LINE…

〈ユキナ視点〉









フクタニ「・・・歓迎会?」






トオル「そっ!可愛い新人達にも

   正しい酒の飲み方も教えなきゃだろ?笑」







新入社員が入ってくるこの時期は

何処の部署も歓迎会の領収書や請求書を持ってくるけれど

営業課は…やっぱり少し特例で…







フクタニ「酒の飲み方って何よ?

   ただの飲み会じゃないのよ!」







トオル「いやいや!営業課は接待もあるし

   そう言う意味での指導もあるんだよ」







福谷さんと溝口トオルの会話を聞きながら

手元の伝票を整理していき…




早く出て行ってくれないかなと

そんな失礼な事を考えていた…






溝口トオルをこの会社で知らない人はいないし

彼がここにいると他部署から請求書を持って来た人も

一緒に話し込んで帰らなくなる事が多く…





経理課以外の人がこの部屋にいると

居心地も悪いし…

伝達を叩く手も…自信がなくなる…







トオル「経理課だって親睦会くらいするだろう?

  そんなに目クジラばっかり立ててるから

  怖いオバさんみたいに言われるんだぞ?笑」






フクタニ「めっ…目クジラ?オバさんッ!?」






トオル「新入社員達が怖がってたぞ」







経理課うちとは違って

営業課には毎年沢山の新入社員達が入ってきていて

今年も指導係の先輩と一緒に

経理課に訪れた子達も何人かいたから

その子達が言っているのかなと

顔を下げて思っていると…






トオル「白石さんみたいに

  もっと話しかけやすい雰囲気だなさいと!笑」






( ・・・えっ… )

    





突然出てきた自分の名前に

電卓を叩く手が止まり

体もピタリと固まってしまった…






私が話しやすい雰囲気でないのは…

ちゃんと分かっている…





でも…年下の社員達が

私に気を遣わずに…

アレコレ頼めるのは間違ってなくて…





多分…それは…

決していい意味なんかじゃない…







フクタニ「白石みたいにって…あっ!

   破れて面倒臭い領収書や請求書は

   白石に出せばいいみたいになってるらしいじゃない」






トオル「えっ??」







フクタニ「いったいどんな指導をしてんのよ!」







福谷さんの声に

この前の青城君の事がよぎり…

(あっ…)と内心焦っていた…






アレは青城君との事を福谷さん達に

変に思われたくなくて…

私がズルい逃げ方しちゃったから…






( ・・・シワクチャだったけど… )







トオル「そんな指導はしてないけどな…笑

   福谷には怖くて出せなかったんじゃないかな?」

   

   





フクタニ「はぁぁ!?」







福谷さんの怒った声が響き

顔を上げれないまま

計算の進まない書類に目を落とし続けていると…








フクタニ「営業課の書類は

   今後、必ず私を通してもらうから」






私達と…溝口トオルにそう言うと

「早く戻りなさいよ」と彼を部屋から追い出し…






気まずさの残った部屋には

作業音しか響かなくなり

福谷さんがコッチを見ている気がして

いつも以上に顔を下げた






フクタニ「白石…」



 



「はっ…はい…」






福谷さんから呼ばれて顔を上げて

目線を顔よりも少し下に合わせて

小さく返事をすると

「はぁ…」と小さなタメ息が聞こえ…








フクタニ「ダメな物はダメって

   ハッキリ言うのも経理の仕事なのよ

   他部署から…そんな風に見られたらだめなのよ…」






「・・・はい…」


   





福谷さんの言う…

〝そんな風に〟の意味も分かっていて…

あげた顔を下に降ろして

静まり返った重い雰囲気の中

仕事を続けた






「お疲れ様でした…」と

残っている課長に挨拶をしてから

部屋を出ていつもの様に

階段通路の扉を開けると…






( ・・・・・・ )






アスカ「・・・・・・」






また…青城君が立っていて…

溝口トオルから話を聞いて

私に…文句を言いに来たんだと思った…





「・・・あの…」






怒っているであろう彼の顔を見る勇気がなく

顔を背けたまま「その…」と言いかけると

「スマホ出して」と言われた







「・・・えっ…」






アスカ「早く出して」







声は…そんなに機嫌が悪い感じでもなく…

顔を背けたまま目線だけを青城君に向けると

彼の手には自分のスマホが握られていて

彼がどうしてスマホをだせと言っているのかが分かり

「スマホは…家に…」と答えると…






肩にかけてあるバックをパッと

取り上げられて驚いて顔を青城君に向けると

彼はゴソゴソとバックの中に手を入れて漁っていて

ピタリと手の動きを止めて

ゆっくりとバックの中から引き上げられる手には

私のスマホが掴まれていた…







アスカ「良かったね?

   家に忘れてなかったみたいだよ?笑」







「・・・そう…だね…」






冷たい笑みでそう言うと

「LINE IDは」と問いかけてきたから

「LINEは…してないの…」と

今度は正直に答えると

青城君は一度顔を上げて

私の目をジッと見てきたから

「本当に…してないの…」と顔を下げた






アスカ「・・・・・・」






嘘じゃなかった…

5年前から…私のスマホにはLINEのアプリはなく…

番号でやり取りのできる

メール機能しか使っていなかった…






青城君は何も言わないまま

私のスマホを操作しだしたから

本当なのか確認をしているんだと思い

顔を下に向けたまま

無意識に下唇を少し噛んでいた…






( ・・・・・・ )






緊急時に福谷さんや課長からくる

休日出勤や早朝出勤などの依頼メール以外は

地元の…両親からたまに届くメール位で…






スマホの中身に

見られて困る物はないけれど…





誰とのやり取りもない

寂しい私生活を勝手に覗かれた

恥ずかしさと悔しさは少しだけあった…






アスカ「・・・僕は未読無視とか嫌いですからね」






「・・・未読ムシ?」






何の事か分からず

目線をまた彼に向けると

私と自分のスマホを交互に見ながら

何かを打ち込んでいて…





( ・・・まさか… )






自分の画面を覗くと

LINEのページが開かれていて

勝手にインストールした事が分かり

「やっ…やめてッ」と手を伸ばして

直ぐに削除しようとすると

「消したら約束は守れないよ」と言われ

アンインストールの了承ボタンを押せなくなった…






「でも…あの…」






あの頃から番号は変えたけど…

何かの拍子で繋がってしまうんじゃないかと怖くて

SNSは全て止めていて…




どうしようと動揺していると

「ブロックかけてるから大丈夫だよ」と

横から伸びてきた手が私のスマホを触りだし

友達欄に表記されているアイコンは一人だけだった






アスカ「勝手には繋がらないように設定してあるし

   僕以外からのメッセージも届かないよ」







「・・・へっ…」







アスカ「プライバシー機能も充実したって事ですよ…笑」

   






「・・・・そう…なんだ…」







そう笑っている青城君は

機嫌が良さそうで…

時折交ざる敬語に6年前の面影を感じる…






( 聞いてないのかな… )






怒りに来たのかと思っていた青城君は

そうではないみたいだし…






アスカ「使い方は分かるんでしょ?」






何しに来たんだろうと顔を見ていると

「なに?」と笑って顔を向けてきたから

さっきとは違った意味で目を反らし…






「使い方は…大丈夫です…」と

何故かまた彼に敬語を遣っている自分がいた…







アスカ「さっきも言ったけど

   未読無視も既読無視も許さないよ」






「・・・・・・」







何の為に連絡を?と…

問いかけたかったけれど





笑っている顔が

いつまた、あの怖い顔に

変わるかもしれないと思うと口にする事は出来なくて…







アスカ「じゃあ、僕は仕事が残ってるから」







そう言って階段を登って行く

青城君の足音が聞こえなくなるまで

何故かそこから動けないでいた…













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