〈ユキナ視点〉











「・・・どうしよう…」







あの後泣いた顔をどうにかしようと

トイレへと駆け込み

鏡に映る自分の姿を見て






赤くなった目元よりも

乱れた髪の方に声を漏らした…






ヘアゴムの予備は持っているけれど

髪を結んでしまえば首の後ろにあるであろう

赤い痕が見えてしまうのではと思い

手櫛で髪を整えながら

何度も「どうしよう…」と呟き






止まっていた涙が

またゆっくりと目の中に現れだし

「ナンデ…」と唇を震わせた






顔が近づいて来た時に

またキスをされると思い

咄嗟に顔を反らせたれれど…






「・・・ッ…なんで…あんな…」






青城君が分からない…

優しかったり…

怖かったり…生意気だったり…







アスカ「アンタは俺のモノだよ」







( ・・・・・・ )







少なくとも…

6年前の可愛い彼なんかじゃない…





髪を両手で押さえながら

結ばずに仕事なんてできるわけがないと

下唇を小さく噛んで

「サダコなんだから…」と

自分で口にしながら

頭に響く皆んなの笑い声に

ギュッと目を閉じた後に髪を結び出した







大丈夫…

私の席は窓側の1番奥で…

後ろには誰もいない…







涙を止めてから

皆んなが出勤してくる前に

シュレッダーのゴミを集めたり

朝の準備を急いで終わらせて

福谷さん達が出勤してからは

ずっと…自分の席から動かない様にしていた






12時になり休憩を知らせるチャイムが

フロアへと流れ出し…

「さて飯だ、メシー!」と

隣りのデスクから立ち上がる高島さんに続いて

児玉さんや福谷さんも立ち上がりだした







課「白石、里中課長がコレを取りに来ると思うから

  悪いが渡しておいてくれ」







午後から社外に用事のある課長は

バックを片手に私に近付いて来て

大きめの封筒を差し出してきたから

「分かりました」と受け取り

誰も居なくなった部屋でやっと息を吐いた…






( あと…6時間… )






退勤までの時間を考え…

右手で束ねてある髪を触りながら

ふと…手を止めて…

デジャブの様なものを感じていると

ガチャッとノックもなく扉が開き

営業課の里中課長が来たのかと思い

資料を持ってパッと立ち上がると…






「・・・あっ…」







扉を閉めてコッチに歩いて来たのは青城君で

数時間前の事を思い出すと

無意識に一歩後ろへと下がり

キャスター付きの椅子に足が当たって

そのまま椅子にすとんっと座ってしまった






アスカ「・・・・・・」






無言で近づいて来る青城君に

また怖くなって来て…





朝昼夕晩と1日に4回は

LINE見ろと言われていた事を思い出し

休憩に入って直ぐにLINEを見なかった事に

怒って現れたのかと思った私は

「ゴメン…さない…」と彼を見上げて謝った






青城君が怒っている時に顔を俯けたりすれば

また朝の様に乱暴に顎を掴まれるんじゃないかと思うと

嫌でも…彼を見上げるしかなかった…







アスカ「・・・書類…」






「・・・へっ…」






アスカ「書類を取りに来ただけだよ…」







青城君はそう言うと

膝に手を当てて腰を少し曲げながら

私の顔へと自分の顔を近づけて来て

「もう怒ってないよ?」とニッコリと微笑んでいる…






( ・・・書類? )






彼の笑顔は朝の様に

冷たい物は感じないけれど…




その優しさが余計に

朝のあの出来事を怖く感じさせていた…







アスカ「里中課長から取って来る様に頼まれたんだよ」







「・・・ぁッ……コレ…です…」







手に握っている封筒を

恐る恐る差し出すと

「ありがとう」と受け取り

中身を軽く確認している青城君に

ドクドクと嫌な緊張を感じていると…






「髪…下さなかったんだね?」と問いかけられ…

「その…」と髪に手を当てて

逃げる様に椅子を少し後ろに下げている自分がいた…






首の後ろにある痕をつけた本人である青城君に

「ギリギリ見えませんから」と

普通に言うのも…変な話で…





かと言って「目立ちますか?」

なんて質問も出来るわけがなく…






また機嫌が悪くなるかもと思えば思うほどに

何も…言えなくなっていった…






アスカ「・・・後ろ向いて」






彼の言葉にゾクリと嫌な寒気が背中に走ったけれど

今の私には拒む勇気はなくて…





彼の言う通りに椅子を動かし

青城君の方へと背中を向けた






「・・・ッ…」






直ぐに頸辺りにスッと触られた感触が走り

変な緊張とくすぐったさで身体が小さく反応してしまい

自分の太ももの上に置かれている手は

ギュッと閉じられている…






アスカ「・・・痕…しばらくは消えないね…」






自分でつけた痕の部分を優しく撫でながら

耳元で優しく囁いてくる彼の吐息に

また身体を小さく揺らすと







アスカ「先生…好きなんだココ…」






「・・・ャッ…」






青城君は首筋にある手を優しく上下し

自分の腰の辺りにゾワゾワとした

なんとも言えない刺激を感じ…




思わず漏れた自分の声が恥ずかしくなり

パッと口に手を当てると

「お疲れ様です」と陽気な声で

溝口トオルが部屋に入って来た






咄嗟に椅子を前へとやり

青城君から距離をとって

窓ガラスの方へと顔を向けたまま

どうしようとさっきまでとは違う

焦った胸の音が響いていて

振り向けないでいると







トオル「青城?どうした?」







アスカ「お疲れ様です

  里中課長から取って来る様に頼まれたんですよ」







トオル「何も休憩時間に頼まなくてもいいだろうに…

   早く社食に行かないと食えなくなるぞ?笑」







アスカ「新入社員ですからね…

   先輩はどうしたんですか?」







トオル「俺は…福谷に用があったんだけど…

   休憩中みたいだな?笑」







アスカ「じゃー、お昼一緒してくださいよ

   たまには可愛い後輩に奢ってください?笑」








さっきまでの話し方とは

まるで別人の様な愛嬌のある話し声が聞こえ

改めて怖い子だと感じていると

溝口トオルと一緒に「失礼しました」と

出て行ったのが分かり

ゆっくりと扉の方へと顔を向け

まだ熱の残っている首筋に手を当てて

自分のデスクに顔を埋めた…








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