お願い…

〈ユキナ視点〉









「・・・ぁっ…」






いつもの様に

混み合う時間帯を避けて出社をすると

エレベーター前にある壁に 

背中を預けて立っている

青城君の姿を見つけて足を止めた…






青城君は眺めていたスマホから顔を上げて

私の方を見るとスマホをスーツのポケットへと入れて

コッチを見ているから

きっと…私に話があるんだろう…







「・・・ぁの……ぉっ…おはようござい…マス」






アスカ「・・・・・・」








入社5年目の私の方が

まるで新入社員かの様にカチカチな挨拶をしていて…





周りで見ている人がいれば

「なんで?」と思うだろうけど…





眼鏡をカチッと少し上げる動作をして

青城君の様子を伺うと

真っ直ぐとコッチを見ていて…

息が詰まりそうになる…






「あっ…あの…青城君…早いんだね…」






何も話さないでエレベーターに乗るのが

何故か…怖い気がして…



目線を下げたまま歩幅を狭くして

ゆっくりとエレベーターに近づいて行くと

黙ったままの青城君がカツンと

革靴の音を立ててコッチに歩いて来た…






( ・・・えっ? )






怖いくらいの真顔で歩いて来る

青城君に恐怖を感じながら

一歩後ろに下がろうとすると

右の手首を掴まれて

エレベーターとは反対方向へと歩き出し

私が退勤時に使う階段のある扉を開けた






「・・・アノ…」






人に見られるのは嫌だけど

二人っきりになるのも怖く…




バタンと重い扉の閉まる音に

ゾクっとした物を感じ

後ろから青城君に声をかけると

何も言わないまま手を引いて歩いていて

それ以上なにも言えなくなった…






( ・・・こわい… )






あまり…ちゃんとは覚えてないけれど…

昔の青城君は…可愛い印象だった…






「先生?」と廊下で呼び止められた時も…

声はまだまだ新入社員の…男の子って感じで…






だけど…会うたびに…

彼が…青城君がなんだか怖くなっていく…






何かあっても厚い壁のあるここからじゃ

誰にも助けを求められないし…




誰かが来たとしても

青城君と二人でいる所を見られて

変に噂をされたくもない…






「・・・・・・」






自分の唇が震えているのを感じながら

黙って階段を登って行くと

「ねぇ…」と青城君が話し出した






アスカ「カラコンに眼鏡…なんで?」






「・・・・ぇ…」







問いかけられている意味は分かったけれど

敬語もない話し方に一瞬戸惑ってしまった…





「先生じゃないから」とは言ったけれど…

私は…彼よりも年上で…会社の先輩で…







アスカ「・・・・聞いてる?」







何も答えない私に

機嫌を悪くしたのか…




足を止めて振り返った青城君の顔は

見なくても…想像がつき…

「ごっ…ごめんなさい…」と

当たり前の様に謝っていた







( ・・・私が…敬語で…彼が…タメ口… )







自分の立場に

更に情けなさを感じながら

青城君がさっき質問してきた事に

ボソボソと答えた…






「・・・会社だし…

  黒の方がいいかな…って…

  眼鏡は…その…目が悪くて…」







アスカ「・・・度入りのカラコン使えばいいんじゃない?」







「・・・・そう…ですね…」







顔を見れないまま

階段の滑り止めの部分に視線を集中させていると

パッと眼鏡を取られ「え?」と

顔を上げると私の眼鏡を自分の目元に近づけていた







アスカ「目が悪くても…

  コレじゃ着けてても変わらないんじゃない?」






「・・・・・・」







伊達メガネだと最初から分かっていた筈なのに

ワザとそんな事を言う青城君に

また顔を俯かせた…






アスカ「カラコン付けてる社員なんてゴロゴロいるよ…

   アナタとは違った意味で

   着けてるんでしょうけどね?笑」







「・・・・・・」







青城君は…

どんどん嫌な子になっていく…




だけど…前の様にハッキリと

「近寄らないで」とは…怖くてもう言えない…







アスカ「別にどうこう言うつもりはないし…

   なんでかなって気になっただけだよ」






「・・・・・・」







声は…怒っている感じはないし…

機嫌も…少し良くなったのか

微かに笑っている様に思えたから

「あの…」と自分の手をぎゅっと握りしめながら

「内緒にしててほしいの」とお願いした…







アスカ「・・・内緒…ねぇ…」







「その…何かして…とか…

  協力して…とかじゃなくて…

  ただ…知らないフリを…してて…ほしいの…」







アスカ「・・・・・・」







階段に目線を落としたまま

必死に言いたい事を口にしたけれど…

青城君は何も答えなくなり…

また不安になりだした…







( ・・・なに…何か…怒った? )







アスカ「お願いは…ちゃんと

  相手の顔を見て言うもんじゃないの…先生?」




    


「・・・・・・」







ゴクリと息を呑んで

ゆっくりと顔を青城君へと向けると

ニッコリと笑った顔で

「お願いしてみてよ」と言ってきた…






「・・・へ… 」






アスカ「内緒にしててください、お願いしますって…

   普通は言うんじゃない?笑」






「・・・ッ…」






去年までも…

年下の社員の子に…

ぶつかった時や…書類を間違えた時なんかに

「ごめんなさい」と頭を下げたけれど…






( ・・・なんで… )







「・・・内緒に…しててください…」






彼が入社してきて今年が…

1番、自分を惨めに感じていた






「・・・お願いします…」






そう言って頭を下げると

「いいよ」と機嫌良く笑う声が聞こえてきて

奥歯をぎゅっと噛んだ…






私は…

青城君が…苦手で…怖くて…




そして…大嫌いだ…








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