トオル…

〈トオル視点〉









トオル「あれ…」





昨日突き返された領収書をもう一度手に

経理課を訪れてみると

いつも窓側で背中を丸くしている人物の姿がなく

思わず口から漏れた言葉だった…





フクタニ「なに?」





トオル「いや…昨日のコレをもう一度お願いしたくてね?笑」





そう言って領収書を差し出すと

福谷は眉をピクリとさせて小言を言い出したから

「そこをなんとかさ…」と言いながら

さっき気になった窓側の席に目を向けた…





( 26歳…だったよな… )





毎日座って仕事をするデスクは

ある意味自分だけの場所で…

ロッカーみたいなものだ…




営業うちの課でも

自分のデスク上にキャラクター物のペンを置いたり

マウスパッドを取り替えたり…

何かしら自分の色をつけている子達が多い





( 甲斐もごちゃごちゃと置いてるしな… )





俺が目を向けている彼女のデスクには何もなく

福谷の席に目線を戻すと

経理課でよく使う電卓や定規じょうぎ

数多くの筆記用具とは別に

仕事の事が書き込まれたカレンダーや

付箋紙がペタペタと貼られていて

普通はそうだよな…と思った…





トオル「・・・・・・」





週初めのこの前

彼女を廊下で見た時には驚いた…




額の上に当てられた手は

てっきり前髪を切りすぎたのかと思い

ふざけて手を退けてみると

前髪の少し下にあるメガネの奥から見えたのが

赤い瞳だったからだ…




一瞬(えっ?)と固まり

走って行く彼女を何も言えずに眺めながら

カラコンかと首を少し傾け

床に何かが落ちている事に気付いた





( ・・・白石…さん? )





床に落ちていた物は

黒いコンタクトレンズの様で…




白い床に目立つ

その小さな落とし物を手に取ってみると

カピカピに乾燥しているわけでもなく

そんなに時間が経っていない事が分かった




俺はそのまま営業課へと戻り

派手な見た目の女子社員の目を覗きこむと

人工的に作られた物だと分かる

茶色の目が見えてカラコンかと尋ねた




さっき見た赤茶色の目とは違う…

白石さんの目は…なんて言うか…

瞳の揺れが感じ取れたし…何よりも…





( 綺麗だった… )





そう思いながらもう一度

彼女のデスクへと目を向けていると

「白石なら休みよ」と

機嫌の悪い福谷の声が耳に聞こえ

「休み?」と顔を戻すと

目を細めて俺を見上げている福谷の顔があった






フクタニ「風邪で休んでるのよ

   あっ!あの新人にも

   昨日の事ちゃんと伝えてくれた?」





トオル「・・・あの…新人?」







福谷の言う昨日の事は分かったが…

誰の事を言っているのか分からず

聞き返すと「名前なんだっけ」と言って

ペンをこめかみに当ててしばらく考え出し





フクタニ「あの子経理課うちに来ても

   白石にしか話しかけないし…」





トオル「・・・へぇ…」






よほど福谷が怖いのか…

気の弱そうな彼女にしか請求書を

出せない奴がいるんだなと思い

何だか可笑しくなってきた俺は

口を上げて笑い出していた






フクタニ「笑い事じゃないわよ…

   白石だって5年目になるんだから

   新入社員達に舐められてたら困るし…

   あの子だって…

   何にも分からないわけじゃないんだから…」



 


トオル「・・・・・・」







福谷の言葉に

数日前の営業課での姿が思い出され…




甲斐達が楽しそうな声をあげて

入り口で笑っていたから

俺も遠目から笑って見ていたけど…




彼女は甲斐達よりも先輩なわけで…

あまりいい気分ではないのかなと思った…






トオル「さっきの事は…しっかりと伝えておくよ」



   



俺は営業課へと戻り

経理課に提出する書類は

今後全て福谷に出す様にと伝えると

数人が顔を歪めたから

やっぱり福谷が怖いんだなと苦笑いをし…





週最後の仕事を終えて

土日と休みを挟み

月曜日の朝、顔を洗って鏡に映る

自分の瞳を見ながら

「さて…風邪は治ったかな」と小さく呟き

少しだけ気分の上がっている自分がいた

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る