甘い…

〈ユキナ視点〉









誰も居なくなった部屋の中で

「はぁ…」と小さく息を溢してから

バックの中へと片手を降ろして

いつもの様に水筒とカロリーメイトの箱を取り出した



 




( ・・・・・・ )







朝食を摂ってから6時間近くは経っていて

決して空腹感が無いわけじゃないけど…





朝の事を思い出すと

何かを喉に通す気分ではなかった…







( ・・・ゼリーとかにしておけばよかった… )







社食で食べる勇気はないし

近くの公園のベンチなんかに

一人で座って食べるのも…嫌だった…






【 見て見て!笑 】






( ・・・・・・ )






ここでお弁当を食べれば

臭いが残ってしまうし…




先輩達にも申し訳なくて

入社してからずっと

私の昼食はこのカロリーメイトだった…






水筒の蓋を開けて

ゴクゴクとお茶を飲んでお腹を膨らませてみても

きっと3時過ぎにはまた空腹感に襲われるだろう…






( 明日からはキャンディでも持って来ようかな… )






そんな事を考えながらぼーっと…

ゆっくりと動く雲を

昼休み中ずっと眺めていた…






課「白石!コレ配って来てくれ」






「・・・はい…」



 




どんなに人前に出たくないと言っても

この経理課に私よりも年下の社員はいなくて…





他部署へのお遣いは決まって

私の名前が呼ばれる







( ・・・全部署…か… )







いつも嫌だけど…

今日は特に営業課には行きたくない…





またお局だなんて揶揄われるのも嫌だし

青城君の顔を見たくなかったから…






重い足取りで

1番行きやすい総務課に行こうかと

階段を見下ろしたけど…







「・・・嫌な所から終わらせよう…」






避けても、逃げても…

いつかは必ず行かなくちゃいけないなら…

早く終わらせて楽になりたかった…






6階のフロアを目指して

階段を一歩一歩登っていきながら

「お願いします」と頭を下げた情けない自分に

「はぁ…」と深いタメ息を吐いていた…






( ・・・パッと置いてパッと帰ろう… )






いつもなら顔を下げて

行きたくないと…遅い速度で歩く

6階の廊下を早足で歩いていき

「お疲れ様…です」と小さく呟いてから

近くにいた女性スタッフに

「あの…経理課です…」と控えめに声をかけて

配布書類を渡していると

「お局さんじゃん!」と…

営業課で会いたくない人物の一人の声が聞こえた…






青城君も…

目を見られた溝口トオルにも会いたくないけど…







カイ「この前は悪い事しましたね

  青城の事はキツく叱っておきましたから!笑」







「・・・いっ…いえ…」







青城君もだけど…

アナタもアナタだったわよ…





それに全然こたえていませんでしたよと

言えもしない小言を喉の下にしまい込み

「失礼します…」と出て行こうとした瞬間…






     ・・・グゥー







空腹感を感じ出した腹部が声をあげ出し

慌ててお腹に手を当てると

甲斐君が大きな声で笑い出した






カイ「昼飯食ってまだッ…プッ…

  まだ2時間しか経ってないっすよ?笑」







大声で話す甲斐君も嫌だけど

言う事を聞かずにグーグーとまだ声を上げている

自分の腹部にも嫌気を感じながら

真っ赤になっているであろう顔を下に向けて

「すっ…すみませんでした」と謝ってから

早足で廊下へと出ていき「もうヤダ…」と

小さく呟きながら階段通路へと入って行った






( いた…よね… )






カツン…カツン…と

パンプスの響く音を聞きながら

階段をまた登って行き

次の目的地である秘書課へと向かっていたけど

頭の中はさっきの営業課の事ばかりで

青城君もあのフロアに居て

また私の情けない姿を見ていたんだろうなと思った…






「謝って…ばっかりだ…」






年下である彼等に

謝って…お願いをして…

頭を下げてばかりいる自分に疲れていたし

心なしか…胃がキリキリとしている…






残りの課にも配り終わり

2階から自分の課のある4階へと戻ろうと

階段を登りながらお腹に手を当てて

鳴らないでよと強く念じていると…







( ・・・・また? )






アスカ「・・・・・・」







4階の廊下へと続くドアの前に

朝の様に壁に背中を預けて立っている

青城君の姿があった…






朝の事や…

さっきの営業課での失態が恥ずかしくて

顔を下げたまま「お疲れ様です」と

通り過ぎようとすると

グッと腕を掴まれて「3分だけいいでしょ」と言われ






なんの3分?と

少し思考が追いつかないでいたけれど

3分でも、3秒でも一緒にいたくなくて

「仕事に戻らないと…」と

ドアノブに手を伸ばした瞬間

ヒヤッとした冷たい感触が左頬に感じ

パッ顔を向けると青城君の手には

紙パックのイチゴミルクが握られていた







アスカ「早く飲んで」






「・・・へっ…」






紙パックを私の前に差し出して

「え?」と手を出さないでいる私に

早く受け取れとでも言うかの様に

また更に突き出してきた






アスカ「僕も早く戻らなきゃいけないで…

   3分で飲み終えてくださいよね」






朝とは違って敬語で話す青城君に目を向けてから

イチゴミルクを受け取ると

「早く」と言って腕時計を眺めているから

「戻って…いいですよ…」と

ストローを挿しながらボソリと呟くと

腕時計に向けていた鋭い目が

スッとコッチに向けられ

慌てて目線を下に下げた







アスカ「・・・配布物配りに行って

   そんなゴミを片手に持って帰れるわけ?」






「・・・・帰れ…ないです…」







こんな…いかにもオヤツ代わりに飲みました

みたいな紙パックを持って帰れるわけはなく…




トイレのゴミ箱に捨てようにも

福谷さんや…他部署の女子社員に見られたら

余計に面倒になる気がした…






「いっ…いただきます…」






青城君は腕時計に目を向けたまま

「どうぞ」と素っ気なく言い…




ストローに口をつけて

少し吸い上げると甘い味が口いっぱいに広がった






( ・・・美味しい… )






普段…あまりこういう物は飲まないけれど

空腹感を感じている私には

この甘さが特に美味しく響いた…





チラッと青城君に目を向けると

ずっと腕時計を見ているから

本当に時間がないんだろうなと思い

少し強めに吸い上げると

ジュルッとまた恥ずかしい音が響き

顔に熱が集まっていくのが分かった…







「・・・・・・」







さっきの甲斐君の様に

揶揄ってくるのかと思っていたけど…




青城君は特に何も言わずに

ただ黙って私が飲み終わるの待っていてくれた






紙パックが空になり

ストローを奥に沈めてから

捨てやすいようにと折り畳んでいると

隣から手が伸びてきて

私の手にあった紙パックは取り上げられ






 

アスカ「じゃー僕は戻りますから」






そう言って階段を登って行く青城君の背中に

「あの…」と声をかけると

顔だけをコッチに向けてきたから

「ありがとうございます…」と言って頭を軽く下げた







「あと…あのお金…今度ちゃんと返します…」






アスカ「・・・コレでチャラだよ?」






「・・・ちゃら?」








なんの事か分からず

青城君を見上げていると

無表情だった顔にフッと笑顔が咲いて…

自分の人差し指を唇に当てると

「キス…ちゃらだから」と階段を登って行ってしまい





彼の言うキスとチャラの意味が分かり

「チャラじゃないわよ…」とムッとしたけれど…






「・・・ありがとう…」






もう彼のいない階段でそう小さく呟いてから

経理課へと戻って行った…






さっき「ありがとう」と言って

彼に頭を下げた時には

胃の痛みもなくなっていて…



口に残るイチゴミルクの甘さが

何となく…嬉しかった…














































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