秘密…

〈トオル視点〉











経理課から出て営業課へ戻ろうと 

エレベーターに向かって歩いていると

少し先に白石さんが歩いているのを見つけ

ニッと口の端を上げてから近づいて行き

下を向いている顔からパッと眼鏡を取り上げた






20代が選びそうにない

お堅いデザインの眼鏡を見ながら

もっと可愛いデザインがあるだろうと思っていると

眼鏡の奥に映る視界が全く歪んでない事に気付き

自分の目元近くに当ててみると…







トオル「・・・この眼鏡…」







度の入っていない伊達メガネなんだと分かり

何でと彼女の方へと視線を向けると

コッチに向けている背中は小さく震えていた






( ・・・・・・ )






彼女は普段、顔を下げている事が多く

あの日見た赤い瞳以外の記憶はあまりなく…




さっき一瞬だけ見えた目は

前回とは違っていたから

床に落ちていたコンタクトレンズは

やはり彼女が落とした物だったんだろう…






トオル「今日は黒目なんだね」






怯える様に丸くなった背中に

そう問いかけると

ビクッと小さく揺れ…

なんで隠すんだと不思議に思った…





黒いレンズも…

この残念なデザインの眼鏡も…

勿体無い気がした…







( 鼻筋だってスッとしているし… )






トオル「せっかくあんな目してるんだし…

   隠さないで普通にしてたらきっと」







きっと…この子は綺麗になる…

お局なんて、あだ名をつけた俺が言うのもなんだけど…






そう言おうとすると「止めてくださいッ」と

白石さんの大きな声が通路中に響き

周りもだけど…言われた俺もかなり驚いてた…






いつもボソボソと…か細い声で話す彼女が

そんな声を上げるなんて思っていなかったし…





なによりも…

褒めているのに…

なんで?と不思議だった…






何か勘違いをしているのかと思い

「いや…あの…」と

様子を伺いながら一歩近づいて行くと

「返して…ください…」と

声を震わせる彼女に足を止めた







( ・・・なっ…泣いてる? )







いや…確かに

メガネを勝手に外したりと…






まるで小学生の子供の様な事をしているけど

目の前の彼女も26歳なわけで…

こんな事で泣くのかと驚いていたし…






何よりもこんな風に誰かを泣かせるなんて

子供の時以来で

どう対応していいのか分からなかった








顔見知りのマーケティング課の工藤が

白石さんをチラチラと見ながら

「どうした?」と近づいて来て

首後ろに手を当てて

「あー…いや…」と苦笑いを浮かべると

白石さんがエレベーターの方へと走って行き

慌てて追いかけたけど

エレベーターのドアは閉まってしまい…






トオル「あっ…眼鏡…」






自分の手に握られている眼鏡を見て

「しまった…」と呟き

下がって行くエレベーターを見ていると…






クドウ「告白でもされたのか?」






トオル「えっ!?告白?」






クドウ「お前…誰にでも優しくする癖どうにかしろよな…

   あんなタイプにはリップサービスだって

   分かんないんだからさ…」


 





工藤の口から出てきた

「あんなタイプ」と言う言葉に

「いや…」と言いかけたが

さっきの震えた背中を思い出し

「違うよ」と誤魔化す事にした






トオル「領収書の件で無理を言い過ぎたら

   逃げられちゃったんだよ…

   福谷には跳ね返されるからね…笑」






クドウ「あぁ!そっちか!笑」







理由は分からないけど…

本人が隠したがっているのに

俺が勝手に話すのも変だしな…





しばらくは戻って来ないだろうと思い

そのまま経理課の方へと行き

「ふざけて…泣かせてしまって…」と

眼鏡を預けて謝ると

福谷から「はぁ?」とドスの効いた声で叱られ




逃げる様に営業課へと戻ると

「溝口さん!」と甲斐が駆け寄ってきた







カイ「経理のお局さんと何かあったんですか?笑」





トオル「なんで知ってるんだ?」






カイ「派遣の子達が騒いでましたから!」







怖い会社だなと首を小さく振りながら

自分の席へと歩いて行くと

「で!結局何があったんですか?」と

後をついて来る甲斐に

「何でもないよ」と笑って答えた






( ・・・何も… )






彼女の眼鏡が伊達メガネで…

本当は目が悪くない事も…




いたって普通の黒いあの目がカラコンで…

本当は…綺麗な赤い瞳をしている事も…







トオル「お前達には関係ない話だよ…笑」






カイ「余計気になりますよ!」







彼女の為に言わないと言うよりも…

何となく…秘密にしておきたかった…







( 自分だけの秘密に… )










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