眼鏡…

〈ユキナ視点〉










「・・・へっ…」






下を向いて歩いていると

急に何かが視界に映り込み

驚いて顔を上げると

私の眼鏡を持った溝口トオルが立っていて

コッチをジッと見下ろしていたから

パッと背を向けて「かっ…返してください」と言った






トオル「・・・この眼鏡…」






後ろからそう呟く声が聞こえ

度数の入っていない眼鏡に気付いた事が分かり

総務から預かってきた書類をギュッと抱きしめ…



どうしようと床に向けている視線を

キョロキョロと泳がせていると

「今日は黒目なんだね」と言う言葉に

肩が小さく跳ねた…






( ・・・やっぱり見られてたんだ… )






【 気持ち悪い… 】






頭の奥から聞こえ出す声に

更に肩が震えだし

言い訳が思いつかないでいると






トオル「せっかくあんな目してるんだし…

   隠さないで普通にしてたらきっと」






彼の言う〝あんな目〟のワードに

「止めてくださいッ」と思わず声を上げてしまい

自分でも驚く様な大きさで

周りも「なに?」と足を止めて

コッチを見だしていて

胸の音が体中に響きだした…







止めて…

コッチを見ないで…






トオル「いや…あの…」






「返して…ください…」






コレ以上皆んなから

変な目で見られたくない…







男「どうした?」






トオル「あー…いや…」






誰かが溝口トオルに声をかけながら

近づいて来たのが分かり

思わず近くにあったエレベーターへと飛び乗り

「白石さん!」と私を呼ぶ溝口トオルを無視して

〝閉〟のボタンを何度も押した





総務へのお遣いも終わり

自分の階のある4階フロアから

何処にいく用事もないけれど

咄嗟に1階のボタンを押し

ガクンとゆっくりと降下しだした

誰もいないエレベーターの中で

「はぁ…」と息を吐いて目を閉じた






( 眼鏡…返してもらわなきゃ… )






そう、頭の中では分かっていても

溝口トオルの前に言って

「返して」と言える勇気もなく

どうしようかと胸に抱いていた

書類に顔をポスっと落としていると

「1階です」というガイダンスが聞こえ

開いたドアから1階フロアへと降りて

早足で階段通路のあるドアへと向かい





重いドアを開けて

灰色のコンクリートの壁に囲まれている

見慣れた階段にホッとし

一段一段…ゆっくりと登っていく…






( ・・・どうしよう… )






眼鏡がなくても視力に問題はない…

だけどアレがないと人前には出られない…





1階から4階まである階段は

決して短くはないのに

今日はいつもよりも短く感じる…





あっという間についてしまった

4階フロアへと続くドアを中々開けられず

ドアノブに当てた手は

じんわりと汗をかきだしていた





早く戻らなくちゃいけないのは分かっているけれど…

ドアを開けて…

溝口トオルがさっきの人物とまだ話していれば

エレベーターから消えて階段から現れる私を

余計に変な目で見るだろう…







( ・・・・なんで… )







最近は本当に落ち着かない…

レンズは破れるし…

よりによってソレを溝口トオルに見られるし…





私の眼鏡を取ったりしたのは

間違いなくあの日、目を見られたからだろう…







「ナンデッ……こんな色してるのッ……」






( 変な目だから…皆んなから言われるんだ… )







滲んでいく視界に

泣いちゃダメだと言い聞かせながら

手で瞼を擦っていると

バタンッと大きな音が聞こえ

カツン、カツンと誰かが降りて来ている足音が聞こえ出し

ギュッと資料を抱きしめる腕に力が入ったのと同時に

目尻からスゥっと涙が落ちていった…





普通なら…

近づいて来る足音に焦りを感じ

肩を震わせるんだろうけど

今の私は聞こえてくる足音にどこか安心していて…







アスカ「しっかりしてくださいよ…先生」







「・・・ツッ……」







近づいて来た足音と一緒に聞こえてきた声に

目をギュッと閉じて「だって…」と

震えた声を漏らすと

カツンと階段を降り切った足音を立てた彼は

背を向けて立っている私の体を

グイッと反転させて「26歳でしょ」と言って

私の頬にハンカチを当てている






青城君の言う通り…

私は26歳で…入社5年目の先輩なのに…

4つも年下の彼に涙を拭かせていて…

もっと…しっかりするべきだ…






アスカ「眼鏡がない事よりも

  こんな泣き顔で通路に戻る事を気にするべきですよ」






「・・・ッ……ダッテ……皆んな…」







眼鏡がなければ顔が…

目元がハッキリと見えるし…

そうなれば違和感のある黒目にだって

直ぐに気づかれてしまう…




そうなれば、また…

変な目で見られてしまうから…







「メガ…ネ……ないと…ッ…アルケ…ない…」






アスカ「・・・歩けるよ…」






そう言って私の目をジッて見てくる青城君の目を

私も黙って見返していると

「前は…歩けてたじゃん」と言って

顔を更に近づけてきた彼の唇が私の唇へと重なり

驚いて目を見開くと

前回とは違って直ぐに唇は離され…





まだ近い距離にある

彼の顔を真っ直ぐと見る事が出来ず

顔を俯けていると

「俺の唇…変?」と問いかけられた






「・・・・・・」







アスカ「・・・この腫れぼったい唇…

   俺は結構気に入ってるんだけど…」







「・・・あっ…」







彼の言葉に…ある光景が蘇ってきて

顔を上げて青城君を見上げると

「思い出したみたいだね」とクスリと笑っている






アスカ「本人が気に入らなきゃ

  誰も気に入らないんじゃないの?」







「・・・・デモ…」







アスカ「さっきから…でも、だってばっかりだけど…

   先生が気にして隠そうとすればするほど

   周りが気にするんだよ」






「・・・・・・」







アスカ「眼鏡がなくても…

   普通に仕事をしていれば誰も気付かないよ」







青城君は私よりも年下で…

まだ入社して1ヶ月も経たないのに…




そんな彼に「本当?」と

泣きながら問いかけている私は

ダメな先輩なんだろう…







アスカ「大丈夫だよ

  だから早く涙を止めて仕事に戻りなよ」







年下に頭を下げたり

なめられたり…

そんな自分はやっぱり嫌だけど





青城君からこんな風に言われるのは

何故か嫌じゃなく…

不思議な心地よさを感じていた…








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る