁ取調室らしくていい。
キラキラに飾られた取調室なんて、映画の中でも見たことない。
「んー」と軽く背中を伸ばす。
俺は入り口が見える方に座っている。
テーブルにはマイクがセットされているが、電源はまだ入っていない。
取り調べが始まると、発言が全て録音されるのだ。
俺から見て左前の床に三脚が置かれていて、その上のカメラが俺の方を無音で見詰めている。
音声だけでなく動画も撮影するということだ。
右手の壁を見ると、マジックミラーが設置されている。
あっち側には誰がいるのだろう?
苺の上司か、啓介か、あるいは誰もいないのかも。
俺はすでに左手の手錠を外されているので、逃げようと思えば簡単に逃げられる。
ちなみに右手の手錠は、テーブルと繋がっている。
正確には、テーブルに備え付けられている鉄の棒みたいなのと繋がっていた。
手錠用に作った棒である。
まぁ問題はない。
外せばいいだけだ。
でも、今のところ逃げる意味はない。
しばらく待っていると、資料を持った苺が取調室に入ってきた。
苺は酷く怒った様子で、資料をテーブルに叩き付けた。
「座れよ」と俺。
苺はビデオカメラを操作してから、俺の対面の椅子に腰掛けた。
「落ち着いているのね、あなたは」
「二回目だからな」
取り調べも、この部屋も。
「まぁいいわ」苺がマイクのスイッチをオンにする。「あなたは菊池太郎にキュービックジルコニアをダイヤモンドと偽って販売した。間違いないわね?」
「ああ。俺がやった」
「その時に、ブラッドオレンジを手渡した」
「ああ。手渡した」
少しの沈黙。
苺がジッと俺を見詰める。
睨んでいるわけじゃない。
ただ見ているだけ。
そんな風に見られたら少し照れる。
なんせ、苺は美人なのだ。
それはもう、本当に綺麗なのだから。
「あなたは誰なの?」
「誰、とは?」
「あなたは、怪盗ファントムヘイズの振りをしたブラッドオレンジなの? それとも、どちらもあなただったの?」
「当ててみろよ」
俺が肩を竦めると、苺は再び俺を見詰めた。
俺の微表情を見ているのだろう。
苺の能力は素晴らしい。
嘘を見抜き、心を読むのだから。
でも、完璧じゃない。
まぁ、完璧なものなど、この世には存在していないけれど。
あるいは、不完全な状態で全ては完璧なのかもしれない。
実に哲学的だ。
問題は、俺が哲学に興味がないってことだ。
「分からないわ」苺が溜息混じりに言った。「あなたが何をしたいのかも、分からない。説明してくれる?」
「素直だな」
「本当に分からないのよ。お願いだから説明して」
苺は少しだけ疲れたような表情を見せた。
きっと俺の思考をトレースしようと、取調室に入る前に何分も頑張ったのだろう。
「もちろんだとも。まず俺の目的だが、1つはこの状況」
「この状況?」
苺が目を細め、そして微かに首を傾げた。
「そう。秋口苺が、俺を捕まえる状況。万が一、俺がブラッドオレンジだと見抜けなければ、君はその程度。遊ぶ価値はない。だから俺は消える」
「どういうこと? 私と遊ぶために、やったって言うの?」
苺が再び目を細めたが、今度はちょっと睨んでいるような感じだった。
「そう言ったんだ。俺はブラッドオレンジとして詐欺を働き、夜にはファントムヘイズとして君に捕まった。君が俺を捜査に誘うことも折り込んで、な」
「分からないわ。昼間に詐欺をする必要はあったの?」
「もちろんだ。俺を釣るのに、ブラッドオレンジという名前が必要だろう?」
「私があなたを誘いやすいように?」
やっぱり苺が相手だと話が早くていい。
「そんなところだ。それに、俺がそうだと気付ける程度の捜査能力があるか、テストする必要もあった」
「何のテスト?」
「ゲームをする資格があるかどうか。君は合格。特別賞をプレゼント」
俺はパチンと指を弾いた。
「何のゲーム?」
「答えてもいい。けど、録音や録画を止めた方がいい。君のために」
俺がそう言うと、苺は少し迷ってからマイクを切った。
それから立ち上がり、カメラを操作してまた元通りに座った。
「これでいいの? ちなみに、ミラーの向こうには誰もいないわ。ここからは完全なオフレコよ。話して」
「俺は君のラブコールに惹かれ、君と遊ぶためにやってきた」
「ラブコール? 私の?」
苺は目を丸くして、驚きの表情を作った。
フェイクだ。
俺だって知っているからフェイクだと断言できるだけで、知らなければ騙される。
微表情を学んでいるだけあって、表情の作り方が上手い。
きっと女優にだってなれるだろう。
美人だし人気者になるに違いない。
「ははっ、いつまでとぼけるんだ? 最初っから知ってんだよ。秋口苺、いや、ファインズヘムト」
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