鳥籠へ…

〈アスカ視点〉








仕事の後、甲斐と話していると

溝口が「お疲れ」と近づいて来て

手にある書類を覗き込み「コレは」と

アドバイスの様な事を始めだし…






俺は溝口の顔を見ながら

小さく口の端が上がっていた…






先生を気にかけているようだけど…

無理だよ…






少し前に送ったLINEの内容を思い

「ふっ…」と笑みを溢しながら

「こうしたらいいぞ」と話す溝口に

「そーなんですね」と目を細めて笑って答えた






明日には…

あの人は…俺の鳥籠に入るんだから…






( ・・・さっさっと諦めろよ… )






そう思っていると

急に溝口のスマホが鳴り出し…




ポケットから取り出したスマホの画面を見ると

明らかにいつもと違う表情を浮かべ

「悪いな、ちょっと」と言って

早足でフロアから出て行った…







カイ「溝口さんも大変だなー

  お得意さんから接待の誘いだろうな?」






アスカ「・・・・・・」







いや…違う…



確かに沢山の顧客を抱えているアイツは

よく、取引先の奴らと食事をしたりしているが…



あの顔は…いつもとは違う…







アスカ「・・・俺も…ちょっとトイレに?笑」






腹に手を当てて

そうおどけながらフロアから出て行き

溝口の姿を探していると

トイレの方から小さな話し声が聞こえてきた






トオル「少し片付ける仕事があるから…」






アスカ「・・・・・・・」






甲斐の言う通り

接待の誘いかと安堵の息を吐いてから

フロアに戻ろうとすると…







トオル「いや、18時までにはそっちに向かうよ…

   ちなみに…白石さんは俺が来る事は?」






アスカ「・・・・・・」







離れて行こうとした足の歩きを止め

耳に届いた名前にギリッと奥歯を噛んだ…






( ・・・ほんっと…しつこい… )






どんな手を使ってでも

あの人と関わろうとするんだね…






俺はスマホを取り出して

先生に発信をするけれど繋がる事はなく

何度かけても呑気な音楽が流れるばかりで

「スマホを見ない位に楽しいの?」と呟き

早足でフロアへと戻り

「帰ります」と言って荷物を手に持ち

会社の入り口で溝口が出てくるのを待っていた






19時前に早足にロビーから出て来て

腕時計に目を向けると

走って何処かへと向かう背中に

小さく舌打ちを溢しながら後を追うと

個室タイプの居酒屋の門をくぐって行き






そこで…あの人と…

食事をするんだと分かった…






手に握っているスマホを耳へと当て

何度か発信するけど

やっぱり電話は繋がらず…






アスカ「・・・ムカつく女だよね…昔から…」






繋がらない画面を見下ろしながらそう呟き…

6年前のあの日の事を思い出し

「はぁ…」と苛立つ息を溢してから

近くの電池に背中を預けた…






今日一日じゃ…

あの人はどうにもならないよ…





再会した先生は…

昔とは違って他人と距離を置きたがっているし

何よりも自分に関わってほしくなさそうだった…






アスカ「一日でどうにかなるなら…

   とっくに俺のモノだよ…」







そう呟いてみたものの

今、この時間…

個室に一緒にいるんだと思うと

やはり面白くなく…







アスカ「さっさと出てきなよ…」







またスマホの画面をタップして

先生に電話をかけた…





1時間経つか経たないか位に

居酒屋の入り口から先生が出て来たのが見え

俺の電話にやっと気づいたのかと思って

電柱から背中を放すと…






アスカ「・・・はっ?」






先生の直ぐ後ろに溝口の姿も見つけ

一気に自分の顔が険しくなっていくのが分かった






アスカ「・・・なに……まんざらでもないわけ?笑」







てっきり、居心地悪そうに

顔を俯けてばかりいるのかと思っていたけれど…





先生の顔を覗き込んでいる

溝口を見て舌打ちをし

近づいて行こうとすると

先生は走って

その場から立ち去って行ってしまい

「逃がさないよ」と呟いて

その後を追った…






( 今日中に鳥籠に入れてやるよ )







タクシーに乗る先生を見つけ

俺はその肩を押し込み

同じタクシーへと乗り込んでから

ホテルに行くよう運転手に伝え…






「楽しかった?」と先生に問いかけると

唇を振るわせて「あ…あの…」と

俺に怯えている様な態度をとっていて

それにすら苛立ちを感じていた…







( ・・・笑った顔とか向けれないわけ )







タクシーから中々降りない先生に

自分の目がどんどん細く…

先生に睨む様な顔を向けているのが

窓ガラスに反射して見えていて





「早く」と手を差し出して

強引に先生をタクシーから降ろすと

腕を掴んでホテルの部屋まで何も言わずに連れて行き







アスカ「真っ直ぐ帰らずに何してたわけ?」







ベッドに先生を座らせ

顔を見下ろしながらそう問いかけると

「・・・ァ……アノ…」と震えた声を漏らし

俺から逃げる様に身体を後ろへと下げている先生に

「ふっ…」と鼻で笑った







( 逃げれないよ… )






アスカ「・・・ねぇ…何してたの?」






そう言って…

さっきのアイツの様に先生の顔へと手を伸ばし

邪魔な眼鏡を取り外すと

目を閉じて身体を震わせている…







「せっ…先輩に……誘われ…て…」







先生の言葉に可笑しくなった…

誰とも連絡をとっていなかった先生が

なんで急に先輩なんかと親しげに

食事に行くんだよと…






( 俺だけでいいんだよ… )






連絡を取るのも

食事をするのも…こんな風に…







アスカ「そのコンタクト…外して」







本当の先生を見れるのも…

全部…俺だけでいいんだよ…






コンタクトの外れた

赤茶色の目が少し見え…

顔を向けない先生の顎を掴むと…







「・・・ッ…ヤメテ……みないで…」






アスカ「・・・・・・」







抵抗する先生に最初は

イラっとしたけれど…




目に手を当てて何度も

「ヤメテ…」と言いながら泣いている姿に

顎に伸ばそうとした手を止めた…






アスカ「・・・・・・」






俺はコンタクトで目を隠そうとしている事以外にも

ずっと…気になっている事があった…







女「先生の髪ってすごくキレイ!

  シャンプー何使ってるんですか?」







「ふふ…内緒!笑」







女「えー!」







「ウソウソ!市販のだよ

 でも天使の輪が作れる様に

 ブローは丁寧にしてるかな?笑」







( ・・・・・・ )







いつも…髪を結ばずに…

サラサラと落ちてくる横の髪を

耳にかける仕草が…キレイだった…





まるで昭和時代の真面目なクラス委員の様に

きっちりと結ばれている髪に目を向け

飾りっ気のないシンプルな黒いヘアゴムに手を伸ばすと

先生は「ダメッ」と言って

髪を守る様に手を当ててきて…







「ヤメテ……さだ……に…なる…カラ…」






( ・・・さだ?…なんだ? )






「へん……な目で……ミナイデ…ッ…」






アスカ「・・・・・・」







先生が変わってしまった理由が

何となく分かり…




肩も顔も…

小さく震わせて泣いている姿を見つめ

もう一度ヘアゴムへと手を伸ばした







( ・・・まいったな… )







本当はめちゃくちゃにしてやるつもりだった…

泣いて叫んでも…

無理矢理にでも…

鳥籠に入れるつもりだった







アスカ「長い髪…好きだったよ」







あの日の事があったから…

絶対に優しく抱いてやるつもりもなかった…







( ・・・なのに… )







アスカ「先生の髪…細くてサラサラで…

   触りたいって…皆んな言ってたよ」






「・・・・ッ…」








先生の頭を優しく撫でている自分に

こんな筈じゃなかったと感じながらも

「キレイだよ…」と言って

髪や瞼に優しく口付けていた…









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る